【第二章】繋がる歌(二)
茶を一口飲むと、シスターは改まって教会のことを話し始めた。
「町長のスザクさんのおかげでこのクレアスでも何とかやっていけています」
「……」
訳知り顔の呉羽が眉間に皺を寄せる。
それに気づいたシスターは慌てて目の前で両手をひらひらさせた。
「仕方ないことなの。誰が悪いわけじゃないわ。全て、百年前の戦争がいけなかったのよ」
「どういうことですか」
「元々このミナトにはツテシフ民とクレアス民、両方が昔から住んでいたの。あのね、百年前にあの禍が起こるまでは、ツテシフとクレアスは陸続きだったのよ」
「!」
そらが驚いていると、クロノは難しそうな顔で頷いた。
「俺も聞いたことがある」
「海ができたなんて……」
「信じられないですよね。沢山の人が亡くなりました」
「そんな……」
そらとクロノは顔を見合わせた。
――いなの力ではないか。
そう不安そうに瞳を揺らすそらの頭を、クロノは宥めるように軽く叩く。
「……それで、二つの都市の間に位置していたミナトがクレアス王国に残る形になってしまったんですね」
「ええ……。元々あの戦争はミナトを含む――今は海に沈んでしまったけれど――大きな土地の領土争いから始まったんです。私達ツテシフの民はミナトに取り残されてしまいました。船で帰ることもできますが、帰ったところで居場所がありません」
いよいよ自分達にはどうしようもない問題になってきた。
己の無力さを悟り、暗い表情になるそらとリクに、クロノは挑発的な笑みを向けた。
「どうした? まさか怖気づいたかよ、エレム村の若いお二人さん」
外に出ると子ども達が楽し気に走り回っていた。教会に来ている子どもは五人いるらしい。
先程の内気な少女、いちごが木陰で四人を見守っている。
「入れて、入れてーっ」
リトと呉羽が駆け寄っていく。彼女達は朝のやりとりを聞いていないから、そらとリクほど気分は沈んでいないようだ。
「いちごちゃんは入らないの」
そらが尋ねると、いちごは顔を横に振った。
「走り回るの、苦手なの……。すぐに疲れちゃうから」
「へえ……」
まだ幼いだろうに、とても静かな印象を受けた。こげ茶の繊細な長い髪は風に小さく揺れている。
そのまま立ち去ることもできず、そらは彼女の隣に座った。
「いつもここで見てるの」
「うん。あと折り紙したり、歌うたったり」
「俺も歌うの好きだよ」
「本当?」
皆と遊べず曇っていたいちごの顔がぱあっと明るくなった。
「なんか歌って、歌って」
彼女の髪がふわりと広がる。澄んだ瞳がそらを見つめた。
「え、えっと……」
春は種を
思い出に迷う森の小路
どこかできいたメロディは
きっと去年の春の唄
クロノはベンチに座り、すぐにいちごと意気投合してしまったそらを遠目から見守っていた。
子ども達との鬼ごっこが落ち着いたところでリクがやってくる。
「あんたは一緒に遊ばないのか?」
「どうも子どもは苦手でな。お前らはすごいよ。すぐに仲良くなっちまうんだから」
はは、と声を上げて笑いながらリクが隣に腰を下ろす。笑った顔はそらと同様、まだあどけなさが残る。
いちごに歌を教えているそらに視線を向け、リクは目を細めた。
「そらは元々人付き合いが苦手な方だよ。エレム村にきたときなんか、一言だって自分から話さなかったもんな」
「そうなのか?」
「ああ」
リクの話をもっと聞きたかったが、そら本人がいちごを連れてこちらに駆け寄ってきたので話は中断された。
「クロノさん、海行きましょうよ、海!」
「は……」
「俺、海を見た記憶がないんです。見てみたい……!」
どうやらいちごが提案したらしい。
「行ってくればいいじゃねえか」
「クロノさんは?」
期待に満ちた笑顔を向けられる。こんな風に笑いかけられたら断るに断れない。
「しゃーねえな」
わざと面倒臭げな声を出したが、内心久しぶりの海に心を躍らせている自分がいた。
話を聞きつけ、遊んでいた子ども達が我も我もと駆け寄ってくる。結局全員で海を目指すことになった。
「ええ、海見たことねえのかよ」
リーダー格の男の子、くうに呆れられ、そらは苦笑いを浮かべた。
「うーん、思い出せないなあ」
「俺は初めてだな!」
「私も!」
そらはともかく、リクとリトは初めて見る海である。
テンションが上がっている三人に少し遅れてついていきながらクロノと呉羽は顔を見合わせて笑った。
***
嵐が過ぎた後は快晴だった。
太陽の光をきらきらと映す水面は、そらの目の前で静かに揺らいでいる。
「――広いですね」
そらの言葉に、クロノは何もない水平線を見つめた。
「すごく、広い……」
風がそらの灰色の髪をさらっていく。
暫くの間その場所を離れることができなかった。
あとの二人は初めて見る海に、最初は圧倒されていたものの、すぐに海に駆け寄り、足を踏み入れた。
遠くから楽し気な声が聞こえてくる。
動きを止めてしまったそらの近くにいるのはいちごとクロノだけだった。
「そらお兄ちゃん……?」
いちごがそらの裾を引く。
ふと、クロノが視線を向けると、そらの真っ直ぐな瞳からつうと涙が流れていた。
「あ……」
そらの灰色の瞳が海の色に染まる。とても美しい色をしていた。
「お前、まさか記憶が……」
そらがゆっくりとこちらを向いた。顔をくしゃくしゃにして笑っている。
「――何にも、怖がることなんてなかった」
クロノはその頭を抱え込み、いちごと共に長い間そらの嗚咽を聞いていた。
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次回は【第二章】繋がる歌(三)です。
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