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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第一部】王国逃亡
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【第六章】ビド(九)(【第一部】完結)

後書きでみんなが喋ります

 クロノの中に魔が宿ったという話は、呪術師の間で有名になっているらしい。

 なるほど、クロノを賞金以外で狙うものが増えたという訳だ。


 ユーリから聞いたその話に、そらは顔を曇らせた。


「むかうとこ、敵ばっかだなー……」

「弱気かよ、そら」


 マキバが小突くと、まさか、と言う。


「世界を敵にまわしたとしても、俺はあの人の傍にいる……約束した」


 なーんてな、と彼は照れ臭そうに笑った。


 この一晩で、リトのそらに対する印象は大きく変わった。

 なんとなくふわふわしていて、明るくて、優しい少年。それでいて、アンデではクロノに会いたい一心だったから行動には迷いがなかった。そんな性格なのだとリトは思っていた。

 しかし実際は、人一倍気にしいで迷いも絶えない。一方で、怒ると怖いし、仕返しはえげつない。

 ……でも普通の、十七歳の少年だ。


 彼に対して、リトは親しみを感じるようになっていた。

 そんなリトの心など知る由もなく、そらは力なく笑う。


「喧嘩とかどうでも良くなっちゃった。クロノさんにさすがって伝えに行かなきゃ」

「ほんと、あの声聞いてるだけでも頭おかしくなりそうだったのに……すげえよなあ」

「早く、会いに行こう」


***


 やはりこのままでは死ねないと思い直し、拘束から逃れようともがいていると、後ろから声がかかった。


「師範」


 目の前に現れたのは、返り血を全身に浴びたコガレだった。何があったのか尋ねる暇も与えず、彼はずいと近づいてきた。


「奇跡、起こったみたいですね」


 穏やかに笑うのが少し不気味だ。コガレがこんな風に優しく笑うのは稀である。例えば--これから殺す相手に対して向ける笑顔。


「安心してください。ビドの長は狩りましたよ。アオイちゃん、覚えてますよね。あの子と」

「珍しいな。苦手だったんじゃない?」


 言うと、コガレは少し考えてから言葉を紡いだ。


「裏の仕事です。それでこっちが表の仕事。あれ、逆だったかな? まあいいか。悪いけど……死んでもらいます」


「コガレ……」


 生きなければいけない。もう一度そらに会わなければならない。そう思うのに、なぜか抵抗する気にもなれなかった。

 コガレの手が顎を持ち上げる。ひんやりとした切っ先が喉に触れた。


「どうやって甚振ろうかな」


「意地が悪いな……」


「師範の苦しんでる顔が見たい」


「ばかやろう。眉ひとつ動かさねえよ」


 やってみろよ、と煽ると、コガレは静かに笑い、首筋の肉を撫でるように裂いた。鋭い痛みが走る。しかし切っ先が血管に触れることはなかった。

 ゆっくりとそれは離れていく。


「一発でやるのが俺の美学なんですけどね。師範だけは別」


 そう言って再び切っ先を掲げた瞬間、コガレの体を何かが強く押した。

 一瞬見えた、コガレの安堵の顔。


「何……やってんですか……」


 そらが自分とコガレの間に割って入り、大きく手を広げた。


「そら?」


 肩が小刻みに震えている。その小さく頼りない背中が眩しい。


「……んで、抵抗しないんですか」


 抵抗しようったって……なあ?

 そう思ってコガレを見ると、驚いたことに、彼は声を上げて笑っていた。


「はは、煽ってみるもんだな」

「?」


 鍵が、コガレの手から床に滑り落ちる。金属音の後、耳元でコガレの小声が聞こえた。


「その傷、覚えていて」


 泣きそうな声だった。もう二度と会えない。そんな気がした。




 コガレが去り、状況が飲み込めていないそらに声をかける。


「あいつは教え子だ。今はやばいところで仕事してる……今、何を考えてたのかはわかんねえけど……」

「あの人……すごく綺麗でした」


 率直な感想をそらが述べる。


「どこが綺麗かって言われると分かんないんですけど。……あれ? なんでだろ」


 その横顔を見上げると、ボロボロと涙を零していた。


「……? 怖かったのか?」

「違いますよ」


 そらは首を横に振り、慌てて涙を拭った。そして落ちていた鍵を拾い、こちらに掲げる。


「……一応俺も取りに行ったんですけどね? 既に無かったんです」

「そりゃ、どうもー……」

「……助けますよ?」


 そらの声が低くなった。

 少しの間、冷静に考えても、答えは変わらなかった。

 クロノは俯いて、少し笑った。


「ああ」


 鎖が外れ、立ち上がろうとしてよろめいた。そらが横から支えてくれたため、顔面から転ぶことは無かった。


「外でマキバ達が待ってます。逃げましょう」

「……その、」


 大きく息を吸い込んだ。


「ありがとな、そら」


 外ではリトが木陰に隠れ、ふたりを待っていた。


「あれ、ひとり?」

「ユーリが、お母さんに会いたいって」


***


 ユーリは幼い頃の記憶を頼りに、見事、昔の家に辿り着いて見せた。

 マキバは心配してついてきたが、さすがにこの姿では拙い。


「なあユーリ。お前、どうせもう、思い出してんだろ」

「……うん、ごめんね」


 あっさり頷かれ、逆にこちらが不意を突かれる形になった。


「お暇をいただいていい?」

「やだ。傍にいてよ」


 ビドの長が何物かによって暗殺されたらしい。

 呪術師たちは皆そちらに行ってしまい、ユーリの家はひどく静かだった。


 玄関から入る勇気はなく、裏口へふたりは回った。

 扉の前で止まり、ユーリがこちらに向き直る。


 そこには一匹の狐がいたはずだ。


「こんな俺でもいいの」

 

