表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第一部】王国逃亡
46/106

【第六章】ビド(七)

 マキバが立ち止った先には古い教会が立っていた。白塗りの壁は、長い年月を生きたのか、所々黒ずんでいる。三人は立ち止り、その教会を睨んだ。


「さ、隊長。どうします?」

「正面突破だな」

「しかねえなあ」


 そらは荷物から薬草を詰め込んだ袋を取り出し、にやりと笑った。

 クロノに噛まれた腕をさらりと撫でる。先程の礼は誠意を込めて返さなければならない。

 可哀想な兵達。今のそらの機嫌は、喧嘩後ということもあり最悪だった。


「行くぞ!」


 マキバとリトが、そらから渡された布で口と鼻を覆う。


 マキバが扉を開くと同時に、そらは袋に火を点け、中に投げ入れた。程なくして乾いた爆発音が中からした。そして番をしていた兵達の苦しげな声も聞こえくる。


「うげっ、なっああっ、おえっ」

「こけっ、こけっ」

「息がっ、かっ、うえ、おげえ」


 マキバはその悲惨な状況を目の当たりにし、吐き気さえ覚えた。ほんとに勘弁してほしい。


 乗り込んだそらは彼らに同情する気など欠片もないらしい。井戸は出て左手にありますよ、と言って右を指さした。聴覚も利かなくなっている彼らは、そらの指を追って右へ逃げていく。きっと彼らは朦朧とした意識のまま大きな教会を一周しなければならないだろう。


「そらの奴、普段温厚な癖に怒らせたらえげつねえな」

「ヤジニグサなんてこれの比じゃない。あれは数時間もすれば落ち着くし?」


 満足そうな表情でさらりと言ってのけ、そらは先頭を突っ切っていった。

 一段一段の幅が狭い、螺旋状の階段を駆け上がっていくと、二階にも兵が三人、番をしていた。


「お前らっ、どうやってここまで……」


 体の大きい男がそら達の前に立つ。


「リト、俺が走れって言ったら、全力で扉を開けろ。ユーリがいる筈だ」


 言いながら、マキバは手前の男に鬼火を投げつけた。

 突然姿を現した鬼火に怯んだ男が、扉の前から退く。


 マキバは叫んだ。


「リト! 走れ!」


 リトは扉を大きく開き、その中に入っていった。


 同時にそらとマキバは背中を合わせた。敵の数は三。大して多くもない。負けるとは思わなかった。

 クロノから借りてきたのだろうか、そらが短刀を構えたのを背中で感じ、マキバも集中する。


 そらは空中に飛び上がり目の前の男の剣を短刀で弾いた。そのまま彼の後ろで着地し、背中を思い切り蹴り上げた。

 マキバは、鬼火を目で追って混乱し始めた相手に、大きな石を投げる。


 その勢いを残したまま、ふたりは三人目に容赦なく襲い掛かった。


***


 そらは倒れた男の背中を乱暴に掴み起き上らせた。


「――悪魔を捕えてる鎖の鍵は、どこにある?」


 そらが「知ってるんだろう?」と念を押すと、驚くほどあっさりと兵は鍵のありかをこぼした。


 そのとき、部屋の中からリトの悲鳴が聞こえた。まずい、とふたりは顔を合わせ、部屋の中に飛び込んだ。見ると、ユーリがリトを地面に押さえつけ、首を絞めている。


「ユーリやめろ!」


 様子がおかしい。この混乱の仕方はクロノと似ていた。ヤジニグサか。

 ユーリの瞳が、尋常でない程大きく開かれている。


「マキバっ、ユーリを」

「ああ!」


 そらが荷物を開くと、ハニがひょこりと顔を出し、先程使った解毒薬をこちらに渡してくれた。

 感心していると、早くしろ、とユーリを羽交い絞めにしているマキバに怒鳴られる。


 水に混ぜ、喉の奥に薬を流し込む。


「う……まき、ば?」


 マキバの腕の中、ぐったりした様子で薄く目を開け、ユーリが呟いた。


「……俺……ごめ……」


 まだうまく話せないらしい。暫くはこの調子であろう。何はともあれ、命に別状はないようだった。

 そらはユーリをマキバ達に任せ、ビド兵から聞いた鍵の在処へ向かった。


 もしかするとこれまでの比でない程恐ろしい敵がいるかもしれない。そう思って恐る恐る階段を駆け上がったのだが、さらなる恐怖が襲ってきた。

 これは……予想していなかった。


「何、これ……」


 階段を上っていると、何人もの兵に出会った。……皆、動かない。皆白目を剥き、恐ろしいものを見たような表情で死んでいた。おびただしい血が階段を濡らしている。その中には黒い鉄の鎧に包まれた者や、身長が二メートル程ある巨人も混じっていた。

 どの者も傷は一点にしかなく、それは抵抗する暇もなく一撃で殺されていたことを意味していた。


 震える足を何とか動かし、最上階の奥の部屋へ辿り着いた。


 そこにいたのは、一人の青年だった。


 夜風を深い青色の髪に受けながら、窓の縁に座っていた。握られている短剣からは黒い液体が滴り落ち、下に池を作っている。

 月光が窓から差し込み、彼の顔を照らした。青い瞳がこちらを見つめてくる。そこから感情を読み取ることはできなかったが、その美しさに暫くそらは動けなかった。


「あ……あの」


 やっとの思いで声をかけた瞬間、青年が窓から飛び降りた。驚いて窓に駆け寄り、下を見下ろしたが、既に彼の姿は闇に消えていた。


 慌てて鍵を探したが、結局、見つけることはできなかった。あらかじめ教えてもらっていた箱の中に入っていなかったのだ。先程の青年が持っていったのだと、そらは思った。

 静かな闇の中にぽつりと取り残され、自分の心臓の音だけがやけにうるさかった。



次回【第六章】ビド(八)は 明日2017年5月7日23時 投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