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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第一部】王国逃亡
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【第六章】ビド(五)

 怖い。

 自分の中を何か悪いものに侵食されていく恐怖。

 精神を、魂を、食い荒らされていく。


 殺してほしい。無理なら逃げてほしい。俺はもうすぐ、変わってしまうから。


「……眠れねえんだよ。いや、すっげえ眠いんだけど、寝た瞬間壊れそうで」


「クロノさんなら戻ってこられますよ」

「お前なあ!」


 クロノは感情任せに怒鳴った。


 その信頼が、鬱陶しい。


 まずい。止めなければ。

 そう思ったのに言葉は止まらない。


「お前、俺に何されたか分かってんのか! 噛まれたんだぞ? 血が出るほど。俺は怖い。何で一番守りてえものを傷つけなくちゃいけねえんだよ!」


「クロノさん」


 まるで八つ当たりだ。本人は突然怒鳴られてぽかんとしている。そらは何も悪くない。自分ばかりイライラしている。


「へらへら笑って誤魔化されるくらいなら、もっと責められた方がマシだ。マキバもリトも。責めればいいだろ、何で止められなかったんだって。そらから離れろって」


 まずい。まずいって……。


「その優しさが、鬱陶しい。言っとくけどな、次はお前をもっと傷つける。早く死ぬべき俺より先に、お前を殺すかもしれない。これ以上俺に罪を背負わすなよ!」


「違う、クロノさん! 俺は」


「偽善だって言ってるんだ。俺がもういいって言ってるんだから、いいんだよ。なんで会って一か月も経たねえ奴を命がけで守る? 少しの間一緒にいたから、脳が麻痺してんだ。運の悪い可哀想な人だから同情して生かそうとしてんだ。でも俺は死んだ方が楽で、生きるのが苦しい。分かれよ」


 止まれない。喉が渇いたと頭の片隅でふと思った。集中が途切れて、思ってもいないことまで口走ってしまう。


「それとも何? ……同性愛ってやつ?」


 一瞬の間があって、それから、そらの瞳に鋭い光が宿った。

 乾いた音が脳に直接響いて、その後、熱い痛みが頬を支配した。そらと至近距離で目が合う。泣きそうだ。……いや、泣いている?


 叩かれたのだと理解するのに、時間がかかった。


「人でなし! よくも人の心をそんな風に踏みにじれますね! ふざけんな!」


「だから、それは」


「黙って聞いてりゃあ同情やら偽善やら勝手なことぬかしやがって……。俺がクロノさんの気持ちも考えないでここまで無茶してると思ってるんですか? 最低ですね……。俺だって、このまま突き進んだらクロノさんを壊すことになるかもしれないって、分かってますよ。死んだ方が絶対に楽だって……っ」


「な……」


「クロノさんが俺を傷つけて、俺以上に傷ついてること、分からない訳ないでしょう……? それに、苦しめてることも分かってる。それで、無理矢理クロノさんを生かそうとした俺が偽善? いいことしてると思ってあんたを生かした訳じゃないです! ただの自我ですよ! 愛かどうかは知りませんが、あんたのこと、死んで欲しくない程度には思ってるんです! 勝手に自分の都合のいい方にもっていきやがって! 感傷も大概にしろ! ふざけんな!」


 あ……これはまずいパターンだ。本当に終わりかもしれない。

 そらの剣幕に押されながら、頭の片隅でふと、そんなことを思った。大人しく最後まで聞くつもりだった。しかし、全てを受け入れられる程大人ではなく。


「そんなに死にたいなら、勝手に死ねばいいじゃないですか! 一人では死ねない弱虫のくせに!」


「てめえっ……」


 思わず怒鳴り声を上げていた。

 殴られると思ったのだろう。そらが目を瞑った。


「……」


 もちろん、今の自分にはそらを殴ることなど出来ない。鎖が絡んでいなければ、思い切り殴り返していたが。


「クロノさんの馬鹿」


 いつもの「ばか」じゃなくて、もっと棘のある声だった。

 そらは、その場から一刻も早く立ち去りたいかのように駆け足で外へ出ていった。


「……おい、どーすんだよ、この状況」


 項垂れたままのクロノに、痺れを切らしたマキバが声をかける。

 リトはそらの後を追って行ってしまった。


「そりゃあそらも怒るぜ。あんな言い方されたらさ。あんた、本当に性格悪いなあ」


「うっせ……何だ? 喧嘩売ってんのか?」

「上等。なあ、最後のは勢いだろ? その前の……、本当にそらが同情だけで動いてるって、そう思ってたわけ?」


「……」


 答えを待ちながら、じっとクロノの横顔を見ていると、やがて彼は細い目を開けた。


「分かんねえんだよ……。訳わかんねえ。なんで自分のことでもないのに、あんなに必死になれるんだよ……」


「好きなんだろ。単純に。あんただって、好きだからこんなに必死に」


「軽々しく言うなよ。男同士だぜ」

「じゃあ何で泣いてんだ?」


 クロノは俯いたまま、首を横に振った。


「分かんねえよ……」

「あんた、ほんとにそらのこと好きだな」


 低く掠れた声にマキバは目を細めた。

 彼は優しいと思う。


(どうしてこう、頑ななんだろうな)


 自分がいなくなれば誰も傷つけなくて済む。自分がいなくなればきっと全てが平和に終わる。

 そう感じれば感じるほど、追い詰められて、苦しくなっていく。

 挙句あんな怪我を負わせて……しかも相手はそらときた。


 クロノにとって一番大切な存在であろうことは、周りから見ていても分かる。鬱陶しい程に。


(あんたの苦しみもよく分かるよ……)


 痛くないなんて見え透いた嘘は要らないのだ。あんなに深く噛まれて痛くない訳がない。それなら素直に痛いと言って欲しい。思う存分責めればいい。お前のせいだ、とはっきり言ってくれればいい。

 それなのに、そらはへらりと笑うから。


「……何で、あんただったんだろうな」


 どうして悪魔はクロノに憑りついたんだろう。それならば、こんなに苦しい思いを……そらと出会うこともなかっただろうに。


 それしか言えなかった。


 少しの間俯いていたクロノだったが、帰ってこないそらとリトが心配になったのだろう。顔を上げて、行けよ、と言った。

 ビドの町は危ない。もしも兵に見つかれば。


「悪い、マキバ。こんな調子だからユーリも助けられねえ。あと……勝手だけど、そらを頼むわ」


次回【第六章】ビド(六)は 明日2017年5月6日23時投稿予定です。


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