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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第二部】逡巡
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【第四章】サンクオリア(一)

「っ……」


 頭が割れるように痛い。

 小さく呻いて、そらは目を覚ました。遠く、男達の話し声が聞こえていた。


 手足が動かない。縄で縛られているらしい。隣では同じようにクロノが転がっており、ぐったりしていた。


(俺のせいで、またおかしなことになっちゃったな……)


 そらは暫し今の状況に至った経緯を思い出していた。




 魔女の森を出て数時間、そら達はサンクオリアの町に辿り着いた。ここから真っ直ぐ北へ進むとミナトの町には二週間ほどで辿り着く。逆に言えば、二週間はかかるため、食料を調達するためにこの町へ立ち寄ったのだ。

 リトとくれはは生活用品の調達、マキバとユーリは宿探し、クロノとそらは食料を買いに別行動をしていた。

 その時に、そらとクロノは再び出会ってしまった。ウォックの町で強盗を働いていた、赤髪の男に。


 クロノはいつものように、水狩布で顔の半分が見えない状態だったのだが、赤髪の男はすぐに、彼が自分達を邪魔した魔であると気づいた。

 面倒なことに彼はまた、二十人ほどの仲間を連れていた。そして、食料品店を困らせていたのだ。


 そらとクロノはすぐに引き返し、散らばってしまった四人を探した。すぐにでもサンクオリアを発たねばならなかった。

 しかし、人の多いこの町で彼らを探せるはずもなく、待ち合わせ場所で待っていると、


「いたぞ!」


 という声が聞こえ、先ほどの男達がこちらに走りよってきた。

 町の出入り口まで走った。しかし出入り口でも待ち伏せしている者がいて道を塞いでいたのである。


「くそ……戦うしかねえか」

「いや、俺に任せてください!」


 そらは荷物の中から、例の爆弾を取り出した。中には刺激的な薬草――唐辛子などが入っていて、かなりの効果が期待された。

 しかし、これがいけなかった。

 ビドの町から逃げたとき、水の中に飛びこみ、そのままにしておいたため、爆発するのに時間がかかったのだ。

 投げたそれは彼等の目の前に落ちたが、うんともすんとも言わなかった。


 ハニが荷物の中から顔を出し、じいと鳴く。寒いなか起こされたので、かなり怒っている様子だった。最近起きてこないと思ったら……。


「ハニ、中入ってな。大丈夫だから」


 そう言って、自らも短刀を構えたときにはもう、男達が襲い掛かってきていた。クロノは既に刀を交えている。

 そしてその時にやっと爆発したのだ。そらの投げた爆弾が。かなりの時差があった。不発弾のことなど忘れていたから、そらもクロノも逃げ遅れ、男達と共にその刺激物を直に浴びることとなった。

 そして騒ぎを聞きつけて後からやってきた赤髪の男に捕らえられたのだ。




「クロノさん、クロノさん」


 そらは小声でクロノを呼んだ。すると、彼はすぐに意識を取り戻した。


「う……そら」

「すみません、俺のせいで」

「ったく……変なモン作りやがって」


 ぶつぶつと文句を言いながら、クロノは腕に力を入れていた。何とかして縄を解こうとしているようだ。


「じっとしていてください。ちょっと噛んでみます」

「歯が欠けんぞ」

「いいから動かないでください。これくらいっ……」


 後ろ手にクロノを縛る縄に歯を立てる。口の中が切れ、血の味が口の中に広がった。想像以上に硬い。


「馬鹿。痛かっただろ。それよりお前が後ろ向けよ。荷物になんかねえか調べる……うーん……」


 閉ざされた部屋に転がされているため、ここがどこなのか、今何時なのか、見当もつかなかった。今頃マキバ達が心配しているかもしれない。

 暫くすると、障子が開いた。見上げると、いつかの赤髪の男だった。


「久しぶり、そら、だっけ?」


 あのときクロノが呼んだ名前をしっかり覚えていたらしい。

 次に、彼はクロノの方に視線をやっった。


「お前に邪魔されたからなあ。そいつの借りもここで返さねえと」


 前回よりも少し髭が濃くなっている。本人はわざと伸ばしているのだろうが、そらにはそれが汚らしく見えた。また、あの夜、槍で刺した手の甲の傷は消えていなかった。


(なんとかしないと……)


