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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第三部】四分休符
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【第二章】繋がる歌(三)

 ようやくそらが落ち着いた頃、今度はリト達が遊んでいた海辺の方から何やら穏やかでない声が聞こえてきた。


 子ども同士の喧嘩のようだ。いちごが真っ先に駆け出し、その後にそらとクロノも続いた。

 どうやらクレアス民の子どもらしい。リトと呉羽が気づいたときには既に、くうと、向こうの男の子が喧嘩を始めていたそうだ。


「ここは俺たちの遊び場だ!」

「そんなの、誰が決めたんだよ!」

「大人達が言ってた。ここはクレアスの土地だって!」


 向こうも仲良しグループで遊んでいたらしい。仲間が集まって来て、争いはさらにヒートアップしていく。

 救いを求めるような視線が一斉にクロノに向けられたが、彼には力づくで止めることしかできなかった。


「いつも喧嘩になるの」


 といちごは顔を曇らせた。


 こうしている間に取っ組み合いの喧嘩が始まり、クロノ達は慌てて止めに入った。

 しかし子どもの数に対して手が足りない。一発げんこつでも喰らわせてやるとクロノが拳を握ったとき、そらが少し離れたところから手を叩いた。


 終わらぬ喧嘩を聞きつけて

 月のない夜 金棒持った

 鬼がふたりを喰いにくる


 そらのよく徹る声は子ども達の注目を集めた。彼らは一旦動きを止め、顔を上げた。


「怖いよ」


 ぞくりと背筋が凍り付くような笑みを浮かべ、そらは念を押した。


***


 朝一番にマキバは、ユーリと共に、昔自分が過ごしていた土地に足を運んだ。


 郊外、静かな場所である。

 木の枝には雪が積り、時々、重たい音を立てては地面に落ちた。ひっそりとした銀世界をマキバは人の姿で黙々と歩いていく。


 親や兄弟達と一緒に棲んでいた洞穴。

 行ってみたが、やはりそこには誰もいなかった。

 自分はユーリの兄から不思議な力をもらったから、今もこうして人としての時間を生きている。しかし、実際、狐の寿命は五年ほどである。


 全てのものに終わりはある。

 狐にも、自分にも、ユーリにも。


 それが早いか遅いか、たったそれだけの違いだ。これまで過ぎていった何億年もの歴史の中で、五年か、六十年かなんて、大した違いじゃないのかもしれない。


 分かってる。

 そう、頭では分かってるんだけど。


「うっ……ううっ……」


 嗚咽の声が漏れた。

 それでも、自分にとっては違いすぎる。


 長い間この土地に戻ってこられなかったのは、この現実を突きつけられるのが怖かったからだ。

 でも、のんびりとしすぎた。とうとう家族の皆に会えぬまま、全てが終わってしまっていた。


 長い間マキバはその場で手を合わし、思う存分泣きじゃくった。

 嵐の後は悲しいほど晴天で。見上げると空の青色が目を差した。


***


 夕飯を食べ終えた後、再びそらが出かけようとしているのを見て、クロノは声をかけた。


「どこ行くんだ?」

「いちごに薬草教える約束をしてるんです」

「暇だからついていってもいい?」


 そらは嬉しそうに笑い、頷いた。


 教会の一室である。

 夕方になるといちご以外の子ども達は家に帰る。話を聞くと、シスターはこの教会で親のいないいちごを養ってきたという。


 クロノとシスターは椅子に腰かけ、そらといちごの様子を見守った。

 いちごに薬草の知識を教えている時のそらはとても活き活きしていた。


「そらさん、薬草に詳しいんですね」

「あいつには何度も助けられました」

「ふふ……仲がいいんですね」


 クロノは照れ臭くなり、視線を逸らせた。

 いちごが眠る時間になり、ようやくそらは長い説明を終わらせる。自分だったら寝てしまいそうな話だが、いちごは最後まで目を輝かせながらメモしていた。


(こういうの、向き不向きがあるんだろうなあ……)


 そらはそのままいちごに「寝る前のお話」をせがまれ、布団の横まで連れていかれる。


「どんな話がいい? シンデレラは?」


「うーん……いちごが聞いたことない、どきどきする話がいい!」


 しばし考えた後、そらは頷いた。

 エレム村で鍛えられているのか、全く困りもせず、声色を変えて話し始める。

 先程の長い話とはうってかわり、聞き手を引きつけるような話し方だ。


 竜の神様が出てくる昔話だった。

 話を聞いているうちにそれがラスの都の水神様の話だと気づいた。


「……突然剣を持ってやってきた男に、神様は驚きました。そして都に流れる美しい水を全て止めてしまったのです」


 いちごは静かにそらの話に耳を傾けた。


「そして数年後、二人の旅人が神様のもとに訪れました。『神様、どうか昔のように都に水を与えて下さい。美しい水の都に戻してください』……でも、神様はもう、人間のことを信用できませんでした」


 そらは声を低くして続けた。


「『早く出ていけ。さもなければ、お前ら二人のことをぱくっとくっちまうぞ……』」

「……」


 ごくり、といちごが唾を飲み込む。


「それでも出ていかないふたりに、神様は何十もの冷たく鋭いうろこを向けてきました。このままでは二人とも傷ついてしまいます」


「死なない?」


 その言葉に、そらはようやくいちごを怖がらせ過ぎたと気づいたらしい。声をやわらげ、大丈夫だよ、と答えた。


「でも一人はちょっとだけ怪我をしました。もう一人をかばったのです」

「痛かったのかな」

「勇敢な旅人は決して『痛い』と泣くことはありませんでした。本当はとても痛かったけど、ぐっと我慢しました」


「かっこいいね」


「でしょ? ……神様は我に返りました。『ああ、なんて勇気のある旅人だ。やはり人間は信頼するに値する』と」


「信頼するに値する……?」


「信じることができるってことだよ。その神様は長い間人間を信じることができなかったから美しい水を止めていたんだったね。どうなったと思う?」

「水が戻ったんだ」

「そう。勇気ある旅人のおかげで、都に美しい水が流れ、豊かさが戻りました」

「もう一人の旅人は?」


 いちごに尋ねられたそらが呼気で笑う。


「この続きは長いよ?」

「え~」


「でもいいや。特別に最後だけ教えてあげる。勇敢な旅人に助けられた旅人は、その旅によって少しだけ勇気のある人間になれました。めでたし、めでたし」


***


「お前なあ……」


 帰り道、クロノはそらの頭をぐいと脇に抱えた。

 昔話は大成功だ。村でよくやっていたのだろう。語るのに慣れている感じがした。


 しかし、もしもあの時、そらの細い首筋にあの鱗が刺さっていたら。そんなことを考えると、息ができないくらい苦しくなる。


「帰ったらエレム村の子ども達にも聞かせてやろうっと」


 喜んでもらえてほくほく顔のそらは、こちらの気持ちも知らず、暢気なことを言っている。

 明日も話をする約束をして帰ってきた。


 彼はこれから、その小さな唇でどのような物語を紡いでいくつもりだろうか。


 夜の静けさを感じながら、二人は診療所に戻った。

二人でこっそり夜食でも食べるか、と台所へ向かうと、スザクが待っていた。


「ああ、帰ったか」

「どうした、難しい顔して」


「明日の午後、また嵐が来そうなんだ」


 ちょうど残り一か月だった。


ここまで読んで下さりありがとうございます。

次回は【第二章】繋がる歌(四)です。

よろしくお願いします。

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