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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第一部】王国逃亡
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【第六章】ビド(六)

「そらっ、待って。お願い、待って!」


 リトに声をかけられ、そらはようやく足を止めた。心臓が止まってしまいそうなくらい胸が苦しいのは、息が乱れているからか、それとも先程の言葉が原因か。


「……んで」

「え?」


 振り返る。眉間に皺を寄せて、必死で涙を堪えていた。それでも、冷たいものが頬をぼろぼろと伝っていく。


「何でこんな……ひどい、こと」


 月明かりさえもない、暗闇。それでも、リトが心底心配そうな顔をしていることは分かった。


「そら……」

「知ってたのにな。あの人が死ねない理由」


 ウサの手紙を届ける。その覚悟は一番近くで見てきた。見てきた筈なのに。


「最低だ……俺」


 今までも苦しかったはずだ。でも、弱音なんて吐かなかった。死にたいなんて、言わなかった。いつだって必死に生きようとしていた。あの人は強い人だった。

 そんなクロノが急に死を選ぼうとしたのは、自分を傷つけたからだ。


「傷は……痛いよ。痛いし怖かったけど、違うだろ」

「うん」


「クロノさんは、違うじゃん……」


 何よりも自分を大切にしてくれている。いつも自分を守ってくれる。どうしてあの人を責めることが出来よう。彼が責任を感じる必要など無い。いつものように自分の前を歩いてくれればいい。俺はどこまででもついていく。


 分かっていた筈なのに、自分は彼に、ひどい言葉を浴びせてしまった。

 そのとき、遅れてやってきたマキバが、そらの肩をつついた。


「っ」


 驚いて振り返ると、いたずらっ子のような笑みを向けられる。呆れてそらが溜息をつくと、彼はやっと真面目な顔になった。


「ばか。心配してたぞ、クロノ」

「……」


「とにかく俺は痴話げんかに付き合いに来たわけじゃないからな。ユーリを探しに行く」


「痴話げんかじゃないって……」


 悔しくて、そらは呻いた。自分がどう説得しようと、彼の気持ちは変わらないのだろう。それならば勝手にすればいい。やけになって、そんなことを思った。


「分かった。ユーリを探すの、手伝う」

「いいのか?」


 そらは頷いた。


「クロノさんは強いから。生きたかったら勝手に逃げるでしょ」


「違う、お前だ。危険な場所につっこんでいくんだぞ? 本当に俺達のために来てくれるのかよ」


「そんな心配いらねえよ」


 泣きぬれた顔を乱暴に拭い、強い口調で言った。

 マキバもリトも顔を見合わせて苦笑した。そらの言葉と表情が全く一致していなかったからだ。

 迷子のような顔をしてそんな悪態をつくのだから、仕方ない。


「ま、鍵探すのはユーリ助けてからでも遅くないか。まだ朝は来ないしな」

「ユーリがいるところは分かるの?」

「大体」


 マキバはただ笑うだけだった。


 先程の儀式も終わったようで、ビドの町はひどく静かだった。

 マキバを先頭に、そらとリトが恐る恐るついていく。いくら人気が無いとはいえ、番をしている兵が所々に潜んでいるのだ。

 暗闇のなかを三人はくっつくようにして進んでいった。


 一度マキバを見失えば、もう終わりだろう。彼は暗闇の中でもしっかりとした足取りで進んでいく。

 舟をこいでいる兵の前をやり過ごし、道を曲がると、黙っていたマキバが口を開いた。


「ここまで付き合ってもらって、秘密じゃあ悪いよな」


 ふたりは頷いた。

 単純に、ユーリとマキバの関係を知りたいと思った。

 一呼吸の間を置いてから、マキバは話し始めた。


「俺--ユーリの兄ちゃんなんだ」

「え?」


 ふたりがきょとんとした顔を向けると、マキバは言い直した。


「違う。あいつの兄ちゃんは死んで、俺が代わりに兄ちゃんしてるんだけど、あいつは俺達のことを覚えてなくて……えっと」


「マキバ。一体どういう経緯でそうなったの」


 そらが助け船を出すと、マキバは悪いな、と笑って話し出した。




 マキバの本名は、ない。ただ、ミナトの町に住んでいた一匹の狐だった。好奇心旺盛で、すぐに町を飛び出しては色々な場所を旅していたという。人間にも興味を示し、そこで言葉や人間の持つ知識も学んだ。とても平和な旅をしていた。


 --そんなある日、大きな翼を持つ鳥に襲われ、致命傷を負った。


 死にかけていた狐を助けたのはユーリの兄マキバだった。彼らは呪術師の一族だ。マキバは一族の風習で殺されることになっていたユーリを連れて逃げている途中だった。


 狐を助けるためにマキバは術を使った。

 その間、今まで自分達の姿を隠していた術をやめてしまっていた。


 マキバの魔力は強く、すぐに、場所を見つけられた。そして、そのまま一族の者の術で殺された。




「--ユーリが気づいたときには既に記憶が無かった。俺は人に化け、ユーリの友達のマキバとしてユーリを守ると決めたんだ」


 さすがに兄と名乗る勇気はなかった。自分は彼を殺してしまった張本人であるから。


 マキバは逃げるようにビドの町から離れ、ユーリと共に音楽をしながら旅を始めた。戸惑うユーリを守れるのは自分しかいなかったのだ。自分は全てを知っていた。


「俺は化け狐だ。だから人間よりは鼻がいいし、闇の中だっていくらでも駆けられる」

「……」


「ユーリには言うなよ。思い出してほしくないし、もしもばれたら、もう俺は傍にいられない」


 間接的にでも自分の兄を殺した狐が隣にいるなんて嫌だもんな、とマキバは自虐的に言った。


 マキバのせいじゃないだろ、とそらは口走りそうになったが、何とか堪えた。そんなことを言わなくたって彼は分かっている。それでも全ての罪を背負うと覚悟したのだ。


(でも、ユーリは……)


 きっと彼は既に記憶を取り戻している。そして、マキバが狐だと知っている。前にユーリに、マキバの人並み外れた能力の理由を聞いたとき、訳知り顔で苦笑したのを見たからだ。


「大丈夫だよ、マキバ」


 そらは呟いた。背中をぐいっと押すと、鼻をすする音が聞こえた。どきりとしてその顔を覗き込むと、ぼろぼろと涙をこぼしている。


 リトがあはは、と明るく笑った。


「そらの次はマキバが泣いてる」

「ばっかやろう。俺は今まで一人で抱えてきたんだよ。大丈夫とか言われたら、泣くだろうが……」


 目が慣れてきて、マキバの瞳からきらりと光るものが零れるのを見た。

 涙を流すたびに自分達は強くなれる。そう確信した瞬間だった。


「くく……マキバのこと、十倍くらい好きになった」


「その言葉、そっくりそのままお前らに返す」


 さあ行こう、と三人は目の前の古い教会を睨みつけた。


次回【第六章】ビド(七)は 今日2017年5月6日23時 投稿予定です。


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