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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第三部】四分休符
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【第一章】雪嵐の夜(上)

リト「はーい! リトのお悩み相談の時間がやって参りました。今回のお悩みは?」


呉羽「最近出番が少なくて……」

リト「……そういえば私も……」


「「……」」


(マキバ、ユーリ、そらが歩いてくる)


マキバ「リトが作る料理、超美味しいよなあ。あれどうやって作ってんだろう」

ユーリ「最近は呉羽ちゃんと研究してるみたいだよ」

そら「そうそう、二人とも料理上手なんだ~」



リト「ふふっ」

呉羽「ふふっ」



というわけで第三部は夏休みみたいな話です。

ここまでお疲れ様でした。少し休みましょう。


 そらは風呂でわざとゆっくり温まってから部屋に戻った。

 時刻は零時を回っていたから、先に寝ているだろうと思っての行動だったが、予想に反してクロノはベッドに腰掛け、腕を組んで待っていた。


「このタイミングで消えるか、普通?」


 頼りない蝋燭の明かりがクロノの横顔を照らす。


「すみません。口止めされてたので……あと、その日のうちに帰ってくるはずだったんです」

「詳しいことはエレミスに聞くけどさあ」


 腕を引かれ、ベッドの上に転がされた。

 上から覆うように抱きしめられる。かすかにその腕は震えていた。


「……あいつらと帰ったのかと思った」


 掠れた声が耳元で響く。

 どきりとして顔を上げると、不安そうに揺れる瞳がこちらを見つめていた。


「触ったの、嫌だった?」

「まさか。ちゃんと戻ってきたでしょ」


 クロノの背に手を回し、素直にその温もりを受け取った。


「……」


 クロノの無骨な手が腰を這う。耐えるようにクロノの厚い胸板に顔を埋めた。


「……っ」


「うん?」


「!」


 蝋燭の火が大きく揺れた。

 珍しく、クロノの短い悲鳴を聞く。


「どさくさに紛れて何やってんですか。傷が塞がるまで安静にって言ったでしょ!」

「今開いたっ! 開いたっ……!」

「開いてないっ!」


 引き留めようとするクロノの手を振り払い、そらはベッドから飛び降りた。


***


 王子の別荘から帰り三日が過ぎた。クロノの傷がある程度塞がったのは良いが、今度は天気が悪くなった。嵐が来そうなのだ。

 皆やることもなく自然と居間に集まり、思い思いに好きなことをしていた。

 長い間、そらは黙々と旅の間に溜まった薬草を粉にしている。

 外は暗く、雨も強くなってきていた。


「これじゃあ船を探すのは無理だな……」


 窓の外の様子を窺いながら憂鬱そうに呟いたクロノに、スザクが声をかけた。


「クロノ、ちょっと遊ばないか」

「は……」


 スザクの手には賭け事によく使われる札が握られていた。


「最近いい相手がいないから退屈してたんだ。どうせお前、かなりできるだろ」

「何で分かる?」

「同志のにおいがする」


 彼はちゃぶ台の上に、トン、と良い音を響かせて札を置いた。


「船を賭けてやるよ。俺に勝てたら、船を出してやる」

「賭けれるもんなんて持ってねえぞ」

「そら」

「!」


 突然自分の名前を出され、ぎょっとしてそらは振り向いた。


「俺ですか」

「仕事の関係で俺も一人旅が多いからな。正直クロノが羨ましいんだよ」


 反論するより先にクロノが札をスザクの方に押し返す。


「そらは俺の所有物じゃない」

「二日いなくなっただけで落ち込んでたくせに?」


 クロノが露骨に嫌そうな顔をした。

 もうやめたらいいのに、スザクは尚も続ける。


「そんなに大事なもんなら、一生籠に閉じ込めておけばいい」

「てめ……」

「気づいてねえかもしんないけど、病的だぞ? お前ら」


 そらはどきりとして動きを止めた。クロノも同じように押し黙ったままだ。


「……」


 確かにスザクの言う通りだった。ずっと気づいていないふりをしていただけ。本当は誰よりも違和感に気づいていた。


 こんな、信頼のない愛があるだろうか。

 自分達の関係は一体どこからおかしくなった?


