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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第一部】王国逃亡
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【第一章】城からの逃奔(三)

 秋祭りはやはり雨のなかで行われた。


 この祭りは、大人も子どもも一緒になって、ひとつの円を作り、踊ることが主となる。


 円を作っている者達は、藁で編んだ蓑で全身を覆い隠している。

 そして、その中心では、クレアス王国の守護神と言われる、四つ足の動物を模した人形を、二人掛かりで躍らせていた。


「そらーっ、どこーっ?」


 周りの大人達が不気味だったのだろう。一人の子どもが、心細げに、そらの名前を呼んだ。


「ここだ」


 おいで、と手招きし、そらは、その幼子の蓑を優しく被せ直した。


「来年、たくさん食べられますようにって祈るんだ」


「怖くない?」


「怖くない、怖くない」


 歌うように彼は答えた。


 円を囲むように、四方に火が焚かれていた。雨に濡れないよう、その上を煉瓦で固めている。皆の蓑を赤々と照らす炎はどこか気味悪い。


 その重く厳かな雰囲気に、子どもの頃、自分も恐ろしさを感じたものだ。

 そっと腕にくっついてきた小さな体を片腕で包み込み、そらは踊り続けた。




 ひんやりとした部屋にようやく戻ってきた。

 隣では、疲れたのかアンジュがぐったりと座り込んでいる。その背中に、かすかな老いを感じた。


 そらは囲炉裏に火をくべた。できるだけ、何も考えないようにしていたが、不安はどんどんと膨らんでいった。


 何か、胸騒ぎがするんだ……。


 まだ、子ども達の言葉は胸に刺さったままだ。


――可哀そう……。


 そう、彼は本当に可哀そうだ。一体何を思って人に禍を成したのだろう。


「そら、どうした?」


 アンジュに心配され、そらははっと現実に戻って来た。


「……大丈夫です」


「顔色が悪い。祭りの疲れがでたかな。私も疲れた。今日は早く寝よう」


 アンジュはそらのことを家族のように心配する。


 元々、そらの生まれ故郷は此処ではない。彼は幼いころ、この地に迷い込んだ。何処から来たのか、どうして此処に来たのか、そら自身も覚えていなかった。


 まるで、大切な記憶が入っている袋にぽっかりと穴が開いてしまったようだった。思い出そうと頭を抱えれば抱えるほど破片がぼろぼろと零れ落ち、いつしか記憶に蓋をしてしまった。


 名だけ持ってきたそらをここまで育てたのは、この村の村長であるアンジュだった。

 自分を、本当に血の繋がった家族のように大切にしてくれた。


「……灯、消していいですか」


「ああ」


 アンジュが布団に入ったのを見て、そらは灯りを消した。


「おやすみなさい」


 最近、何故だろう、暗闇が怖くて仕方がない。雨の音が不吉なものを予感させるからだろうか。


 眠れない。

 心の奥で黒い渦を巻く化け物。


――一人の食いぶちでさえままならない時代だ。


――命を懸けて育てられる価値など、自分にあっただろうか。


 細く頼りない背中で、必死に自分を守ってきてくれた、アンジュの姿が浮かぶ。


――次は、俺が守るから。


 寝返りをうつ。


 ふと、戸を小さく叩く音が聞こえた。

 雨?

 いや、明らかに人為的な音だ。


 その音は三度、立て続けに、そらを怖がらせた。


「誰……?」


 布団から出て、恐る恐る戸に近づき尋ねると、すぐによく知った声が聞こえた。


「そら。俺だ」


 こもった声だった。


「リク」


 ほっとして戸を開ける。

 彼は全身ずぶ濡れで、走ってきたのか息を切らせ膝に手をついて立っていた。


「どうした」


 アンジュは既に寝息を立てている。

 言うのに少し戸惑っていたリクだったが、じっと待っているとやがて口を開いた。


「今日、隣の町であの男が出たらしい」


 雨音に掻き消されそうな声だった。


「ふうん」


 そらは軽く頷いた。

 リクは仕事柄、情報が早いのだ。近場で見つかったのは驚きだが、自分には関係ない。どうしてそれを、こんな夜中に言うのか。


 嫌な予感がした。


 リクは続けた。ここら辺、通るんじゃね? と。


 目を見開く。普段温厚なリクの残酷な一面に背筋が凍り付いた。


「……殺すつもりか」


 恐る恐る尋ねると、リクは自虐的な笑みを浮かべた。


「当たり前だろ。殺しに行く。リョウタの仇を取って……」


 賞金で村に学校作れるぜ、そう言った彼の声は上ずっていた。

 そんなことをしてまで金を集めたいとは思わない、そらがそう反論することを分かった上で言っているのだ。


 出かかった反対の言葉をそらは飲み込んだ。リクの思いに添いたかった。


「できるかな」


「二人だぜ……負けるわけねえよ」


 こうやって頼りにしてくるところがリクらしい。単純に、嬉しかった。

 だから、そらはわざと苦笑いを浮かべた。


「俺も頭数に入ってんのかよ」


「あれ、来てくれないの」


 リクのとぼけたような声。

 こんな態度に自分は昔から弱いのだ。


 頷いた。


「行こう」


 寝ぼけているアンジュに、少し用事ができた、と話し、そらはリクと共に山の方へ向かった。

 隣町から逃げるならば、この山を通るであろうと推測したのだ。


 そらの手には使い慣れた槍が握られていた。長さはそらの一・七倍ほどあるのだが、彼はこれを体の一部のように扱う。


 そして片手にはランプを持っていた。それはぼんやりと足元を照らし、二人の行き先を導いた。




次回【第一章】城からの逃奔(四)は 2017年4月17日23時 投稿予定です。


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