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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第二部】逡巡
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【第四章】サンクオリア(二)

遅くなって本当に申し訳ありません

 ここで人攫いがあったと聞いたのはちょうど太陽が真上にやってきた頃だった。

 待ち合わせ場所にクロノとそらが来ない。何かあったのではないか。そう話していたところで、そんな話を聞いたのだ。

 小柄な少年といかにも強そうな男が爆発に巻き込まれ、そのまま連れていかれたと聞いた。現場に行ってみると、そこはまだ薬草の強い刺激臭が残っていた。


「拙いな……」


 そうマキバが呟いたそのとき、後ろから走ってくる者があった。


「お前ら!」


 聞き覚えのある声である。振り返ると、あの偏屈な医者、こうが白衣を揺らしながらこちらに向かってきていた。


「こう先生!」

「やあ、久しいな。……ここで人攫いがあったと聞いたが、まさかあの二人ではあるまいな?」

「先生……っ」


 涙目になる自分達四人を見て、こうは珍しく焦った表情を浮かべた。


「とにかくついて来い。助かるかもしれん」


***


 窓の外はすっかり暗くなっていた。

 熱いお茶を啜るそらの目の前には殴られ片目を腫らした赤髪の男と、群青色の髪の爽やかな男が座っていた。その後ろにこうが座っている。

 自分の隣ではクロノが鬼のような形相で赤髪の男に睨みをきかせていた。

 マキバ達は部屋の外で待っている。


 あれから数時間――。

 どうなったのか自分でも曖昧だが、案内されるまま、町のとある宿に行き、そこで風呂を借りた。

 この町はいわゆる温泉街であり、浴場の張り紙を見ると様々な効能が書かれていた。旅の疲れも一緒に取ってしまおうという投げやりな気持ちで、湯の中に飛び込んだ。


 結局、皆の顔を見たくなかったという気持ちもあり、ぐずぐずと長湯してしまった。

 用意されていた浴衣に着替え、外に出た。そして曖昧な記憶を辿りながら、屋内をウロウロしていると、案内人に声をかけられ、大広間に案内されたのだ。


 それから、今の状態に至る。

 クロノは始終機嫌悪そうに火打ち石をコツン、コツン、とテーブルにぶつけていた。


「それ、やめてください。怖いです」


 そらが言うと、決まり悪そうな顔をして、クロノは石を置いた。


「間に合わなくて悪かった」

「いいですよ。これくらい平気」


 前回のように、死ぬかもしれない毒を頭からぶっかけられた訳ではない。そう自分に言い聞かせた。


(死んだ方がマシだったなんて、言えない)


 クロノの手首に、ひどい火傷を見つけた。それをできるだけ視界に入れないよう努めながら、熱い茶を啜る。落ち着いたところで、突然現れたこうに視線を移した。


「こうちゃんが来てくれて本当に良かった。でも何でここに?」


「丁度このスザクがミナトの出身でな。うちの診療所に来たんだ。腕の調子が悪くて治療の最中なのだが、昨日検診に行ったら、当人はサンクオリアで湯治中だと言う。それで、慌てて止めに来たのだ」


