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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第二部】逡巡
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【第五章】追手(四)

 うっかりすると吸い込まれてしまいそうな深い闇が、クロノとそらを誘う。

 ふと視線を上げると、錆びた赤い屋根が木々の間から二人を見下ろしていた。


「……行ってみますか」

「おう」


 死んだ者は戻らない。

 もしもそれが嘘だとしたら。

 過去を変え、

 運命を捻じ曲げる。

 もしもそれが叶うならば。


 長い時間そこに在ったのだろうか。色は剥げ落ち、柱は傾いていた。

 そして、思わずそらは後ろに後ずさった。


「に、人形……」


 何百、何千もの人形が、表にずらりと並んでいたのだ。ブロンド色の髪の長いお姫様からウサギや熊をかたどったものまで、様々な種類の人形が置かれていた。皆、今にも動きだしそうである。

 昼間にも関わらず、その洋館の周辺だけ異様に暗い。不意に吹き付けてきた風に背中を押され、二人は恐る恐る扉を開いた。


 屋内は外から見るよりもずっと広かった。作られた頃は華やかだったのだろうエントランスホールを抜ける。表ほどではなかったが、所々置かれている人形がこちらを見つめていた。


「立派なお屋敷ですねえ」


 足が竦んでしまうほどの恐怖を押し隠して、出来るだけ明るい声を出すことに務める。


「何でこんな山奥に立てたんだ?」


 クロノも珍しく怯えているのか、いつものように先先行ってしまうことは無かった。


 画廊には五枚の肖像画が掛けられていた。

 〝リリ 一歳の誕生日に贈る〟

 〝リリ 二歳の誕生日に贈る〟

 〝リリ 三歳の誕生日に贈る〟

 〝リリ 四歳の誕生日に贈る〟

 〝最愛の妹に贈る〟


 最後の絵のなかで、銀髪の少女が椅子に座り、にこりと笑っている。腕の中にはお嬢さんのお人形。右下には何十年も前の日付と、〝他界〟を意味する文字。


「そら」


 呼ばれて、振り返った。


「……そら? 何で泣いてんだ」


 え、と驚き目元を拭う。手の甲が濡れていた。


「何でだろ……涙が……」

「お前は本当に――」


 クロノが言葉を止めた。


「クロノさん?」


「ウサ…」


 視線が合わない。そらの少し上を見つめながら手を伸ばす。その手はそらにも掠らなかった。

 そらは後ろを振り返った。……誰もいない。


「クロノさん、誰もいませんよ。……っ?」


 突然クロノの背後にある扉から入ってきた白い糸がクロノの身体に絡んだ。


「クロノさんッ!」


 自分に迫ってくる糸を短刀で切るだけで精一杯だった。

 彼の体は無数の糸に絡められた。助ける時間もなく、彼は扉の向こうに消えていった。


「な……なんで」

 一瞬、ほんの二、三秒の出来事だった。

 皆、こんな風に捕まっていったのだろうか。


「そら……」


 後ろから声をかけられ、そらは振り返った。

 とても綺麗な女の人がこちらに微笑みかけていた。不思議と怖いという感覚はない。


「母さ……」


 考えるより先に口が動いた。

 呟いてから、ああ、この人が自分の母だったのか、と思う。


「母さん……」


 しかし、本当に彼女は自分の母なのだろうか――?


(姿を見ても思い出せないなんて)


「そらっ!」


 リトの声が聞こえたと同時に、ふっと体が軽くなった。

 落ちていた短刀を取り、彼女が糸を切ったのだ。


「そらっ」


 リトの、慣れない短刀を両手で持つ姿を見た。


「リト……?」


 そのままリトは地面に転がったままのそらの首に抱きついてきた。


「ああ、怖かった!」


 手や足、首元にべたべたとした糸がくっついていた。リトが助けに来てくれなければ、今頃クロノのようにどこかへ連れて行かれていただろう。


「ユーリとマキバが最初にいなくなったの。二人を探しにいった呉羽ちゃんも帰ってこなくて、結局、こう先生とスザクさんと三人でここに来たわ」


「二人は?」


「さっきの糸。あれにこう先生が連れ去られて、スザクさんが後を追って行ったの。あの人、足が本当に速かったわ。とうとう追いつけなくて……怖くて暫くじっとしてたんだけど、クロノさんがこの部屋から連れていかれるのを見たから、慌てて来てみたの」


「リトは勇気あるなあ」

「そらほどじゃないよ」


 そらはリトの手を借りながらゆっくりと立ち上がった。


「人形、見た?」

「うん……沢山あったね。あと、肖像画」

「幽霊屋敷なのかな。とにかく……皆を助けに行かなくちゃ」


 クロノが連れていかれた方向に向かって二人は歩みを進めた。

 二階に上がり、一つ一つの部屋を確認していく。この館には一体いくつ部屋があるのだろうか。数える気も失くすほど、沢山の部屋が見つかった。


 ある部屋で、物音が聞こえた。本が倒れるような音だった。

 ぞわりとして二人は同時に肩を震わせる。


「ちょちょちょ! そら、今、今!」

「怖っ! リト、押すなよ、怖いっ!」


「……何やってんの」


「きゃあああああああああああっ」


 二人の悲鳴が館中に響いた。


ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

次回【第五章】追手(五)は 明日2017年6月22日23時 投稿予定です。

お楽しみに!

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