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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第二部】逡巡
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【第六章】離れる手(三)

遅くなり申し訳ありません;;

 リクは本物の悪魔を見た。それは人であり、人でなかった。そらの腕の中でぐったりとしていた男が、突然起き上ったのだ。


「師範っ?」


 既にそらと見知らぬ二人の少年、そして王国の者らしき青年の、四人が、その悪魔を守るようにして囲んでいた。

 真っ赤な口から犬歯が覗いている。瞳も不気味に赤く光っていた。

 シトラが何発か銃で撃った。そらが近くにいたが、躊躇はないらしい。彼が生粋の軍人であったことを改めて思い知らされる。


「そらっ」


 リクは叫びながら目を瞑った。そらが撃たれるところなど見たくなかった。

 しかし、悪魔がそらを庇ったのだ。


「いなっ……」


 そらが叫ぶ。と同時にリクは目を開けた。

 銃声は止まない。そらが叫んだ。


「もういい! もういいから! クロノさんは人間だ、死んじゃう!」

「でも、約束した!」


 悪魔の声は、先程の男の声と違っていた。しゃがれた、地獄の底から湧き上がってくるような声だ。

 それにも臆せず、そらは怒鳴った。


「二人が死んだら、意味ない!」


 そして、銃声が止んだ。弾が切れたのだ。

 シトラが荷物の中から銃弾を素早く取り出す。

 しかし、そらの方が早かった。

 その場で歌い出したのだ。


「そらっ……?」


 村で最後に聞いた歌声よりも遙かに力強い声が、太陽の高く昇る天に響いた。


***


 意識が戻った瞬間、体中に激痛が走った。うまい具合に急所は外れていて、死ぬに死ねない。

 いなの奴も勝手なことをしてくれたものだと思う。


(まあ……自分でも同じことをしたんだろうけどな)


 遠くで叫び声。


「待て! クロノを殺すなアッ!」


 エレミスの声だった。同じ言葉が三度続いた。


(何でお前まで……!)

「クロノッ、大丈夫かっ?」


 馬から降り、彼が近づいてきた。


「なんでお前が……」


 エレミスは一瞬答えに詰まったようだったが、暫くして静かに答えた。


「……王が崩御した。今国を仕切っているのは《闇の方》だ。こんなおかしな世界、捨てたところで悔いはない」

「はは……」


 笑うことしかできなかった。

 そして、もう一人。


「あんたに救われた命だからな。使う場所は間違ってないだろ」


 《濡烏》の狼だ。鳶色の瞳がじっとこちらの顔を覗き込んでくる。


「それに……あんたの教え子の一人になりたいんだ」


 エレミスが立ち上がる。


「撃て。それなりの覚悟は持ってきた。クロノと共に、死ぬさ」

「――」


 動く者があった。

 駆け足でこちら側に寄って来て、セキの肩を軽く叩いた。


「俺の後輩だな」


 ウィロである。

 周りの様子が変わった。自分を囲んでいた教え子達が、一斉に向きを変えたのだ。


「お前らァ……っ」


 馬鹿野郎。

 もしもシトラ達治安部隊が王国に戻り、この事実を告げたら、皆晒し首になる。


「隊長……っ」


 困ったようにシトラの部下が指示を仰ぐ。

 シトラは黙って、暫し何か考えている様子だった。


 国王が死んだ。

 《闇の方》という人物に、一度帰って指示を仰ぐ暇はない。

 エレミスは反逆者側に。


 一体何を信じていいのか分からないらしい。

 自分の意志で動くのを長い間諦めていた軍人だったのだ。


「……」

「シトラさんッ!」


 長い間黙っていたそらが叫んだ。


「お願いです……クロノさんを、助けて下さい。クロノさんが悪くないの、分かってるでしょ……」


 切羽詰まった声だった。美しさの欠片もない、ただ枯れた喉を酷使するような声。


 ぽたぽたと頬に滴が落ちてくる。そらのものだった。

 そして、痛い程に手を握りしめてくる。緊張しているのか、ひどく冷たかった。


「クロノさんを殺すなら、俺を先に殺して。もし聞き入れてもらえないなら、俺は今すぐ、自分でこの喉を掻っ切ります」


 さらりと恐ろしいことを言う。しかし、彼は本気のようだった。

 ばか、と口の中で呟き、クロノはそらの手をぎゅっと握り返した。


 そらは絞り出すように言った。


「シトラさん、お茶、奢ってくれるって言った……っ」


 そこで堰が切れたのか、ボロボロと泣き出してしまった。


***


 シトラの出した決断は王国を裏切るものであった。しかし、治安部隊は全員その場に残り、彼の指示に従ったのである。

 そらは涙で濡れた顔を上げ、彼の目をしっかりと見つめた後、頭を下げた。

 水狩布を地面に敷き、その上にクロノを寝かせる。彼はひどい怪我を負っていたが意識はあるようだった。落ち着け、と笑みを絶やさず自分の手を握り返してくれる。

 しかし、苦し気な呼吸は隠しきれていなかった。


 やがてリトが駆け足で帰ってきた。こうとスザク、そして呉羽も後ろからついてきている。


「ああ、ひどくやられたな」

「はは……」


 普段ならば冗談交じりに返事するクロノも、今回だけはそうはいかなかった。今にも途切れそうな意識を必死に保っている。


「俺、お湯湧かします」


 早く治療を始めなければと思い、そらは立ち上がった。その手を、クロノが引いた。


「そら……、傍にいてくれ。頼む」


 目尻に涙が浮かんでいた。とうとう終わりかもしれない。そんなことをふと考えて、そらはぞっとした。彼がこんなにも率直に、自分を求めるのは初めてだった。


「そら。いいからそのまま手握っててやれ」


 こうがそう言って、隣にいたスザクに水を持ってくるように頼んだ。


「師範……」

 心配そうに彼の教え子達が集まってきた。


ここまで読んで下さりありがとうございます。


次回【第六章】離れる手(四)は 来週土曜日投稿予定です。

不定期更新になってしまい申し訳ありません。テスト期間が終わったら少しずつ戻していこうと思います。

夏休み中に完結する予定です。

よろしくお願いします。

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