【第六章】離れる手(五)
今回は少し短めです。
冷たい廊下を歩いていく。水をもらおうと思ってそらが食堂の方へ行くと、エレミスともう一人、男の声がした。
「コガレはきっと殺されたんです……っ」
「落ち着け、まだ決まった訳じゃないだろう。もしかすると思い留まってるのかもしれない」
「《闇の方》が王を殺すのを、コガレが黙って見てるはずがない! コガレはあの人が暴走するのを止めたがってた」
「……」
「とにかく、俺は明日、城に戻ってコガレを探します。師範によろしく伝えておいて下さい」
「……分かった」
小走りで食堂から出てきた男とぶつかった。
「っ……、ごめんなさい」
今にも泣きそうな瞳と、視線がぶつかる。
「さ、サフランさん……」
「確か君は、そら君?」
自分とよく似ている人だと思った。
食堂で水を一杯もらい、そらはごくりと飲み干した。
目の前にサフランがいて、気まずい雰囲気が二人の間に流れている。
「まさか夜中に人がいるとは思ってなくて」
先程の行為をサフランが全て見抜いているような気がして、そらは逃げ出したい気分だった。
「……まあ、寝てる場合でもないよね」
どこか刺々しい物言いは、コガレという人物を思ってか、それともクロノを思ってか。
「一通り、話は聞いたよ」
「……」
サフランは自分を落ち着かせるように、沸いたお湯を、時間をかけて飲んでいた。
長い沈黙が続いた。彼の、台の上に置く拳が震えている。
「僕がどれほど君になりたいと思ったか」
どきりとした。
彼はクロノを王城から逃がした人だと聞いている。元教え子で、今は闇に包まれた危険な場所で働いているのだと。
どうしてもクロノの傍にいることができなかった彼。どれほど自分の立場になりたかっただろう。
きっと、自分がサフランでも、クロノを逃がしたと思う。
そして、サフランが自分でも、クロノを助けたと思う。
同じ筈なのに、立場が違うとこうも違った運命を辿るのだろうか。
自分よりも彼の方が、クロノをもっと助けられたかもしれない。そんな不安が押し寄せてくる。
「あの、ごめんなさい……俺、クロノさんの足引っ張ってばっかりで」
早口にそう謝ると、サフランは驚いたように目を丸めた。自分が重い空気を出していたことに気付いていなかったらしい。
彼は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「……確かに、師範の傍にいられるのは羨ましいけど、僕達にはそれぞれ決められた立場がある。僕は僕の場所で頑張るだけ。ありがとう」
「え……」
「ありがとう、そら……」
ありがとう。
そらの両手をぎゅっと握り締める。
顔を上げたサフランの長い睫毛が濡れていた。瞳から次から次へと涙が溢れだし、止まらない。
「サフランさん……」
「サフランでいいよ、ごめんね。僕、仲間が次々といなくなって、コガレのこともわかんなくて、不安だったみたい。苛立ちをぶつけちゃったみたいだ。本当にごめん」
その困ったような笑顔が胸に刺さる。
「コガレって確か……」
ビドの町で見かけた青年だ。あの、血に濡れた美しさを思い出した。
そらはビドの町で彼に会ったことを話した。
「あの人のこと、もっと知りたかった」
「やめといたほうがいい。おかしくなるよ」
あいつのことなんて、一生かかったって分かりやしない、とサフランは少し寂し気に言った。
サフランは赤い布を二本、そらに見せてきた。錆びた赤はまるで血の色のようだ。
「これは僕と、死んだビャクの。同じものをコガレが持ってる」
「――」
「これさえあれば、どこにいても僕らは繋がっていられるから怖くない」
***
偶然にもクロノの元で出会い、最終的には《闇の方》に仕えるようになった三人。
明るく穏やかで、太陽のようなビャク。
しっかり者だが言葉は少し冷たい、月のようなコガレ。
何となく二人の間に挟まれている、自分。ビャクが「この星の重力みたいだな」と言ってくれたとき、少しこそばゆかったけど嬉しかった。
それでも、最初から仲が良かった訳じゃない。《見習い兵》時代、同じ師範から指導を受けていただけ。たった、それだけの関係だった。
《見習い兵》から実戦に移るとき、自分達の関係は変わった。
「……聞いてくれる? そら」
目の前にいる少年は僅かな隙もない瞳で真摯に頷いた。
クロノ師範がこの少年に惹かれた理由が分かった気がした。
「覚えてて、僕らが生きていたこと」
ここまで読んで下さりありがとうございます。
次回から新章です。
【第七章】消えない傷跡(一)は2017年8月13日23時投稿予定です。
よろしくお願いします。