 ビドの町を出た時はまだ正常な感覚だった。

 お互い、別々に行動してもまた、必ず繋がると信じていた。


 ラス?

 いや、あの時もまだ信じていた。きっとどこかに正解があると。少しくらい道を誤っても目指す場所に必ず辿り着けると。


……そうだ。

 洞窟でアオイ達に襲われたときからおかしくなったのだ。

 別々に行動すれば、次に喧嘩をすれば、もう二度と会えないかもしれない。そんな漠然とした不安が自分達を病的にした。


 出会ったときからクロノはいつだって死に向かって走り出しそうな勢いだった。今にも自分との絆を絶って自分自身を殺すのではないかと、恐ろしかった。

 ……彼も同じような気持ちだったのかもしれない。あの夜、短刀を握りしめていた俺だから。


 信頼をなくしたのは、細く、頼りない自分達の絆を必死に守ってきた結果だった。


 でも……。


 そらは思うのだ。

 病的でも構わない、と。


「……賭けて下さい」


 これが俺達の在り方ならば喜んで受け入れる。たとえ籠の中に入れられたとしても全然構わない。

 この人についていくと決めた。


「クロノさんの所有物でいいですよ、俺」

「……馬鹿言うな。でも」


 クロノがにやりと黒い笑みを浮かべた。


「黙って聞いてる訳にもいかねえなあ?」


***


 新品だから、とスザクは一言ことわり、クロノに札を預けた。

 時間は余るほどある。

クロノは一枚一枚傷や印が無いか確かめていった。賭けているものが者だけに、慎重である。イカサマをされたら、さすがのクロノでも勝てない。


 札の扱い方から、想像以上に彼がゲームに慣れていることが分かった。

 そらの知らない、所謂「通」のためのゲームが始まった。


 周りも何が始まったのかと集まりはじめ、黙って二人を見守った。

 互いに殆ど言葉を交わさない。


 端から見ても何が行われているのか全く分からなかったが、スザクもクロノも「普通ではない」ことだけは良く分かった。


 勝負が始まる前にクロノが見せた笑みでそらは勝利を予感したが、こうゲームが続くと不安になる。しかも何が起こっているのかさっぱりわからないから、どちらが優勢なのかさえ知ることができない。


「……」


 ぴたり、と互いの手が止まった。

 沈黙が続いた。長い。


 スザクがこちらを見て、笑みを浮かべる。


 まさか、と思った。これは、拙い。


「あ、あの……」


 やっぱり賭けなんてしなければ良かったと後悔してももう遅い。

 しかし、そらの嫌な予感は外れた。

 スザクが崩れ落ち、クロノが「っしゃ!」と小さくガッツポーズを取ったのだ。


***


「くそ……なんで負けるんだ?」


 その後、諦めきれないらしいスザクが何度もクロノに挑んだが一度も勝てなかった。我慢できなくなったのか途中から煙草を吸い始める。

 一方でクロノは涼しい顔をしている。


「お前……化けもんかよ。これでも俺は近くの賭場じゃあ連勝してるんだぜ」


 スザクの煙草を一本奪い、火を点けながらクロノは笑った。


「まあ、俺も遊んでた時はあったからな」

「遊び過ぎだ。それで一生やっていける」


 曖昧に笑って、考えたときもあったさ、と小さく言った。


「ところで、船は」

「仕方ねえ。男同士の約束だ。守らねえ訳にはいかねえな」


「いつ出せそうだ?」

「とにかくこの嵐が去ってからだな。荒れてる海に飛び出す訳にはいかねえ。三晩は待て」

「……分かった。本当に助かるよ」


 クロノが礼を言うと、スザクは子どもの様に口を尖らせ、吐き捨てた。


「本当なら何百万シノリも取られるところだよ!」

「はは」


 クロノは声を出して笑った。


ここまで読んで下さりありがとうございます。

次回【第一章】雪嵐の夜(二)

よろしくお願いします。

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