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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第一部】王国逃亡
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【第六章】ビド(四)

「え?」

「冗談だよ」


 自嘲気味に笑みを浮かべる。彼は再び歩き出した。何かに集中しているようだった。


「とりあえずそらを探すぞ」


 そらの足跡が彼には見えているようだった。においを追っているのだろうか。

 リトは先程彼が零した言葉を冗談として受け取れなかった。


 丈の長い草が鬱蒼と生い茂った、この暗い道を、そらは一人で進んでいったらしい。襲われたのはきっと夜だろう。クロノを置いていく彼が、どれほど心細かったことか……。


 やがて、二人は乾いた地面に踏み外した跡を見つけた。足場が崩れたらしい。ふたり分の身長ほどある崖の下で、草むらが不自然に萎れていた。


「あいつ、一人で助けに行ったんだ」


 こうしてマキバの並外れた能力のおかげで、クロノが幽閉されている場所に辿り着いたわけだが……。

 そらが壊したと思われる排気口の入り口をくぐり、後ろからついてきているリトに、マキバは小声で声をかけた。


「待てよ、リト。なんか……」

「うん?」


 彼女は少し首を上げ、こっそりと窺うようにして中を覗いた。クロノにしがみついているそらが見えた。何か話している。


「行くんだよ、もういいから」


 見ると、クロノの身体には幾重にも鎖が巻かれていた。相当暴れたらしく、手首にも足首にも、ひどい出血の跡がある。二人はどうやらビド兵が来た時のことを考えて話しているらしい。

 そらが泣いている。クロノは静かに笑っていた。


 ここで空気を読まずに出ていく方法を、二人は知らなかった。


「全部悪い夢だったことにしちまえ」

「どこに行けばいいんですか」

「村に帰れよ。言い訳くらい思いつくだろ?」


「クロノさんに拉致られたとか?」

「合格。ひっでー傷だしな」


 クロノは身体を揺すってそらを離そうとした。しかし、そらに動く気配はない。断固として離れるまいと思っているようだった。クロノは長い息をつき、宙を見上げていた。


「そら」


 恐る恐る、マキバは後ろから声をかけた。


「マキバっ?」


 そらが慌ててクロノから離れる。驚いたらしく、目を見開いていた。恥ずかしさを隠しきれていないそらにほっとして、マキバは思わず笑みを浮かべた。


 そらはやがて我に返り、涙に濡れた顔を乱暴に拭った。ぼやけている視界のなか一人足りないことにすぐ気づいたらしい。


「あれ。ユーリはどうした?」

「……ビドの奴らに連れていかれた」


「え?」


 クロノが声を低くして尋ねてくる。


「どういうことだ?」

「ユーリはここの出身だ。ここで生まれた。俺が……ああ、俺が連れ出したんだ。何年も前に。で、昨日奪い返されたってわけ」


 マキバは口元だけで笑った。相変わらず声は震えている。今一番苦しいはずのクロノに落ち着いた視線を向けられると恥ずかしい。歳が少し違うだけで、こんなに落ち着き払ってしまうものなのか。


 ……いや、相手は軍人だ。これより悲惨な状況に幾度も遭っているのかもしれない。

 こちらばかり虚勢を張っているようで悔しかったが、この生意気な口はすぐには治らない。


「だから、あんたにここで死なれたら困るんだよ」

「成程。まだ働けってか」


「あんたがアンデに来てたことを誰にも言わなかった。恩に着てもらうぜ」

「恐ろしい奴だなー……」


「どうとでも言え。ユーリを連れて帰る。リトも、そらも、ここから連れ出す。クロノ、あんたの力が必要なんだ」


***


(俺も弱いな……)


 どうやら自分は、外側からの攻撃はある程度防げるが、内側からじわじわと追い詰められると弱いらしい。


(さっき、本気で死にたいって思った)


 そらの怪我を見たとき、もう終わりだと思った。自分は何よりも大切なものに手を出してしまったのだと。

 先程から頭が重い。おかしな薬を盛られたからだろうか。色のない、真っ白な部屋に閉じ込められていたからだろうか。


 あんなに赤で染まっていたそらの腕の血は止まっていた。自分が寝ている間に拭いたのか、そこに血を流した跡は残っていない。しかし噛まれた跡はしっかりと残っている。


(痛そうだな……)


 そらの腕をじっと見ていると、その視線に彼は気づき、こちらを心配そうに見た。

 言葉が出てこない。

 そらが尋ねてくる。


「どうしました?」

「え、いや?」


「いや……殺気立ってますよ」


 そらの上手く言い表せない疑問を、リトが引き継いでくれた。


 はっと我に返る。

 え? 殺気立ってた?


 ぽかんとしていると、そらが笑った。


「傷はもう大丈夫ですよ。全然痛くないし、ちゃんと薬も塗ったし」

「噛まれたのか? そら」


 くっきりと残っている跡に気付き、マキバが顔を顰める。


 そらは先程の毒草が入った袋を荷物から取り出し、リトとマキバに見せた。それはガラス瓶の中で紫色に怪しく光っていた。

 そらはマキバとリトにヤジニグサの存在を話した。


 この毒薬は人を混乱させ、少しずつ壊していくのだと、解毒剤さえ飲めばなんでもないことだと、そう説明した。

 二人からこちらに視線を移し、そらは尋ねてきた。


「でも解毒剤の副作用とかもありますし。今だって相当無理してるんじゃないですか」


 そらに隠し事はできないらしい。苦笑して、


「ああ……ちょっと、きついんだわ」


 と正直なところを口にした。


「たぶんこの体じゃあ役に立てねえぜ」


 ここで無理をすれば、後でもっと彼に酷いことをしてしまうかもしれない。どうか置いて行って欲しい。

 時間の問題だ。少しずつこの体は蝕まれていく。


 しかし、三人の反応はクロノをいたわるようなものだった。


「少し寝た方がいいんじゃねえか?」

「まだ日付も変わってないし、少しは眠れますよ。あとは私達が作戦練りますから」


 当人は素直に頷く訳にいかなかった。


次回【第六章】ビド(五)は 今日2017年5月5日23時 投稿予定です。


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