 そらはそっと立ち上がり、男がクロノの方を向いている隙にその後頭部に頭突きを食らわそうとした。しかし、その前に感づかれてしまう。


 男はそらの前髪を乱暴に掴むと、床に投げ飛ばした。頭を強く打ち、意識を飛ばしそうになる。

 クロノが自分の名を呼ぶのが遠く聞こえた。


 次の瞬間、再び頭を持ち上げられ、目を覚まさずにはいられなかった。


「あんまり手煩わせるなよ。お前の大好きなクロノさんの腕がふっとぶぜ」


 そう言って赤髪の男が剣を抜いた。

 刀ほど切れ味は良くないだろうが、それでも重さがある。あれに潰されたら、ただでは済まないだろう。


「卑怯だな」


 クロノが冷たく言う。


「腕の一本や二本、欲しいならくれてやる。でも、そらに手出したら殺す」

「やってやろうか」

「どうぞ」


 彼は落ち着き払っていた。今までもそうだ。何かと理由をつけて死に急ぐ。血を流すことさえ厭わない。


「クロノさんっ」


 そらの声色が変わったので男は満足そうに笑い、クロノの頭を思い切り蹴り上げた。

 突然の痛みにクロノは低く呻いた。

 男が近づいてくる。そらは自分の呼吸が不規則になるのを感じた。




 自身が危険だったとき、クロノがあれほど落ち着き払っていたにも関わらず、自分はといえば、全く落ち着くことなんてできなかった。

 床の冷たさとは対照的に、男の手は熱かった。首筋に生温かい息を感じるたび、逃げようと身じろぎする。

 横腹をつうと撫で上げられる。気持ちが良いとか悪いとか、そんなことよりもただこれからの行為が想像できるようで恐ろしかった。


 不意に、男の体が傾いた。クロノが体当たりを喰らわしたのである。

 そのとき、クロノのポケットから火打石が飛び出し、渇いた音を立てて地面に転がった。


 男はすぐに起き上がり、クロノの足首を縄の上から踏みつけた。

 嫌な音がした。同時にクロノの呻く声。

 火打石の存在には気付かなかったのか、そのまま男が戻ってくる。


「はー……気が削がれた」

「……」

「なめてくれる?」


 目の前に差し出され、思わずそらは腰を引いた。

 クロノは命がけで自分を守ってくれようとした。これくらい我慢できなくてどうする。そう頭では分かっていても。


 喉の奥からこみ上げてくる胃酸と、今にも叫び出しそうな声を飲み込んで、覚悟を決めた。ひどい屈辱を感じながらも、そらは黙って口を開けた。


「……んっ……」


 どれほど時間が経っただろう。上着の裾を持ち上げられ、そこから生暖かい手が侵入してくる。腰を引こうとしたが、上から覆い被さられた状態ではびくともしなかった。


 カチ、カチ、と二度、石を鳴らす音。

 視界の隅。何かが動いた。

 クロノだと分かった瞬間、そらは頭突きを男の額に喰らわした。

 逆上し殴ろうとした男の首根っこを後ろからクロノが引っ張り、そのままぐいと首を絞めた。

 何か焦げる臭いがした。火打石で縄を焼いたのだろうか。


「はは……いいもん見せてくれたじゃねえか。死ぬか? あ?」


 冗談交じりのその声はいつもよりも数段低い。本当の気持ちはどこにあるのか、ひとつも読み取れなかった。


「殺してやる……」


 クロノの渇いた声が聞こえた。はっとして、そらは叫んだ。


「クロノさんっ! だめだ!」


 そんなことをすれば、またいなが。


「クロノさんっ」


 視界がぐるりと回った。気づいたときには既に遅く、そらは冷たい床の上に胃の中の物を吐き出していた。


「そらっ」


 男の腹を思い切り蹴り、失神させたところで、クロノが駆け寄ってきた。

 そのまま抱き起こされるが、嘔吐物が喉の奥で止まり、息がうまくできない。クロノが背中を叩いてくれるが、詰まったものがとれない。


 頭のなかが真っ白になり、このまま死ぬんじゃないかと思い始めたとき、怒鳴り声が部屋の外から聞こえてきた。玄関の方らしい。ばたばたと廊下を走っていく数人の足音。


「おい、てめえら! さっきそこでチビ誘拐したらしいじゃねえか」


「す、スザクさん……来てたんですか」


「湯治だよ、湯治! 腕が痛いんだ」


「大丈夫ですか……?」


「大丈夫じゃねえよ! まだ人攫いやってんのか? あれはもうやめろって言っただろうが。いい加減にしねえとアレ止めるからな」


 ドン、ドン、と大きな一人分の足音が、こちらに近づいてくる。クロノが男の剣を拾い、構えた。

 スッと障子が開いた。


 おそらく、スザクという男の視界に入ったであろう、倒れた赤髪の男と、なんだかぐちゃぐちゃになっている自分。そして男の剣を拾い、構えるクロノ。


 そして次に、こうの声が聞こえた。


「そらっ! もう大丈夫だからな。ああ、ひどいことになってる。可哀想に」


 身体を抱き起され、喉を支えられながら背中を叩かれた。詰まっていた塊がやっとの思いで吐き出される。


「う……おえっ……あ……」


 つんとした臭いと、汚れた床。もう、次のことを考えることさえできない。

 暫くの間、沈黙が続いた。

 クロノの声が最後に聞こえた。


「頼む、こいつを助けてくれ。あとは何でもするから……」


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