【第七章】消えない傷痕(三)
【第七章】消えない傷痕(前半・後半)を【第七章】消えない傷痕(一・二)に変更しました。
内容は変わっておりません。よろしくお願いします。
シトラは一人、物思いに耽っていた。
そらに銃を向け、クロノを撃ってから、ぼんやりとしている時間が増えている。
今まで、こんなに自分について考えたことなど無かった。
自分は、何をしているんだろう。
そらに銃を向けたのは、軍人としては正しい行動だったのかもしれない。
でも、一人の人間として、正解だったのだろうか?
クロノはただ、運が悪かっただけ。そんなことは自分達軍人の間で、薄々と気づかれていたことだった。
それでも、王国にとって不利益になるものは排除すべきだ。何が理由であったとしても。そう教えられてきた。
……自分はいつからか、考えることを忘れ、上の命令に従うだけのお人形に成り果てていた。
クロノを助けた夜、そらがどのような気持ちだったのかは知らないが、全力で間違っていることに向き合えるそらが羨ましかった。
倒すべきはクロノではない。
立ち向かうべき者はきっと自分の中に。
(俺は、何をやってるんだ……)
***
「そら、落ち着いたか?」
台所でサフランを見送った後、暫くの間立ちつくしてしまっていたそらに、声をかける者があった。
「……エレミスさん、聞いてたんですか」
「声かけづらくてな。サフランから話を聞いていたのか」
「はい」
エレミスはそらの手前にあった冷めたお茶を下げた。
再びお湯を沸かし直す。
「お前らみたいに勇気溢れる若者を見てると、自分が恥ずかしくなるよ」
「エレミスさんはクロノさんと同い年ですか?」
「そうだよ。もうおじさんだ」
「そんな歳じゃないでしょ……」
「まあ、まだまだ頑張れるけどな。特に今回の件については決着をつけるまで立ち向かうつもりだ。そらのおかげだよ」
「俺ですか?」
エレミスは大人の笑みを浮かべたまま、そらに熱い茶を渡した。
「勇気をもらった。権力と戦う勇気をね」
「そんなたいそうなことをしようとした訳じゃないです。結果、王国は敵にまわしちゃいましたけど」
「うん。これからどうしようね」
エレミスは口元に笑みを浮かべたままだが、目は真剣だった。本当に困っているらしい。
「《闇の方》がどうやら黒幕らしい」
「皆そう呼びますね。何か理由があるんですか?」
「今ここで奴の名前を口にすれば、たちまち見つかって、呪いで殺されてしまう。怖いだろう? 本名は知らない方がいい」
そらは身震いした。名前を口にしただけで、場合によっては殺されてしまうなんて。
「他に味方になってくれそうな人はいないんですか」
「いるとしたら次の王だな。まだ継承の儀を受けてない王子だが。彼は聡明だ」
「じゃあその人に力になってもらって……」
「明日、相談に行こうと思う。そら、ついてきてくれるか」
「えっ、俺ですか!」
突然の提案にそらは素っ頓狂な声を上げた。
「ああ。実はな、明日、王の葬式を別荘でひっそりとやる。……呪いをかけられて死んだなんて言えないからな。王子は事が落ち着くまで王が死んだことを表に出さないおつもりだ」
「それと俺に何の関係が」
「そらの歌に闇を浄化する力があると聞いた王子が鎮魂歌を是非ってね」
「え……エレミスさん? 勝手に何言っちゃってんですか? そんな力本当にあるのかどうかすら……」
戸惑い、不確かな情報を流してしまったエレミスを睨む。
「もし王が幽霊になって出てきたら、俺のせいになるじゃないですか……」
死さえ覚悟し、台の上に顔を伏せるそらの頭をエレミスが軽く叩いた。
「安心してくれ。それはあくまで表面上の理由だ。本当は王子がお前に会いたがっている」
「?」
「来てくれるな、そら?」
クロノのことが心配だったが、断ることもできなかった。
***
次の日、クロノが起きるより早くそらはエレミス、シトラと共に発った。
自分が部屋に閉じこもっている間、雪はずっと降り続けていたようだ。冷たい地面から冷気が伝わってくる。
