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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第二部】逡巡
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【第一章】山小屋(上)

「う……」


 水の流れる音が耳元でして、クロノは目を覚ました。強く頭を打ったのか、起き上った途端、突き刺すような痛みに襲われる。


「そら……?」


 真っ先に名を呼び、周りを見渡した。浅瀬に打ち上げられたようだ。水面に反射した光が眩しい。川幅は広く、流れも緩やかだ。辺りは静かで、さわさわと水が流れていくだけ。どこまで流されてきたのか、想像もつかなかったが、ビドの町からは無事に出られたようだった。


 のそのそと起き上り、辺りを探すと、マキバ、ユーリ、そしてリト。この三人が自分と少し離れた場所で倒れていた。

 しかしそらと、おそらく彼の荷物の中であろうハニは見当たらなかった。


 ビドを出たのは夜明けごろだ。今は陽が昇り、光が辺りを優しく包み込んでいる。数時間は流されていたらしい。

 クロノは三人を起こし、そらがいないことを早口で告げた。


「流れは分かれてなかったから、どこかで打ち上げられたか、そのまま流されたか、どちらかだ」

「大変。早く探さないと」


 明日の正午、ここで会う約束を交わし、マキバ、ユーリ、リトの三人は上流へ、クロノは下流へ向かった。


 それから何時間も歩いた。真上にあった太陽はいつしか傾き、代わりに怪しげな雲がこちらに近づいていた。


(そら……)


 川の流れに沿って、祈るような気持ちで探し続けた。何度も大声で名を呼んだ。


「そらあっ」


 ビドの町へ自分を探しにきた彼も、同じような気持ちだったのだろうか。


 川は細くなり、水の流れが急になった。風も強くなり、岩を砕き、うねる水流を横眼で追い越しながら、早足で辺りを探した。水面に浮かぶ枯葉に、初めて冬が来たことを実感する。


 王城を飛び出してから一か月が過ぎた。未だ影の存在は消えてくれない。それどころか、徐々に外へ姿を現すようになった。


 --ここから出たらひとり……。


 コガレが最初に言った言葉が蘇る。


 自分はひとりで行くべきだったのかもしれない。

 逃げることは、自然の摂理に反することだった。あの時から自分は存在してはならなかった。それが、いつの間にか--どういう訳か--ひとり、道連れを作ってしまっていた。

 気が付けばまた一匹、そして、いつの間にか三人増えていて。


(本当に……どうなってんだ)


 最終的には明日の正午に集合といったおかしな約束をまた交わしている。

 どうも拙い方向に向かっている気がする。このまま進んでいけば、自分はともかく、そらやマキバ達もただでは済まないだろう。


(どこかで線を引かねえと……)


 ふと、遠く歌声が聞こえて、クロノは足を止めた。聞き覚えのある声色だった。


(相変わらず暢気な……)


 ほっとして歩調を緩めた。

 やがてクロノは、木陰に座り込む影を見つけた。肩には例のネズミを乗せている。その歌声がはっきりと聞こえる位置まで近づき、木に背中を預ける。水の冷たさとは対照的に、それは温かかった。


 クロノが近づいてきたことに気づいていないのか、そらは歌うのをしばらくやめなかった。

 耳に心地よい歌声が風に乗ってやってくる。心ごとさらわれる思いがした。

 いつの間にか日が暮れ、川がオレンジ色に染まっていた。最後まで木に残っていた真っ赤な葉が、ここぞとばかりに風に吹かれ、姿を消していく。


「……クロノさん?」


 恐る恐るといった風に声がかかり、クロノは目を開けた。


「そら」


 ハニが駆け寄り、よじ登ってくる。


「いつからいたんですか?」


 そらは顔だけをこちらに向けて、呆れた様子で尋ねてきた。いつから……いたのだろうか。声をかけることも忘れて、ついうとうとしてしまった。


「それはこっちの台詞だよ。心配して探してたのに、暢気に歌ってやがる」

「すみません……。足やっちゃって」


 川の水に足を浸けて座っていたようだ。そらは再び顔を向こうにやってしまった。まだ頭がぼんやりとしていたのでクロノは動かなかった。


「マキバ達は?」

「ああ……、上流の方探してくれてる。明日の正午に戻る約束してるから」

「心配かけちゃったなあ……」


 顔こそ見えないが、いつもの、困り果てたような笑みが想像できて腹が立った。こちらは笑い話どころでなく、本気で心配したし、もしもこのままそらが見つからなかったら、と考えるだけで身を切るような思いがした。

 ……いや、分かっている。あの状況からひとりはぐれてしまった彼が、心細さを感じなかったはずがない。


 クロノはようやく立ち上がり、そらの真正面に立った。機嫌の悪さが顔に出たらしい。そらが不安そうにこちらを見上げる。

 その場に腰を下ろし、そらの足首をくいと持ち上げた。


「っ……」


 痛い。

 その一言が聞きたくて。


「そら」


 自分が心配して持ち上げているとでも思ったのか、彼はその言葉を飲みこんだ。


「クロノ、さ」

「くそ……」


 小さく舌打ちをして、手を離す。そのまま、クロノはそらを抱え上げた。


「来る途中に山小屋があったから」

「あの、これくらい、大丈夫です」

「ここで一晩明かすか? 凍え死ぬぞ」


 昨日から訳もなくイライラしている。怯えたように肩を縮め、抵抗すらできなくなっているそらを不憫にも思ったが、気持ちを落ち着けることなどできなかった。


(そんなに……頼れねえかよ)


 痛いならば痛いと。辛いならば辛いと。……そう、言って欲しい。

 言われたところで何もできないのは分かっている。傍にいることしか--否。いずれ、それすらできなくなる。

 こんな風に悔しくなるなんて、訳が分からなかった。まだ、教え子に頼られていた頃の感覚が抜けていないのかもしれない。


 そんな筈はない……そう気づきながらも尚、自分に言い聞かせた。


 そのまま重たい足取りで歩いた。そらの体温が直に伝わってくる。

 この間、互いに無言だった。


次回【第一章】山小屋(二)は 明日2017年5月9日23時 投稿予定です。

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