 こうが溜息をつきながらスザクを睨む。すると、スザクと呼ばれる男が、あっはっはと豪快に笑った。


「部下がサンクオリアの湯はよく効くと教えてくれてな。まさかこうが心配して来てくれるとは」

「心配じゃない。病の悪化は私の敗北だ」

「湯治で悪化することなんてあるのか」

「じゃあ逆に、病が治る保証はあるのだな」


 そう言った後こうは少しの間動きを止めた。そして思い出したように身体を乗り出したのだ。


「そうだ! 保証できるぞ、スザクッ!」

「っ?」

「そら、これを見てくれ」


 駆け寄り、こうは四つ折りにされた数枚のメモをそらに渡した。

 見ると、カルテのようである。

 段々とひどくなっていく腕の痺れ。毒虫に刺されたが、原因である針が奥まで入り込み、傷口を開いても取れなかったと書かれていた。


「そら、この数日間、お前がいればよかったと何度思ったことか。飲み薬で何とかならぬか? 前にも話したが、私は薬の調合が苦手でな……」

「毒消し……えっと」


 そらは周りを見回した。ここで作り始めてもいいのだろうか。戸惑うそらの顔をスザクが覗き込む。


「作ってくれるのか」


 先程の豪快さが嘘のように、真摯な瞳で見つめられる。

 こういう顔に、そらは元々弱い。思わず、任せて下さい、と頷いた。




「スザクさんは、どういう方なんですか?」


 湯が沸くのを待っている間、そらが尋ねると、スザクは群青色の瞳をこちらに向け、答えた。


「今更隠すこともねえな。俺はまあ、いわゆる三大税の闇取引をしている商人だ」


 この王国では指定の商品を売るのに税金がかかるようになっている。塩、酒、そして蜂蜜。他にも色々な食べ物に税金がかけられているが、この三つが代表的なものだった。税金をかけられる商品はとてつもなく高い。とても、普通の家庭で手に入る値段ではなかった。すなわち、これを持っていれば持っているだけ、権威の象徴になるのだ。


 スザクはその中の一味で話を聞いているうちに、彼がその中の親分的な存在であるらしいことが分かった。


「まあ、俺のことを軽蔑するかしないかは自由だが、治安部隊の奴らに差し出すのは止めてくれよ? ……とは言っても、逃げてるのはお互い様らしいが」


 見たぜ、と広告の話題を持ち出す。

 流石、追われるものとして抜かりが無い。

 クロノは苦笑いを浮かべたまま、何も言わなかった。スザクはクロノのそんな様子に興味を持ったらしい。


「どこまで逃げるつもりだ?」

「まあ、言えねえわな」

「ツテシフだろう?」


「……」

「図星か」


 それからは互いに話を交えることなく、静かな時間が続いた。

 薬を煮詰める時間は長い。やがて、皆飽きてしまい、マキバとユーリは市場に、リトとくれはは温泉に行ってしまった。クロノは腕を組んだままうつらうつらしている。


 一方、そらとこうはこの間に意気投合し、ノートやメモを持ち寄ってせっせと知識の交換に務めた。


「いや、驚いたな。ただの村人とは思えぬ。一体誰に教わったのだ?」


 そらに教わったことをメモしながら、こうが尋ねる。


「村のおじいさんに。ずっと先生って呼んでたんだけど」

「亡くなったのか」

「ああ、四年前かな。大往生だった」

「私も会ってみたかった」


 こうは残念そうに言うが、彼の知識にも並外れたものがあった。

 暫くして、薬が煮詰まると、そらは小さな箱にそれを入れた。

 こうが呟く。


「嬉しいな」


 無意識に言葉が出てしまったらしかった。自分の言葉に自分で驚き、口元に手を当てている。

 そらが首を傾げると、こうは照れ笑いを浮かべた。


「こんな風に誰かと語り合うことなんてない。妹がいなくなってからさらに口数が少なくなってな。友ができたようで、嬉しい」

「ようじゃないよ、こうちゃん」

「ははっ、そらには敵わん」


 こうが声を出して笑った。


 ようやく薬が完成した頃、既に日は暮れ、暗い廊下を窓の外から月明かりが照らしていた。

 スザクが手配した宿は、追われる者にとってとても都合のよい、中心街から外れた人の少ない宿だった。彼は二人部屋を三つ手配してくれていた。事情を知らないマキバとユーリが一緒の部屋に行ってしまったので、必然的にクロノとそらは同じ部屋にならざるを得なかった。


「じゃあ、俺さっき風呂入ったので、先に行ってます」

「おう」


 少しぎこちない会話を交わし、ふたりは別れた。


ここまで読んで下さりありがとうございます。

次回【第四章】サンクオリア(三)は 明日2017年6月3日23時 投稿予定です。


おたのしみに

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