暫くの間、エレミスの後ろで馬の背中に揺らされていた。
そして辿り着いたのは、自然に囲まれた、静かな別荘であった。
三人を出迎えたのは、王子本人だった。彼はそらよりも少し年上に見えた。
「君がそら君だね。話は聞いてるよ」
「お会いできてうれしいです。王子」
ぎこちない挨拶の言葉を述べ、そらは頭を下げた。
「とにかくお三人方、入って下さい。話は急を要します」
「はい」
エレミス、そら、シトラの順で中に入っていった。
三人は応接間に案内された。座って王子が姫を呼んでくるのを待っていると、召使が茶と菓子を運んできてくれた。
そして姫が姿を現し、丁寧なお辞儀をした。そらも慌てて深く頭を下げる。
とても可愛らしい人だった。
王子と並ぶと、なんと穏やかな二人であることか。
「ご存じでしょうが、今王国を率いているのは宰相のフォグ=ウェイヴです」
「!」
エレミスがぞっとした様子で立ち上がった。周りを用心深く見回す。
「大丈夫ですよ。ここは、私達が古くから雇っている、信頼のおける呪術師たちが結界を張ってくれているから」
「それならいいが……」
そらはここで初めて、《闇の方》の本名を知る。
(フォグ=ウェイヴ……)
心の中で呟き、そっと記憶の引き出しにしまい込んだ。
「父の遺書に、次の王は彼が適任であると書かれていたんです。でも、そんなことは呪いの力でどうにでもなる。呪いをかけられ、正しい判断もできなくなった父にサインを求めたのかもしれない」
「あなたはずっと傍にいなかったんですか」
「……フォグ=ウェイヴが王の隣を独占していましたから。私達は近づくことさえできなかったんです」
「な……」
「王が戦争好きだったことはご存じでしょう。私も同じように戦争が好きなのではないかという噂を立てられ、気づけば周りは敵だらけでした。だから、こうして父の遺体と共に逃げてきた訳です」
エレミスが顔を顰めた。
「ひどいな。あなたが戦を好まぬ穏やかな性格であることを知っている人も沢山いるでしょうに」
「……全て、フォグ=ウェイヴの力です。彼はたぶん、父と……、この王国に恨みを持ってる。彼の恋人があらぬ罪を着せられ、死刑にされているんです。そのことをずっと恨んでいたのだと、私は考えています」
「……」
前にツテシフから使いが来た時、フォグ=ウェイヴは王に戦を仕掛けるようにそそのかした。
そして王は死に、今、その宣戦布告の手紙がツテシフに運ばれている。どこまで渡ったのかは分からないが、時間がないことは確かである。
「手紙を確認したら、ツテシフはすぐに攻めてくるでしょう。そしてフォグ=ウェイヴは仕方ないことのように装って兵を出すはずです。城から多くの兵が消えたところで魔の力を借り、一気にクレアス王国を滅ぼすつもりではないでしょうか」
「本当だとしたら恐ろしいですね」
シトラの声が低い。
「そらはクロノと一緒にこのまま迷宮神殿を目指してください。魔を葬る方法が、そこにあるはずです。私達はツテシフに届けられた手紙がどうなったのか調べます」
「時間はどれくらいありますか」
「……できるだけ急いでほしい。ツテシフがはっきりとした攻撃を仕掛けてこない限りフォグ=ウェイヴも動けません。周りの信用を失うことになりますから。こちらから使いを出しツテシフには戦を待ってもらえるようお願いしようと思います」
すっかり冷えてしまった茶を、五人で飲み干した。底に溜まった茶葉が苦い。
誰も、甘そうな菓子に手をつけようとはしなかった。
「まさかこんなことになるなんて、思いもしませんでした。フォグ=ウェイヴが、そんな、人知を超える力を使うなど……」
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次回は【第七章】消えない傷痕(四)です。
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