【第二章】廃都ラス(四)
次の日の昼、そらはクロノを置いて一度マキバ達の宿に行き、事情を話した。
「え、神様っ? そんなもんの治療までできるのかよ、そら!」
マキバが声を大きくする。まさか他に聞かれることはないだろうが、あまり大きな声で言えないことであるため、逆にそらは声を潜めた。
「いや、成行きというか、何というか……。とりあえず、三日はここを動けない」
「分かった。俺も」
行きたい、と言おうとしたマキバの頭をユーリが軽く叩く。
「マキバ。あんまり大人数で押しかけるのは良くないよ」
「えー、一人くらい……」
「一人で済むと思ってるの。好奇心旺盛な子がもう一人いるんだよ。僕だって二人が行くなら行きたいし」
ユーリがぷう、と頬を膨らませるのを見て、マキバは無言で彼を抱きしめた。ビドを出てからこの調子である。
リトは買い出しに出かけているらしい。そろそろ帰る頃だということで、暫く待っていたが、やはりクロノが心配で、そらはリトに会えぬまま再び神殿へと足を運んだ。
相変わらず雨は降らない。
カラカラに乾いた地面を踏み、神殿まで行くと、扉の前に立つ呉羽の姿があった。
こちらに気付いたのか、明らかに動揺した様子を見せる。
「どうしたの、呉羽ちゃん?」
「ばかっ、静かに……」
彼女が言い終わらぬうちに、扉が大きな音をたてて開いた。
「盗み聞きか?」
クロノである。不機嫌そうな顔をしていた。一体何の話を聞かれたのか……。
そらがぽかんとしていると、彼はきまり悪そうに頭を掻いた。
***
三日経った。
そらの言った通り、二年間流れ続けた竜の出血が止まった。
体調が良くなると同時に、水色の光がさらに色を増していく。鱗も輝きを増し、三日目の朝にはそらと二人で感嘆の声を上げた。
「そら。最後にもう一度、歌声を聴かせてくれないか」
初めて聞いた竜の声は、ひどく年老いていたがとても優しい声だった。
そらは立ち上がり頷き、歌い始めた。
そらの歌声は都中に澄み渡った。
都の奥にある源流から水が溢れだす。
生き生きとした流れで、町から町へ、広がっていく。
二年ぶりのことであった。
周りの村や町から人々が飛び出し、ラスに流れ込む水をすくった。
来た当初は気づけなかったが、ラスでは都中に水路が張り巡らされ、水が行き届くように整備されていたようだ。
そらは神殿から、二年前の状態に戻った都を満足そうに見つめていた。
「そらあっ」
マキバの声に振り返ると、リトとユーリ、そして一匹の狐がこちらに走ってやってくるところだった。
マキバは狐の姿の方が走るのが早いらしい。リトやユーリよりも早く神殿に辿りつくと、開口一番、
「そらっ、水神様はっ?」
と尋ねた。
「え、中にいると思うよ……?」
「狐の姿ならいいだろ! 神の使いだって言うしな!」
そらは神殿の中の気配が消えるのを感じた。
寂しいとは思わなかった。これが本来の人と神の在り方だから。
扉の隙間からそっと顔を覗かせたマキバだったが、やはり、すぐにしゅんとした様子で戻ってきた。
「……いねえな……」
「見たかったの?」
「そりゃあ、知的好奇心ってやつ? 神様なんてフツー見れねえだろ?」
羨ましいなあ、と洩らすマキバを抱え上げる。
「マキバの方がずっと羨ましいよ。すごいね、本当に狐だ」
「何を今更」
狐に戻ったマキバの目は金色にきらきらと光っていた。
***
「待って!」
後ろから声をかける者があった。
赤髪の少女--呉羽である。
「……そら、話があるの」
マキバ達は少女を見て、驚いた。彼らからすれば、アンデの町ぶりである。
「怪我大丈夫だったのか?」
「うん……。色々あって、お礼を言う間もなかった。あのときは本当にありがとう」
リトを見ながら、申し訳なさそうに呉羽が言う。
「あの時のお礼に何か奢るわ。そこの店で何か食べていかない? ……そらにも話があるの」
五人は少し迷ったのち、お腹も空いていたので彼女の好意に甘えることにした。
呉羽は静かで個室のある料理店に彼らを案内した。大きな鍋に、野菜や肉、魚、そして蟹が投げ込まれた。
「呉羽ちゃん、さっき俺に話があるって言ってなかった?」
鍋をつつきながら、そらは尋ねた。
呉羽は箸を止め、そらに視線を移した。
「ねえ、戻るつもりはない? 姫が会いたがってたけど」
「--」
「……どうしたの?」
怪訝そうな顔を向けられ、戸惑う。
姫? 誰だ、姫って?
そらが返答に困っていると、隣にいたリトが助け舟を出してくれた。
「姫っていうのは……ツテシフのお姫様のこと?」
察しのよいリトは、彼女の服装がツテシフのものであることから推測したらしい。
「ええ。私はツテシフ王室九代目の季姫の使いでクレアスに来ていたの」
「その……季姫様がどうしてそらに?」
「それは、彼が……」
言い淀んで、呉羽がこちらを見つめてくる。そらは全く思い当たらず首を傾げた。
「……もしかして、覚えてないの」
「何を」
「そんな。でも間違いないわ。だって、水神様を落ち着かせるなんて、普通の人にできるはずがない!」
どきりとしてそらは後ずさった。マキバが呉羽の肩を引く。
「ちょっと、落ち着けって」
「だって、そんな。記憶がないなんて思わないじゃない!」
マキバに強く言い返し、そらに向き直る。
「本当に全部忘れちゃってるの? まあ……私もあの事件を文献でしか知らないんだけど」
「事件……」
「呉羽ちゃんっ」
リトが呉羽とそらの間に割って入った。
「人違いってことはないかな……。そらはクレアスの生まれよ。ずっと南にあるエレム村で育ったの」
「え……」
呉羽の勢いが急に弱くなる。
そらは止まっていた呼吸をゆっくりと戻した。
そう……自分は、エレム村の人間だ。それ以外の何物でもない。
その会話を、クロノは黙って聞いていた。
***
その夜は宿に泊まり、各々の部屋でそれぞれの思いに耽っていた。
クロノは部屋に帰っていこうとする呉羽に声をかけた。
「外で話をしたい。時間は取れるか」
「いいわ」
呉羽は苦笑いを浮かべていた。
肌寒さを感じながらも、クロノは外に出た。そらに決して聞かせたくない話だったからだ。
「そらのこと、リトはああ言ってくれたが、そのうち誤魔化せない状況がくる」
「信じてくれるの」
「五分五分ってところだな。人違いの可能性だってある。でも、俺達が下手なことを言って、あいつの人格崩す訳にはいかねえだろうが。だから一応話は聞いておく」
ここまで読んで下さり、ありがとうございます。
次回【第二章】廃都ラス(五)は 明日2017年5月15日23時 投稿予定です。
お楽しみに!




