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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第三部】四分休符
81/106

【第一章】雪嵐の夜(中)

※クロそらR15回なので注意してください。

 雷が鳴り、ひとりで部屋に戻るのも恐ろしかった。

 スザクが諦めたところで、皆は例の札を使ってばば抜きなどをはじめた。


 こういうことになると、感情が素直に表情に表れてしまうマキバがひどく弱い。そして札のどれを取っても穏やかに笑っているユーリが異常な強さを見せた。

 最初は優勢だった呉羽も、いつの間にかユーリに押されている。

 そらとリトは勝ちもしなければ負けもしないので(勝ちはユーリか呉羽だったし、負けはマキバで決まっていた)途中で飽きてしまった。


 しかし、

「俺も入れてー」

 と、聞きなれた声が聞こえ、そらは顔を上げた。

 リクがやってきて、再び戦いがヒートアップする。リクには一番負けたくなかった。


 リクが隣で笑っている。


 そらは不思議な気持ちになった。ひょっとすると、長い夢を見ていたのではないか。そんな思いにとらわれる。


 ずっと、クロノを助けたことを恨まれているのではないかと不安だった。

 腹を思い切り殴ったことも、今となってはただただ申し訳ないと思う。


 それなのに彼はこうして、自分を迎えに来てくれた。


「……ありがとな、リク」


 他の誰にも聞こえないよう、小さな声でそらは言った。

 リクが嬉しそうに笑った。


「お前、今俺の持ち札見ただろ」

「ああ」


 笑顔のまま殴られる。

 楽し気な声を聞きつけ、エレミスとシトラまでやってきた。


「面白そうなことをやってるじゃないか」

「もっと面白いこと、俺とやろ?」


 さらりとそう言って肩に腕を回してくるので、そらは思い切りみぞおちを肘で突いた。


(まあ……悪い人ではないんだろうけど)


 あの時、攻撃を止め、王国に逆らうことを決めた彼にも感謝はしていた。彼は幼い頃から「王国に従え」と言われ続けた軍人であったそうだ。


 クロノや自分を撃った彼の気持ちが、分からないこともなかった。

 ……しかし、彼が自分を好いているという気持ちはさっぱりわからない!


 いつの間にか、部屋に見知った顔が集まっている。

 ここにサフランやコガレ、そして――会ったことはないけれど――ビャクがいたら、どれほど素敵だっただろう。ウサがいたら、どれほど楽しかっただろう。

 会ったこともない人に思いを馳せ、ぼんやりしていると、いつの間にか皆、静かになっていた。


「……どうしたの、皆」

「あ? 聞いてなかったのか?」


 クロノが顔を顰める。


「え……?」

「そら、落ち着いて聞いてね。私、あんた達を殺してしまうかもしれない」


 自分がもたもたしている間に、呉羽から皆に明かしたのだった。


***


「皆が集まってるから、話すのは今しかないと思ったの。私、姫の使いでここに来てるって言ったわよね」


 呉羽は国書を仲間と共に預かってツテシフに帰る途中だったのだと言った。その内容は二つの国で戦争が起こることを示唆するようなものだった。

 しかし仲間に裏切られ、自分はクロノに助けられることになった。


「ごめんなさい」


 呉羽は皆の前で、畳に額を押し付けた。


「これから戦争になるって、知っていてあなた達についてきた。こんな……、こんなに親しくなるつもりなんてなかった」

「……」

「……ごめんなさい。一人が、心細かった。寂しかったの……」


「呉羽ちゃん。俺からも話がある」


 そらは、昨日の出来事を全て皆の前で語った。詰まってはエレミスが助け舟を出してくれたから、何とか王子の話を最後まで伝えることができた。


 話し終わった後、皆は暫く沈黙を守った。

 いつの間にか円になり、ある者は畳を、ある者は窓の外を、思い思いに見つめている。その視点がぶつかることはない。


 最初に沈黙を破ったのは、表向きはミナトの町長であるスザクだった。


「最初に戦場になるとしたらここだな」


 このミナトの町の親分であり町長である。町に対する愛情は並大抵でない。


「全てが俺達にかかってるってことかよ」


 マキバの目が、鋭くなった。

 皆が押し黙ってしまったので、スザクは皆を励ますように手を叩いた。


「どっちにしたって嵐が過ぎるまでは船も出せねえんだ。ゆっくり決めろよ」


 重苦しい空気に耐えられず、皆、次々と立ち上がり、出て行ってしまった。


***


 嵐の夜、皆が疲れて寝静まった頃、クロノとそらは部屋で口づけを交わしていた。

 窓の外から雨が激しく地面を叩く音が聞こえてくる。まるで二人が繋がろうとしているのを怒っているかのようだった。


 ……その背徳感に震えた。


 ベッドの上でクロノに抱きかかえられ、長い間こうしていた。

 半分近く溶けてしまった小さな蝋燭に灯るか細い炎が台の上で揺れている。


「ふっ……んん」


 飲み込み切れなかった唾液が顎を伝っていく。その味はひたすらに甘い。

 見慣れた大きく分厚い手が帯にかかった。そのままひゅる、と解かれ羞恥で顔が熱くなった。クロノと比べたらはるかに貧相な自分の身体を見られたくなくて、彼の手から逃れようと必死になる。


