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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第二部】逡巡
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【第五章】追手(三)

 《闇の方》は動かない。

 自分が背後でナイフを構えていることを知っているのか、知らないのか。


(いや、気づかない訳がない……)


 暗い部屋だった。

 カーテンは閉め切られたままだというのに、彼の立派な椅子は窓際に置かれている。


(はは……まあ、王を殺したいって意見にゃ、賛成だな)


 王子はしっかりしているが、王は最悪だ。

 国内ですらまとまっていないというのに、なぜ侵略を広げようとするのか。


(でもまあ……王国がどうなろうと、俺には関係ない)


 目的は、ただ一つ。

 この命と引き換えに彼を止める。


 彼がこれ以上過ちを繰り返さないように。

 自分はそのために生まれてきたのだから。


 声はかけなかった。彼の首筋を狙って、一直線――。


 一発目は止められた。振り向かれもしなかった。だが、もう一方の手の袖に、柄のない小さな刃を隠していた。

 二刀流。クロノがよく使っていたやり方だ。

 重みのある剣が主流のクレアス王国でこのやり方は流行らない。しかし、自分はどうしてもこのやり方で彼を殺したかった。


 病的に白い肌は、自分の立てた風に曝されたままだった。

 これで終わるのか、と少し寂しいような、安堵するような。


「コガレ」


 突然名前を呼ばれた。


「少し、待ってくれないか」


 命乞い?

 何を今更。


 それでも、彼のこのような声を聞くのは初めてで、戸惑った。

 ほんの数ミリ。手元が狂った。


(畜生!)


 何人この手で殺してきたことか。こんなこと一回だってありやしなかった。


 刃が《闇の方》の頬を掠める。

 その血を親指で辿り彼は振り返った。


「あ……」


 言葉が出てこなかった。

 彼は、静かな瞳でこちらを見据えていた。


***


 お前の知っているように、私は元々、呪術師の家系の生まれだ。ある都市で生まれた。


 六歳になって魔力がなければ殺される。

 魔力がなかなか現れてこなかった自分は焦ったよ。六歳になる一週間前に、やっと魔力で蛙を殺せるようになった。本当は、あのとき死んでた方が良かったのだろうけれど。


 その後、魔力はどんどん強くなり、ついに城で働くようになった。その頃、同じときに城に入った女がいた。決して美人という訳ではなかったが――本人もそれをずっと気にしていたのだが、そんなこと、私にとってはどうでもいいことだった。


話しているうちに、私はとうとう彼女に惚れてしまった。

 彼女は空の動きを観察して、次の日の天気を予想する研究者だった。いつもおっとりしていて、優しい。

 厳しい家庭で育ち、人に優しくなどされたことがなかった自分に、その優しさはどうしようもなくくすぐったく、心地良いものだった。

 やがて私達は、結婚を約束した。


***


「でも……今、結婚してないってことは」


 今まで静かに話を聞いていたコガレは、思わず口を挟んだ。

 《闇の方》は暗い笑みを浮かべた。


「殺されたんだよ、彼女は」


 戦の大切な時に天気を読めなかった。たったそれだけで――罪を問われ、殺された。後で詳しく事情を聴くと、以前から彼女には謀反の疑いがあったらしい。

 この戦に意味があるのかと、仕事仲間に話していたとか。


(そんなはずはない……)


 仮にそう思っていたとしても、頭の良い彼女がそんなことを仲間に話すはずがない。

 自分の罪に問われるのを怖がった他の者達が口を揃えて内気な彼女に罪を被せたのだ。


「皆、殺してやったよ。でも、王だけは、あいつにだけはどうしても近づけなかった。周りに呪術師が沢山いて、いつも結界を張ってたから」


「それであんたは、宰相になって王に近づいた」


「悪いな、コガレ。私はまだ死ねない」


 ナイフを持っていた手を掴まれた。

 動けなかった。


「ショックを受けている顔だな。まさか私が人を愛すことなどないと思っていたのか」


「――」


「復讐するためにここまでやってきたんだ」


 渇いた声だった。


「そのために私は、なんだってしてみせる。たとえこの手が血に染まっても……」


「コガレ」


 名前を呼ばれ、はっとした。ひどく優しい、麻薬のような声だった。涙が、零れた。

 腹に自分のナイフが刺さっていた。いつの間にか奪われていたようだ。


「あ……」


 体制が崩れ、前に立つ《闇の方》――フォグ=ウェイヴに寄りかかる。

 ナイフを抜き、彼に振りかざしたが、その刃が届くことはとうとう無かった。


「アオイ!」


 先程の優しい声とは打って変わり、フォグ=ウェイヴが鋭くアオイを呼ぶ。

 アオイが入って来て、息を呑んだ。


「俺が殺していいんですか?」


 彼は笑みを押さえきれていなかった。

 フォグ=ウェイヴに殺されるならまだしも、アオイに殺されるためにここに来たのではない。

 それでも体は言うことを聞いてくれなかった。


 落ちていたナイフをアオイが拾う。血に濡れた刃の先で、つう、と頬を撫でられた。鋭く、痺れるような痛みが走る。


「はは、コガレ君、超痛そー……」


 その手をフォグ=ウェイヴが止めた。


「――そのまま、雪山に捨てて来い」

「な――」


「コガレ。二度と戻ってくるなよ」


***


 腹から血を流したコガレを乱暴に立たせ、アオイは不服そうに、首を傾げながら部屋から出ていった。彼を殺さないでおくのが不思議で仕方ないのだろう。ただでさえ、私の命を狙う危ない奴なのだから。


(アオイ、お前は従順だ……)


 それに対してコガレは。


(折れなかったなあ……)


 ここに来た者の大体が時を重ねるにつれて麻痺していくのに対し、彼はいつまでも反抗的な目を自分に向けていた。彼ほどの頭と俊敏さがあれば、逃げることはいつでも可能だったろう。それでも彼は自分の元から去ろうとしなかった。

 王国にも興味を示していなかった彼が、何故自分を止めようと必死になっていたのか、やっとわかった気がした。


(ありがとうな、コガレ)


 死んだ者は戻らない。

 過去を変え、運命を捻じ曲げることなんて、できない。


(だから、お前は殺さないでおくさ……)


 開きかけた心の鍵を再度、しっかりと掛けなおす。

 もう二度と自分の心に誰も入り込めないように。


 願わくは、もう出会わないことを。



更新が遅くなり申し訳ありません!

今回はフォグ=ウェイヴとコガレ中心の回でした。


次回【第五章】追手(四)は 来週(日付未定) 投稿予定です。

よろしくお願いします。

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