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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第一部】王国逃亡
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【第四章】思い(七)

 戸惑う。違う、とも言い切れないし、そうだな、と言うのも安易すぎる。

 何しろどちらも男だ。


「まあ、おぬしが否定するならいいが」


 意味深な言葉を残したまま、こうは立ち上がり、


「これを」


 と一枚の紙切れを、節くれだった指でクロノに渡した。


「?」


「危険な旅だと聞いている。そらに何かあったら来るといい。借りは必ず返すと、そう伝えてくれ」


「……分かった。必ず伝えておく」


 必ず。その言葉をこの短い間に何度聞き何度言っただろうか。

 どうしてそんな言葉を自分達は信じられるのか。


 こうが去り際に、不器用な笑みを浮かべた。一瞬だけそらの寝顔に視線をやる。


「寝顔はまだ幼いな」


「ああ。起きてたら生意気だが、寝顔だけは可愛いよ」




 明け方、まだ陽が昇らないうちにクロノは目を覚ました。

 代金をカウンターに置いた時、台所でうとうとしていた女将が目を覚ます。


「……ああ、もう出発かい」


「すみません、長くお邪魔しました」


「これを持っていきな」


 近くに置いていた弁当箱を風呂敷に包み、クロノに持たせてくる。ずし、とした重さが伝わってきた。


「いいんですか」


 驚いて尋ねると、小さく欠伸をして、彼女は頷いた。


「おかしな夢を見たんだよ。ねえクロノ。あんたが必死に走ってるんだ。あんたは望み通り死んでいたはずなんだけど」


 この旅の目的を、クロノは伝えていた。きっとここにはもう戻らないと。


「……それで、俺は?」


「そらを探してた。でもそらは少し前にここを出てしまっていてね。急いで追いかけなさいって私は言ったんだ。きっと追いつくからって。嬉しかったなあ……。ああ、やっぱり全て嘘だったんだって」


 そらの肩がぴくりと動いた。眠ったふりをしている。クロノの答えを女将と一緒に待っているようだった。


 うっすらと、女将の目尻には涙。寝不足のせいにしたいのか、先程からせわしなく欠伸をしている。


「……俺は、生きたい」


 ややあってから、ぽつりと、クロノは言った。どうしても、女将と目を合わせることはできなかった。


 明日自分が自分であるかどうかすら危うい。もしかしたら、もう手遅れかもしれない。いっそここで終わらせた方が楽である。


 それでも今は生きたいと願う。


「また顔をだしておくれ」


 クロノは少し笑い返すと、返事はせずに宿から出た。


 そらがついてきていないことを思い出し肩越しに振り返ると、それまで話していた二人の顔が一瞬笑顔になるのを見た。そらが何か言ったようだった。


--必ず。


 こちらが足を止めて待っていることに気付いたそらが大きく手を振った。

 もう一度女将に笑顔を向けて、一礼してから、走ってやってくる。


 雨で崩れた地面を踏みながら、まだ眠っている町を、二人は後にした。



次回【番外編】ゆめうつつの兎 は明日2017年4月29日23時 投稿予定です。

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