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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第二部】逡巡
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【第六章】離れる手(一)

そら「馬鹿いってんじゃないよ お前と俺は 喧嘩(物理)こそしたけどなんでこんなシトラ連れてくる必要があったんだよ……」


リク「よくいうわ いつもだましてばかりで 俺が黙って見送るとでも思ってんのかオラ」


そら「馬鹿いってんじゃないよ」


リク「馬鹿いってんじゃないよ」


「「両手をついて謝ったってんふふふふふふふふふ」」


クロノ「仲良しか」



 クロノを追う途中、シトラはエレム村に寄った。

 リクに会うためだ。情報を交換する約束だった。

 自分がそらに好意を抱いていることを、町中に広められないために。


(あんのクソガキ……)


 生意気な少年だと思った。しかし、今、自分の後ろで馬に揺られている彼の様子はひどく弱気である。

 彼は生まれて初めて馬に乗っているらしい。振り落されないよう、シトラの背中にしっかりとしがみついていた。


「大丈夫かー」


 尋ねると、少年は無言で頷いた。本当に、必死さが感じられる。


 ――俺も行く!


 クロノの目撃情報を受け、リクは居ても立っても居られなかったらしい。シトラや村の者が止める声に、全く耳を傾けようとしなかった。そして、連れて行かなければそらに、自分が邪な気持ちでそらを見ていることを言いつけると脅してきたのだ。


 村を出て一週間。長い長い道のりだった。ここをそら達は歩いていったのだろうか。

 自分の他にも何人かの兵がいた。皆たくましくて、いかにも軍人といった感じだ。

 一方自分はそれほどがっしりとした体つきではない。それで悔しい思いもしていた。


「シトラさん、そら……見つかりそう?」

「クロノと一緒に居れば見つかる。それにしてもお前、本当に友達思いだなー」


 そんな風に言うと、彼は「うう」と曖昧な返事をし次の言葉を探した。


「俺は商売で顔が広いからさ、友達沢山いるけど、そら以外だったらここまで必死にならなかったと思う」

「そんなに仲がいいのか」


 そう尋ねると、初めて明るい声が返って来た。


「まあな!」


 そして、リクは嬉しそうにそらのことを沢山話し始めた。

 何だ、最初は生意気なガキだと思っていたが、素直でかわいい一面もあるじゃあないか。

 リクの話の中で、そらはとても輝いてた。彼の、沢山の魅力をリクは語った。


 歌がとてもうまいこと。

 薬草の知識に富んでいること。

 実は喧嘩にも強いこと。


 そして、なかなか声変りがしないことを気にしている。

 とても優しくて、素直で、真面目。でも怒ると怖い。……最高じゃないか。


 そらの全体像が浮かび上がって来る。一度しか会ったことはなかったが、聞き終わる頃には、もう長年の知人のような気分になっていた。ますます、惚れこんだ。


「ふうん……」

「ちょっと、いやらしいこと考えるのはやめろよ?」


 慌てて鼻の下を隠す。


 そらという少年にもう一度会いたい。初めて会ったとき、自分を見つめた真っ直ぐな瞳。こんなに濁り気一つない光を初めて見たのだった。

 しかし、思い出したようにリクは肩を落とした。


「ただ、こんな風に時々突拍子もないことするんだよな」


 どきりとする。

 もしもそらがクロノを庇うようなことがあれば、最悪だ。

 ごくりと唾を飲み込む。


「まだ決まったわけじゃないさ。もしかすると、連れ去られたのかもしれないし」


 サンクオリアの町が見えた。


***

 

 クロノがサンクオリアの町で見つかった。

 ウォックからビド、サンクオリアの道筋から、北へ向かっているらしいことが分かった。今、治安部隊と自分達暗殺部隊《濡烏》が動いている。

 自分も城を出る準備をしている途中だった。魔を見つけたら、どんなことをしても殺せ、という王の命令を受けて。

 しかし、その王も今、危篤状態にあった。噂によると、何やら気味の悪い病に侵されているらしい。とても強い呪いにかけられているのだとか。


(俺に、何ができる……)


 どうしたら、クロノを助けられる?

 セキは掌が切れるほど、拳を握りしめた。


 誰が王に呪いをかけているのか知らないけれど、殺るなら早くやってくれ。


(気に喰わねえ……!)


