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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第二部】逡巡
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【第三章】西へ(三)

 ユーリは、クロノの目の色が変わったのを見た。そして、睨まれたアオイの動きが止まるのも。

 クロノは刀に手をかけたまま、アオイを睨み続けている。全身からふつふつと湧き出てくる、何か、恐ろしいもの。


 クロノの周りを囲んでいた大蛇達も、それ以上は近づけないらしい。

 何分経っただろう。ユーリには何時間も経ったように感じられた。


 クロノが動いた。しかし、アオイは動かない。魂を抜かれた様に、ただそこに立ったままでいた。

 その腹を、クロノが容赦なく殴る。

 アオイは最後まで動けなかった。強く咳き込んで、彼は倒れた。


「……殺したいくらい腹立ってるんだけど、教え子殺す自信はないんだわ。今のところ」


 見ていた女が舌打ちをしてアオイを叩き起こし、大蛇と共に消えていく。


 ふっとクロノの周りから、先ほどの恐ろしいオーラが消えた。

 すぐにそらに駆け寄り弱り切った体を抱き起した彼は、かなり取り乱しているようだったが、いつものクロノだった。


***


 湖の水を使い、そらの身体をまず洗い流した。

 しかし、全身にまわった毒までは洗い流すことができない。


 毒に触れた場所から麻痺していき、じわじわと体内を蝕んでいく。その麻痺が心臓まで辿り着いたら……。


 クロノは頭の中を整理できずにいた。自分が死ぬことは何度も考えられた。しかし、そらがいなくなるなんて、考えもしなかったのだ。


 薪を拾い集める、少しの間だと思った。

 危険と隣り合わせの旅だ。油断など、許されなかったはずなのに!


「魔女の森……」


 ふと、頭の中に浮かんだ響きをそのまま口にした。

 コガレが話していた、魔女。


「お前ら、マキバを連れてこい。このまま、洞窟の中通って西に進む」


 外に出るのは危険だ。しかし、洞窟の中でそらが死ぬのを待っていることなど、できるはずがない。

 迷っている暇はなかった。西へ続く道に全てを賭けた。そらが助かる方法はそのひとつしか考えられなかった。


 ユーリは頷いて走り出した。しかし、リトと呉羽は動かない。


 水狩布でそらの身体を覆っていたが、クロノはそこから肩の方だけ脱がした。

 大蛇に噛まれた痕が痛々しく残っている。ここから血管に直に毒が送り込まれていく。


「お前らも行け。見てて気持ちいいもんじゃねえぞ」


 言うと、呉羽がはっとして、リトを連れてユーリの後を追っていった。


 ようやくふたりきりになって、少し安心する。

 旅の始めに戻ったようだ……そらは動かないけれど。


「そら、ちょっと痛いかもしんねえけど、ごめんな。力抜いとけ」


 そらの上に覆いかぶさるような形になる。そのまま傷口に口づけた。

 瞬間、腕の中でそらが暴れた。


「いたっ……いたいっ……ああああっ」

「我慢しろ。死ぬぞ!」

「クロノさ、怖い……」

「大丈夫。まだ間に合うから……っ」


 苦痛の声だったが、やめることなく毒を吸い出す。錆びた味が口内に広がった。


「もう少し、頑張れよ」


 見ると、そらは顔をくしゃくしゃにして泣いている。痛みか、ショックか。


 泣きじゃくるそらを何とか宥めながら肌が白くなるまで血を吸い出した。傷口を、そらの荷物の中にあった清潔そうな布で拭っていると、ようやくユーリ達が戻ってきた。マキバも狐の姿だが、ユーリに抱えられていた。


