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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第二部】逡巡
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【第六章】離れる手(五)

今回は少し短めです。

 冷たい廊下を歩いていく。水をもらおうと思ってそらが食堂の方へ行くと、エレミスともう一人、男の声がした。


「コガレはきっと殺されたんです……っ」

「落ち着け、まだ決まった訳じゃないだろう。もしかすると思い留まってるのかもしれない」


「《闇の方》が王を殺すのを、コガレが黙って見てるはずがない! コガレはあの人が暴走するのを止めたがってた」


「……」

「とにかく、俺は明日、城に戻ってコガレを探します。師範によろしく伝えておいて下さい」

「……分かった」


 小走りで食堂から出てきた男とぶつかった。


「っ……、ごめんなさい」


 今にも泣きそうな瞳と、視線がぶつかる。


「さ、サフランさん……」

「確か君は、そら君?」


 自分とよく似ている人だと思った。


 食堂で水を一杯もらい、そらはごくりと飲み干した。

 目の前にサフランがいて、気まずい雰囲気が二人の間に流れている。


「まさか夜中に人がいるとは思ってなくて」


 先程の行為をサフランが全て見抜いているような気がして、そらは逃げ出したい気分だった。


「……まあ、寝てる場合でもないよね」


 どこか刺々しい物言いは、コガレという人物を思ってか、それともクロノを思ってか。


「一通り、話は聞いたよ」

「……」


 サフランは自分を落ち着かせるように、沸いたお湯を、時間をかけて飲んでいた。

 長い沈黙が続いた。彼の、台の上に置く拳が震えている。


「僕がどれほど君になりたいと思ったか」


 どきりとした。


 彼はクロノを王城から逃がした人だと聞いている。元教え子で、今は闇に包まれた危険な場所で働いているのだと。

 どうしてもクロノの傍にいることができなかった彼。どれほど自分の立場になりたかっただろう。


 きっと、自分がサフランでも、クロノを逃がしたと思う。

 そして、サフランが自分でも、クロノを助けたと思う。


 同じ筈なのに、立場が違うとこうも違った運命を辿るのだろうか。

 自分よりも彼の方が、クロノをもっと助けられたかもしれない。そんな不安が押し寄せてくる。


「あの、ごめんなさい……俺、クロノさんの足引っ張ってばっかりで」


 早口にそう謝ると、サフランは驚いたように目を丸めた。自分が重い空気を出していたことに気付いていなかったらしい。


 彼は申し訳なさそうに頭を掻いた。


「……確かに、師範の傍にいられるのは羨ましいけど、僕達にはそれぞれ決められた立場がある。僕は僕の場所で頑張るだけ。ありがとう」


「え……」


「ありがとう、そら……」


 ありがとう。

 そらの両手をぎゅっと握り締める。

 顔を上げたサフランの長い睫毛が濡れていた。瞳から次から次へと涙が溢れだし、止まらない。


「サフランさん……」


「サフランでいいよ、ごめんね。僕、仲間が次々といなくなって、コガレのこともわかんなくて、不安だったみたい。苛立ちをぶつけちゃったみたいだ。本当にごめん」


 その困ったような笑顔が胸に刺さる。


「コガレって確か……」


 ビドの町で見かけた青年だ。あの、血に濡れた美しさを思い出した。

 そらはビドの町で彼に会ったことを話した。


「あの人のこと、もっと知りたかった」


「やめといたほうがいい。おかしくなるよ」


 あいつのことなんて、一生かかったって分かりやしない、とサフランは少し寂し気に言った。

 サフランは赤い布を二本、そらに見せてきた。錆びた赤はまるで血の色のようだ。


「これは僕と、死んだビャクの。同じものをコガレが持ってる」


「――」


「これさえあれば、どこにいても僕らは繋がっていられるから怖くない」


***


 偶然にもクロノの元で出会い、最終的には《闇の方》に仕えるようになった三人。

 明るく穏やかで、太陽のようなビャク。

 しっかり者だが言葉は少し冷たい、月のようなコガレ。

 何となく二人の間に挟まれている、自分。ビャクが「この星の重力みたいだな」と言ってくれたとき、少しこそばゆかったけど嬉しかった。


 それでも、最初から仲が良かった訳じゃない。《見習い兵》時代、同じ師範から指導を受けていただけ。たった、それだけの関係だった。


 《見習い兵》から実戦に移るとき、自分達の関係は変わった。


「……聞いてくれる? そら」


 目の前にいる少年は僅かな隙もない瞳で真摯に頷いた。

クロノ師範がこの少年に惹かれた理由が分かった気がした。


「覚えてて、僕らが生きていたこと」



ここまで読んで下さりありがとうございます。

次回から新章です。

【第七章】消えない傷跡(一)は2017年8月13日23時投稿予定です。

よろしくお願いします。

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