「そら?」


 名前を呼ぶ声が熱っぽい。


「や、やだ、恥ずかしい……です」

「うーん……」


 両手で胸元を合わせ、震えているとクロノが「手、出して」と言ってきた。


「?」


 片手を差し出すと「違う、両方」と言われる。何か貰えるのだろうかと、言われるがままに両手を出した瞬間、クロノが先程の帯をくるりと一周させた。


「ちょっと!」


 慌ててひっこめようとしたときにはもう遅く、ぐいと引っ張られ、そのまま強く縛られる。


「あんまり暴れると痛いぞ」

「なにやって……うあっ」


 ぽんと胸を押され、バランスを崩す。ベッドにそのまま仰向けに転がされ、目を開けると、クロノが上から見下ろしていた。


 彼が口端を吊り上げる。


「傷が塞がったら、好きにしていいって言ってたよな?」


 つつ、と脇腹を撫でられ、そらは思わず身体を強張らせた。


***


 痛みはなかったが、ひどく息苦しかった。

 それでもクロノが自分のことだけを考えて触ってくれているのだと思うと嬉しかった。


 本当に嫌ならば、思い切り蹴り倒せばいいのだ。両手が使えなくても、それくらいならできる。大体、本気で嫌がればクロノも止まってくれると分かっていた。大事にされているのは身をもって知っている。


 こんなに一人の人間を想ったこともなかったから、戸惑う。

 これは自分が特別なのだろうか。

 それとも、皆がこんな気持ちを抱くのだろうか。


「そら……泣いてんのか」

「も、やだ……、つらい……」


 クロノが助かれば、それ以上の幸福はない。

 でも、自分は彼を失う覚悟もしておかなければならなかった。


 失ったとき、自分が壊れないように。

 一度抱かれたらこの気持ちも落ち着くと考えていた。愛なんて最高潮まで上り詰めれば、あとは急激に冷えていくだけだって。


全ていつかは消える。


「大嫌い……っ、クロノさんなんて、大嫌いだ……」


 縛られたままの両手でクロノの胸を叩く。


 クロノの息も少し乱れてきている。

 彼はそらの両手を上に押し上げ、左手で握りしめた。

 与えられる快感は暴力的だが、髪を撫で、抱きしめる手はひたすらに優しかった。

 

 出逢った当初の凍るように冷たいまなざしはもう感じない。


 ――出逢わなければ良かった。


 クロノの熱っぽい瞳を見て、初めてそらはそう思った。苦しくて、死んでしまう。全てに背を向けて、どこか遠くに逃げてしまうことなんて、自分たちにはできないから。


 別れなんて訪れない世界があればいいのに。

 大切な人達と、何故ずっと一緒にいることができないのか。

 この世界は、ひたすらに残酷だ。


「そら」


 そらの耳元で、クロノが低く囁いた。欲情の色を隠しきれない、熱っぽい声が鼓膜に絡みつく。


「そら」


 泣きじゃくる自分を宥めるように名前を呼ばれる。


 ――愛してる。


「嫌いっ、クロノさんなんて、大嫌い!」


 ぼろぼろと涙が零れる。

 反対だ。好き過ぎておかしくなる。このまま死んでも不思議じゃないくらいに。


 でも、死んでもいい。

 あの夜、自分の背中を押した声が蘇る。

 ――それでも俺は。


 なんだっけ。


 その後、俺はなんて言ってたんだっけ。


 あと少しで思い出せそうなのに、強すぎる快感が邪魔をする。


「そら、言わないと、終わらねえぞ……」


 クロノの脅しは冗談で終わらないから怖い。

 好き、と口にした瞬間分からなくなった。


「可愛い、そら……もっかい言って」


 流されるまま、何度も「好き」を口にする。でも、言うたびに分からなくなる。確かに聞いた筈の言葉が遠くなっていく。


 何とか意識を繋ぎとめた。

 今、はっきりと思い出しておかなければならないと思った。

 何か、分かりそうだ。

 クロノの手をぎゅっと握り締めた。


 死んでもいい。それでも俺は。

 俺は何度でもあなたに会いに行く。


ここまで読んで下さりありがとうございます。

次回は【第一章】雪嵐の夜(三)です。

よろしくお願いします。

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