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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第一部】王国逃亡
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【序章】雨(四)

 城の裏に、数年かけて掘った地下へと続く穴があった。

 本当はザイルを殺してから連れてくる筈だった。


(どうしてこの人が……)


 自分より少し身長の高いクロノを背負う。


 非常事態のために持っていた薬。以前、闇取引で買い求めたものだった。

 《闇の方》の手下や他の「まとも」な兵から逃げ切れるか不安だったが、案外簡単に事を運ぶことができた。

 

 中に入り、入り口を土色の煉瓦で塞ぐ。

 

 同志であるサフランが作ったものだ。彼は物作りの、いわゆるプロフェッショナルで、この煉瓦も外からは絶対に分からないようにできている。


 闇を抜けると、広い空間に辿り着いた。此処が自分達のアジト――作戦会議室である。

 灯りを点け、クロノを古いソファの上に寝かせた。


 やっとコガレは長い息を吐いた。


(まずいことになった……)


 とりあえず、此処に居れば《闇の方》の目は届かない。

 他にもいくつか地下に通路があり、ここが見つかった時に逃げる場所も用意していた。何しろ命懸けである。


 しばらくして、サフランも息を弾ませながら帰ってきた。


「コガレ、何とか鏡の破片を回収できたよ。……あれ?」


 コガレは尋ねられる前に言った。


「悪い……ビャクは殺された」


 ビャクが最期まで左手首に巻いていた錆びた赤の布を掲げる。同じ布を、自分は首に、サフランは頭に巻いていた。隣に居たのに、何もできなかった。

 あそこでビャクを守ろうとすればふたりとも殺されることになる。自分にはサフランひとりを残すことなどできなかった。いっそ、殺されたのが自分だったら良かったのにと思う。


 しかし、サフランはじっとコガレを見つめて、首を振った。


「遅かれ早かれ、僕達もいずれ死ぬ。分かってたことだろ。コガレが謝ることない」


 そう強がるサフランもまた、血が滲むほど拳を握りしめていた。そしてクロノに目をやり、また苦い表情を浮かべた。


「……やっぱり、殺せなかったんだ」


「ああ。この人を殺すことだけはできない。お前もだろうが」


「師範も運が悪いなあ……」


 しばらく二人はクロノの寝顔を見つめた。本当に死んでしまったのかと思うくらい、ぴくりとも動かない。


「どうする? 今なら楽に逝かせてやれる」


「嫌だな、この人の死に顔を見るのは」


「嫌だなあ……」


 その言葉を最後に二人は黙りこんでしまった。


 もうすぐ薬が切れてしまう。クロノが目を覚ました時、彼に訪れるのは不幸だけだろう。迷っている時間すら、今の自分たちには無かった。


 コガレも五年前までは見習い兵だった。もらったたくさんのものを忘れはしない。忘れることなどできない。


「……逃がしたら、どうなるだろう」


 ふと、コガレは呟いた。


「え?」


「師範、俺が捕まえようとした時はいつもの師範だったと思う。俺の名前も呼んだ」


「魔に喰われてなかったってこと?」


 サフランの瞳に希望の色が宿った。


「それに、雨だって一瞬止んだの、気付いたか?」


「どうしてだろう」


「分からない。でもこの人なら、本当に魔を葬ってくれるかもしれない」


 自分達がやっている、ほとんど不可能に近いことを、クロノはやってのけてくれるかもしれない。


「でも、死ぬ以上に辛いことが待っているのも事実。ここを出れば俺達はもう手助けできない」


「師範の判断に任せるしかない、か……」


 サフランがそう溜息をついた時、当人が「う……」と呻き、目を覚ました。

 薬が切れたようだ。


「師範、大丈夫ですか」


 サフランが慌てて水をコップに入れて持っていく。


 彼は元々、クロノにひどく懐いていた。しかし《闇の方》の血なまぐさい仕事を引き受け出してからは、その後ろめたさからクロノに会いに行こうとしなくなった。


(……尻尾が見える)


 コガレは目を細めた。


 クロノが片手で頭を抱えながら起き上がり、

「サフランか? どうして……」

 と尋ねる。


 記憶は自分が薬をかがせた辺りから途切れているはずだ。


「俺達のアジトです、少し小さいですけど。時間がありません。師範、よく聞いて」


 ぽかんとしているクロノを待たず、サフランは続けた。


「あなたのなかに魔が入り込んだのは聞きましたね」


「……」


「《闇の方》はその魔の力を欲しています」


「力?」


「魔の復活には憑代が必要だった。《闇の方》はザイルを騙そうとしましたが、ザイルは死に、憑代はあなたに」


「……憑代は、どうなるんだ」


「永遠の生とこの王国を崩壊させてしまうほどの力を手に入れる」


 横で聞いていたコガレは一瞬ぞっとしたが、相手はクロノだ。信じて、何も言わなかった。

 自分たちの読み通り、クロノは少し驚いたようではあったが、後は落ち着いたものだった。

 彼にとって王国を支配することは、教え子に手取り足とり武術を教えることと同じくらい面倒なのだろう。


「……どうせ、裏があるんだろ?」


 これにはコガレが答えた。


「大当たり。その力を欲したとき、あなたは人でなくなる」


「化物か」


「《闇の方》は自分の魔力で憑代を思い通りに操れると思っているようですが、難しいでしょうね」


 コガレは自分の思いを続けた。


「正直に言うと、いくら師範でも魔には勝てないと思ってました」


「俺の信用はそんなものか」


「いや、悪魔憑きとはそういうものかと。でも師範は師範のままで、雨も止んだ」


 不思議だった。《闇の方》でさえ力を制御できるはずもなく、気の狂ったザイルに殺されるのがオチだと考えていたのだ。自分達は最初から、ザイルが憑代となった瞬間、殺そうと計画していた。


 まさか鏡が割れてクロノが憑代となるなど、夢にも思わなかったのだ。


「……歌が聞こえた」


 額に手を当てて、ぼそりとクロノが呟いた。


「歌?」


「……少年の声だった、と思う」


「あの時、周りで歌っている人間なんていませんでしたよ。ただ、何らかの不思議な力が働いたのも事実ですが」


 考えても分からなかった。

 あの状況でクロノの魂が魔に喰われなかった理由。


「歌……また聞こえますかね」

 サフランが尋ねる。


「幻聴だったのかもしれん」


 どちらにしても、遅かれ早かれまた雨は降りだすだろう。

 魔がクロノの中で生きている間は。


 コガレとサフランは居住まいを正した。


【序章】雨(五)は 2017年4月15日23時 投稿予定です。

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