 この王国の全てが気に喰わない。

 エレミス。

 先日、セキは思い切って彼の元を訪れたのだった。


 治安部隊に直接命令を下したのは彼だと聞いたからだ。


「お前、何の用だ!」


 部屋の前にいた兵に声をかけられ、セキは怒鳴った。


「《濡烏》のセキリュウだ。大臣に会いたい!」

「要件は?」

「セキリュウと言えば分かる!」


 兵が中に入っていく。自分の動悸の音を感じながら待っていると、やがて扉が開いてエレミスが出てきた。


「エレミスさ……」


 途中で言葉を止めた。彼がとても冷たい目をしていたからだ。

 彼は白を基調とする制服を身にまとっていた。長い銀髪はまるで氷のようだ。


「誰かと思ったら」

「あの」


 その瞳に光は無い。

 隣にいた兵が「誰ですか」と尋ねる。

 エレミスは少し間を置いて考える素振りを見せた後、


「知らないな。悪いが、要件があるなら他に当たってくれ」


 と言った。


「待ってください! クロノを助けるって!」


 兵がぎくりとした表情になった。

 対して、エレミスの表情は動かない。


「何を馬鹿なことを。彼は殺されるべき存在だ。反逆するつもりならば捕らえるぞ。今すぐ立ち去れ!」


(どうして……)

 あんなにも、クロノを好く思っていたのに!


 そして今に至る。


 彼だけは違うと思っていたのに。

 でも、何もできない自分に一番腹が立つ。

 結局この王国のやってきたことを傍で見ているだけだった。


「くそ……」


 あの日、何度殴られても折れなかったクロノの教え子、ウィロという男は今、どうしているのだろう。やはり、王国の圧力に負けてしまったのだろうか。


「くそ……、くそくそくそ……っ」


 悔し涙を流しながら天を仰ぐ。


「もう一度、会いたい……!」


 エレミスに、ウィロに、そしてクロノに。

 そのとき――。


「エレミス様っ、駄目です、エレミス様!」


 下から大声が聞こえ、セキは窓を開けた。

 エレミスが馬に乗り、駆けていくのが見えた。


(まさか……)


 セキは窓から飛び降りた。


***


 クロノとそらの稽古は続いた。朝方、同時に起き出し、皆が寝ている場所から離れた場所に移動する。

 クロノはひどく厳しかった。この間に何度死ぬと思ったことか。

 一生かかっても彼に勝てるとは思えなかった。しかしクロノはいつも本気でかかってくる。手抜きなどしなかった。


(それが唯一の救いだ……)


 彼と向き合っている間は余計なことを考えなくなった。

 そして、教えてもらったことをノートに一つ残らず書き留める時間もでき、さらに暗いことを考える余裕などなくなった。

 しかし、ふと、何かを思い出しそうになる時がある。怖くて、怖くて、足が止まるときもあった。


 自分が弱いなんてこと、最初から知っている。リクの背中を追えなかったあの夜から。


 川で汗を流し、そらは水面を見つめた。


 今日、上手く行けばミナトの町に着くだろう。この稽古もこれで終わりかもしれない。

 ミナトの町に着けば、船が見つかるはずだ。ツテシフに行って、ウサの手紙を無事に届けることができればこの旅は終わる。


 終わる。

 でも一体、どんな形で?


 エメと迷宮神殿の話をしているとき、始終寝たふりをしていたクロノ。

 こうして自分に稽古をつけてくれるクロノ。

 全てが彼の死に繋がっている気がして。




「――そら」


 ふと、何かに気付いたように、クロノが水から顔を上げた。


「何ですか」

「拙い。あいつらが来てる」

「あいつら?」


「――馬の足音」


 クロノはそらの腕をぐいと引き、後ろに追いやった。


「待って、皆はっ?」


「俺といることがばれなかったら問題ない。お前は皆のところに戻って、ミナトまで走れ。できるだけ、俺から離れろ」


「嫌ですっ」


 反射的に言い返した。

 自分の選んだ道である。クロノの背に隠れているなんて嫌だった。


「嫌です。俺も戦う」

「……」

「クロノさんっ……」


「そらァッ」


 低い怒鳴り声にそらは慌ててクロノを見上げた。鋭い目線が刺さる。

 それでも、そらは続けた。


「俺は、そんなに頼りないですかっ……」

「とてもじゃないけど敵わねえ」

「っ……」


 カッと頭に血が上る。


「どうせ……、俺は弱いですよっ……」

「違う。強さはもっと別のところにある」


 馬の足音が近づいて来るのが、そらにも分かった。何十もの地面を蹴り上げる音。


「間に合わねえか……」


 クロノが小さく舌打ちした。

 胸倉をぐいと引き寄せられ、次の瞬間、彼の唇が触れていた。


「――」


「本当に馬鹿だな……俺も、お前も」


 クロノはそう言って、太い腕をそらの首にまわした。もう片方の手で口を押える。


「黙ってろ。殺すぞ」


 相変わらず、一段階低い声のままだった。


「……初めから、こうするつもりで連れてきたんだ」


 渇いた声だ。

 遠く、馬の駆けてくる影が見えた。


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