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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第二部】逡巡
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【第一章】山小屋(中)

 その山小屋に辿り着いた頃には、クロノもそらも、ある程度の落ち着きを取り戻していた。

 古い畳の上にそらを下ろす。


「……乱暴にして悪かったよ」

「いえ……俺、何かしましたか」


 尋ねられ、きちんと答えられないのが情けない。なんと言おうかと迷いながら、暖炉に火をくべていると、彼の方から話を切り出した。


「確かに、突然……っ、スなんてした俺も悪いですけど、でもそんなに怒ることないじゃないですか」

「は……」


 予想外の言葉が返ってきて、思わずクロノは口を開けた。


「ああ……、そんなこともあったか」

「何で怒ってんですかっ」


 今度はそらが怒って、顔を真っ赤にさせてこちらに掴みかかってきた。普段は真っ直ぐな灰色の瞳が、今回ばかりは戸惑いに揺れていることに気付く。

 クロノは唇を噛み、再び、彼の足首を持ち上げた。


「っ……」


「わざとやってんの、分かるよな?」


 痛い、という呟きが聞こえ、手を離す。その後は努めて優しく撫でることに専念した。外の冷たさに晒されていた指先が、その足首の熱さをはっきりと感じ取る。


「ついてきてくれて、本当にありがたいと思ってる。でも、こんな優しさはいらねえ」


「……」


「痛いなら痛いって、苦しいなら苦しいって、はっきり言って欲しい。じゃねえと分かんねえし、謝ることすらできねえ」


「本当に悪い人が謝ればいいんです。クロノさんに謝る必要なんてない」


「お前をつれてきたのが、俺の罪だ」


「じゃあ謝って下さいよ」


「……悪かった」


「とても簡単に解決しましたね」


 冷たくそらが言う。


 あ、そうだ、と思い出したように呟き、そらは荷物の中から例のノートを取り出した。ウォックの町で買ったものだ。既に三分の一程埋まっているのを、自分は知っていた。


「これ……乾かさないと」

「新しいの買ってやるよ」

「ううん、これがいい」


 子どもの様に拗ねた表情で、そらは言った。


「クロノさん、ついでにこの間のこともはっきりさせませんか」

「あ?」

「俺、クロノさんのこと、好きです」


 驚くほどあっさりとそらは言った。すぐに「冗談ですよ」という言葉が聞こえてきそうなくらい、その声は落ち着いていた。

 何も言えずに黙っていると、拒絶されたと思ったのか、そらは、はは、と声を出して笑った。


「やっぱり……気持ち悪いですよね。男に好きって言われるなんて。俺もちょっとよく分かんないです」

「そら」

「本当はあの時、クロノさんの言葉がぐさって刺さったんです。あー、同性愛って、クロノさんにとったら気持ち悪いことなんだなって」


 でもやっぱり忘れて下さい、と一言呟いて、そらは膝を抱えた。その視線はじっと、炎の中の一点を見つめたままだ。


 冬が近づき、動物達も眠りについた。山小屋に誰かがくる様子も無かった。

 内側からじわじわと湧き上がってくる感情が行き場を失くして暴れ始める。


 小さく舌打ちをして、クロノはそらの腕を引いた。

 こちらを見上げる彼の濡れた灰色の瞳は、残酷なほど何も語らない。閉じたままの小さな唇は、先ほど噛み締めたのか、一点が切れて血が滲んでいた。


「……気持ち悪いなんて思わねえよ。あれは……違う。俺が、悪かった。でもあんまりいい考えじゃないな。こんな、片足を墓穴に突っ込んでるような男と一緒になりたいだなんて」


 自分の気持ちがちゃんと伝わったか怪しい。それでも、そらはにやりといつものように笑って誤魔化した。


「一緒になりたいなんて言ってません」

「茶化すな。傷つくだろ」

「……もう諦めちゃうんですか」


「俺はたくさん殺した。もうそろそろ俺の番がまわってきてもいいんだよ」


 自分は強くあり続けた。人を殺すために強くなった。守るためじゃない。自分が生きるために。

 その上、師範という職に就き、剣の振り方も知らない奴らに人を殺す技を叩きこんできたのだ。


 ウサが死んだ。ビャクが死んだ。

 たくさん、たくさん傷つけた。全て、自分のせいだった。


 --お前だけ幸せになっていいはずがない。


 枕元に立って、皆が口を揃えて云う。

 納得できない、と言いたそうな顔をしているそらを諭すように肩に手を置き、ゆっくりと体を離した。



ここまで読んで下さり、ありがとうございます。


次回【第一章】山小屋(下)は 明日2017年5月9日23時 投稿予定です。

お楽しみに!



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