 マキバはそらが倒れているのを見ると、ユーリの腕からするりと抜け出し、駆け寄ってきた。


「そらっ……、大丈夫なのか、クロノ?」

「一応毒は吸い出したけど大分時間が経ってる。西--魔女の森に行こうと思う」

「そうだな、任せるよ、クロノ……!」


 背負ったそらの身体が焼けるように熱い。呼吸がひどく苦し気だった。先ほどの死んだような彼を思えばまだマシなのかもしれないが、それでも辛い。


「そら、あと少し我慢してくれ」

「う……」


 一晩中、西に向かって走り続けた。

 ようやく、月明かりが差し込む外が見えた。


 洞窟を出ると、目的通り、陰鬱そうな森が広がっていた。地図を取り出して、軽く辿ると、やはりコガレの言っていた場所で間違いなさそうだった。

 その森に一歩踏み入れた瞬間、森が鳴った。突然嵐のような強い風が押し寄せてくる。


 同時に何かが森の中を駆けてくる。

 速い。


 何か対応する暇もなく、黒い影が彼らの目の前に落ちた。


 黒いマントで全身を覆っている。それが地面に足を付けた瞬間、風が止まった。

 その者はマントから顔を出し、不機嫌そうな顔をこちらに向けた。女だった。クロノよりも年上のように見えた。

 キャロット色の髪を後ろで緩く束ねている。三白眼であった。


「やはり戻ってきたか……そら」


 女はクロノの肩に頭を預けて眠っているそらに近づいた。目を覚ます気配がない。額に手を当てると「ひどいな」と呟いた。


「大分無理をさせたな」

「あんたは……」


 彼女は、短く、魔女だ、と答えた。


「……ずっとこの少年が戻ってくることを恐れていた」

「そらを知ってるのか?」

「知っているも何も、母親からこの子を預かったのは私よ。それよりも、早く暖かい所へ」


 魔女は歩き出した。

 六人はおずおずと彼女についていった。クロノもそらを背負って歩き出す。

 暗い森の中を歩いていくと、やがて小さな小屋が見えた。古い木でできた小屋だ。建付けの悪いドアを開け、魔女が入っていく。クロノ達も恐る恐るその中に入っていった。


***


 いつだったか、美しい女が幼子を連れてこの森に迷い込んだ。

 どうやらツテシフから逃げてきたらしい。

 私はそれを木の上からこっそりと見ていた。基本、私達魔女は簡単に人の前に姿を現さない。


 彼女は祈るように手を合わせて、ひとりで話し始めた。


 自分はツテシフに戻らなければならないが、この息子はどうにかして幸せになってほしい。

 そう、彼女は言った。


「この森に魔女が住んでいると聞いたんです。故郷からこの子を連れて逃げてきたけれど、私は戻らなければなりません。この子が呪われているんじゃない。私が呪われているんです。ツテシフにもクレアスにも私を助けてくれる者なんていない。お願いです。この子を……この子をどうか、助けて」


 その幼子はまだ何が起こっているのか分からないようで、ただ、取り乱した母を不安そうに見つめていた。こんな風にして女に言われるがまま、逃げてきたようだった。


「お願いです。私は急いでツテシフに戻らなければいけないんです。この子は連れていけない……。どうか、助けて下さい」


 何時間もそうやって祈っている女を見ていると、だんだん哀れに思えてきて、私は女の前に姿を現した。


「一体何があったのだ?」


 女の祈りを聞きながら幼子は眠っていた。


 夜の暗闇の中、女は泣きながらこれまでのことを話した。これからのことは一つも話さなかった。ただ、あの人を愛していた、あの人にこれ以上罪を着せられない、と言った。


 女のその切実に助けを求めている様子や、置かれている状況から、私は断れず、幼子を預かることになった。

 幼子が目を覚ます前に女はツテシフへ再び旅立っていった。


 しかし、幼子が起きて、母に会いたいとだだをこねた。

 そこで私は幼子と共に、ツテシフへ、母親を探す旅へ出た。


 その選択が、間違いだったのだ。


 次に彼が目覚めたとき、それまでの記憶は全て無くなっていた。

 しかしここにいれば、再び思いだす。

 そう思って私は、イチかバチか、子に恵まれない者が村長をしているというエレム村の近くに、この子を行かせた……いや、捨てたんだ。


 --決して戻ってきてはいけない。

 --お前は幸せなるんだよ。


 そう言ったはずなのに……。


ここまで読んで下さり、ありがとうございます。

次回【第二章】西へ(四)は 明日2017年5月20日23時 投稿予定です。

お楽しみに!

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