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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第一部】王国逃亡
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【第五章】赤い影(六)

 そんな夜が三晩続いた。寝る間も惜しんでふたりは話し込んだ。

 互いのことは一切話題にしない。ただ、この王国について延々と話し続けた。


 あるとき、長老が幼子を見、言った。


「この子はもう、助からんじゃろう」


 女が場を離れたときのことだった。


「……」


「この世では、受け入れがたい出来事がたくさん起こる」


 そらが黙って唇を噛みしめていると、長老は続けた。


「どこまで行くのか知らんが、この旅で色々なものを見ろ。お前は豊富な知識を持っているが、心がそれについていけてない。真っ直ぐすぎて柔軟性に欠けている。それがお前のなかで矛盾を作っているのじゃ」


「矛盾……」


「ああ。今だって、この子が助からないことを知っているのに、心のどこかでもしかしたらと思っている。王国の悲惨な現状を事細かく知っているくせに、お前はまだこの世界を信じている。でも経験がないから信じていたものに裏切られたとき受け入れることができない。苦しいだろう? そんなことを続けていたら、いずれお前が潰されてしまうぞ。そこには何も残らない。ただ、知識に殺される」


「……」


「遠く、遠く旅をしろ。多くを見て、多くを肌で感じろ。知識と経験が揃ってはじめて受け入れられるものがある。そこには新しい芽が生える」


***


 それから数日経ち、真昼の月に見守られながらその幼子は息絶えた。

 床に手を突き、そらが女に向かって深く頭を下げるのを見た。ごめんなさい、と掠れた声で何度も謝った。


 女はうつむいたままだったが、そらが部屋から出て行くとき、ありがとう、と一言、彼に伝えた。


 それから逃げるようにして村を出たが、道中そらは一言も喋らなかった。


「ちょっと休むか……」

「俺は大丈夫ですよ」

「馬鹿野郎。ちょっと顔洗ってこい」


 ひどい顔だ、と水の音がする方向を指さすと、そらは大人しく頷き、いつもより少し狭い歩幅で歩いていった。


 それから何十分も、何時間も待った。


 クロノも、そらの気持ちが落ち着くまで待つつもりだった。

 しかしあまりに遅く、心配し始めた頃、そらと一緒にいたはずのネズミがこちらにやってきた。


「どうした?」


 慌てている様子はない。悲しそうな目をしてこちらを見つめてくる。

 きっとこのネズミにはどうしようもなかったのだろう。相当参っている様子が伝わってきた。


 ネズミを肩に乗せ、腰を上げた。


 水の飛沫を顔に受けるくらい川に近い場所で、そらはちょこんと座っていた。途方にくれたように膝を抱えており、小さい背中がさらに小さくなっている。


 何時間もそうしていたのだろうか。堪らなくなってクロノは声をかけた。


「そら」


 ぴくりと肩が震えたのが見えた。きっと聞こえたのだろう。返答は無かったが、クロノは続けた。


「神様じゃない。人の生死なんか、簡単に操れないのは、分かるな」


 水の音がうるさくて、本当に聞こえているかどうかも怪しいところだ。

 それでも自分の考えを伝えたかった。


「後悔しなくていい。でも、忘れんな。……覚えててやれ」


 ぐすっと鼻を啜る音が聞こえ、それからそらは立ち上がった。そのまま川で顔を洗い、クロノの方に向き直る。

 彼は気弱な笑みを浮かべた。



次回【第六章】ビド(一)は 今日2017年5月3日23時 投稿予定です。


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