 ユーリが息を呑む。


「マキバ」


 彼はひょいと自分を抱き上げ、顔を埋めた。


「そっか……うん、やっぱりそうだったんだ。今まで、沢山辛い思いをさせたね。ごめんね。大好きだよ、マキバ」


 見ると彼の頬はほんのり赤く染まっていた。こちらの視線に気づき、照れくさそうに笑う。笑った瞬間、涙が溢れた。


「今までありがとう……これからも、よろしくね」


 願わくは最期まで。




「留守かもしれねえぜ」

「いや……たぶん、いる」


 どこか確信めいたものを感じているらしい。緊張しているのか、家に入ってから口数が減った。

 彼は迷わず、一番奥の部屋の戸を開けた。


「母さん」


 その人は文机の前で、こちらを向いて座していた。


「……そろそろ来るんじゃないかと」


 長い、長い沈黙があった。

 そして、女の口から零れたのは、謝罪の言葉だった。


「ユーリ……ごめんね」


 ユーリは口を開けたが声にならず、ただ首を何度も何度も、横に振った。


「決まりだもの……」


 暫く、どちらともなく、すすり泣く声が聞こえてきた。

 しかし、そう長く留まることはできない。それが分かっているから、ユーリはすぐに顔を上げた。


「もう、戻らないから」

「うん。遠い所に逃げるのよ」

「マキバがいるから大丈夫」


「マキバ……そう。あなたがずっと守っていてくれたのね。これからもユーリをよろしくね」


 こちらに視線を移し、彼女は深く頭を下げた。


 兄を殺し、ユーリをも殺そうとした。

 もしも自分がユーリの立場だったら、絶対に彼女を赦すことなど、できない。あの夜のことを思って泣くくらいならば、赦してはいけなかったのだ。


 しかしマキバは、こうも思う。


(ユーリ。あんたは母親のこと、赦していいんだ。俺が代わりに、赦さないから)


 曇りのないユーリが好きだった。大雑把ともいえる心の広さ。そこに彼の優しさや穏やかさ、あたたかい光があるならば、自分はその代わりにいくらでも闇を背負ってやる。


 ……あの夜、そう誓った。


(だから俺のことも赦してほしい。代わりに俺が赦さないから)


 去り際、マキバは部屋の中をぐるりと見回した。

 なんてことはない畳の部屋だった。

 棚には「マキバ」とユーリの写真が並べられていて、隣に新しい花も飾られていた。


「お母さん、誰……?」


 戸が開き、幼子が一人、入って来た。

 ユーリは一瞬だけ悲しげな顔を見せたが、すぐに笑顔を取り戻した。


「行こ、マキバ」

「ああ」




 待ち合わせ場所に辿り着くと、既にそらとクロノも到着しており、リトが大きく手を振っていた。

 あと少しで陽が昇る。その前にビドを出なければ。

 小さな橋の上だ。下は、少し急流だが、遠くへと続く川が流れている。


「ユーリ、クロノ、リト、そら。……よし、全員いるな?」

「ハニも忘れんなあ」

「わりい、人外同士仲良くしようぜ」

「きゅっ」


 昨晩来たばかりなのに、とても長い時間ビドにいた気がした。

 もうここには戻らない。ユーリも、俺も。


「行こう」


 そらの合図で、全員橋から飛び降りた。







「九十三日の幻、永遠の約束」【第一部】終わり




そら「第一部、完結です!! やったあああああああああ! 皆で(闇)鍋しよう」


クロノ「……このメンバーで? 嫌な予感しかしねえんだけど。

ここまで読んで下さった方、本当にありがとうございました。ブクマ、評価、感想まで何件かいただき……本当に嬉しかったです。ありがとう」


マキバ「作者が途中で『無理、反応がない、やめたい』って言い出した時はどうしようかと思った」


ユーリ「ああ……想像以上に閲覧数も伸び悩んで、やっぱりネットの海は広くて深くて怖いって夜中に泣いてたね」


リト「何とか持ちこたえて良かった。ネガティブな割に、鋼のメンタルも持ち合わせてるようだから……」


シトラ「感想が本当に嬉しかったなあ……。これからも上手くいかないことの方が多くて落ち込むこともあると思うけど、エタることだけは死なない限りしないつもりなので、安心してください。安心してブクマ、感想など下さい」


リク(作者の死亡フラグ立てんなよ……)


こう「そんなことより私の出番が少なかったぞ。どういうことだ?」


セキ「俺たちは第二部から大活躍するらしいぜ!」


クロノ「えっと、第二部は確か……『逡巡』? また迷うのか? ほんと勘弁してくれよ」


コガレ「師範、次こそはしっかり皆を引っ張っていってくださいよ?」


サフラン「ではでは【第二部】でお会いしましょう! 次回【第二部】【第一章】山小屋(一)は 明日 2017年5月8日23時 投稿予定です」


そら「あああ緊張して死ぬ」


クロノ「だから死ぬなって!」


 _人人人人人人人_

> お楽しみに <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄


エレミス(入るタイミングを見失った……)

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