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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第一部】王国逃亡
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【第四章】思い(三)

 夜道をずっと走っていると段々目が慣れてきて、少し先の道まで見えるようになった。

 そらはマキバの言っていた、人が踏み外した後を見つけ、そこから大声で叫んだ。


「クロノさんっ、クロノさんっ……」


 返事はない。

 何度も叫ぶが、自分の声がひたすら闇に吸い込まれていくだけだった。


 こんな風に、誰かの名前を一生懸命呼んでいたことがあったような気がする。今手を伸ばさなければ、もう二度と届かない。


「……さ」


「そら危ない!」


 ふわりと体が傾く。

 伸ばした手に触れるものなどなく闇の底へと足を踏み出したそのとき、後ろから手が伸びてきてそらを抱き留めた。


「あ、あっぶね!」


「何考えてるのよ、ばか!」


 ばたりと後ろに倒れ込み、そらは目を見開いたまま、お母さん、と呟いた。

 何も掴むことができなかった手を、もう片方の手で抱きしめる。


「大丈夫、そら」


 ユーリが顔を覗き込んでくる。

 慌てて目を擦って、そらは皆の顔を見回した。


「お前ら……どうして」


「心配してきちゃった」


 穏やかな声に、強く出ることができなかった。

 言いかけた拒絶の言葉をごくりと飲み込む。


 マキバに手を引かれ、よろよろ立ち上がった。


「ほら、みんなで探す方が早いよ」


 ありがとう、とそらが言いかけると、不意に風が立ち、鋭い寒さが四人を襲った。

 目を瞑った瞬間、何者かが近づいてくる気配がした。


 左……?

(違う、上だ!)


 そらははっとして、隣にいたリトを庇った。


「そら!」


 普段穏やかなユーリの声が、今は緊迫している。


 背中に火傷のような痛みが走る。思い切り、何かに叩かれたのだ。

 そらは立ち上がり、闇のなか、自分に打撃を与えた存在を探した。


 マキバも不穏な気配を察して

「ユーリ、離れんなよ」

 と背後にユーリを押しやった。


 ハニが慌てて、そらの荷物の中に入り込む。


 そらは手製の爆薬に火をつけ、目の前に立ちふさがる黒い影に投げつけた。ウォックの町での経験からいくつか作ってあったのだ。

 その爆発は、範囲こそ小さかったが、確実に強烈なダメージを与えた。

 飛び散った液体はそのまま地面に消えていった。


 そらは木の上に誰かが立っているのを見た。


 黒髪の美しい女だった。

 彼女は木の上に立ち、苦しげな表情でそらを見下ろしている。


「お前、あの女によく似ておる……」


 黒髪の女は呟いた。


「あの女?」


 そらの記憶の片隅で、目の前の女の姿が何かに重なった。彼女を……知っている。


「……誰」


「まさか記憶が?」


 そう言ったのは、黒髪の女ではなかった。

 振り返ると、自分と同い年くらいの少年が背後に立ち、感情のない瞳でそらを見つめていた。


「アオイ、知っておるのか」


「知ってるも何も……青丹あおにさん、彼はあきづきの……」


 糸が切れたように、女が笑い出した。それは、眠ってしまった山々に、遠く響いていく。

 彼女は自分の過去を知っているようだった。


「あれだけ悲しい思いをしたのだから、忘れなければやってられぬわなあ」


 どきりとしてそらは腰を引いた。


「やめ……」


「私は全てこの目で見届けた。教えてやろうか。お前の両親はな」


「そらァッ!」


 女が口を開いたのと、クロノの声が聞こえてきたのはほぼ同時だった。


 再び、月光が明るく辺りを照らす。

 クロノの姿が大蛇の向こう側に見えて、そらは顔を明るくした。


「クロノさん!」


 今行くからな、という声を無視してそらは走り出した。黒い影が行く手を邪魔する。しかし、止まることはない。


 クロノは驚いて--しかし、すぐに状況を悟ると両手を広げた。


「真っ直ぐ来いよ!」


 そう言ってにやりと笑う。


 そらと大蛇がぶつかった瞬間、もう一度、爆発が起こった。

 

 爆風で飛ばされ、勢いのついた体は、衝撃を持ってクロノにぶつかった。

 それでも彼はしっかり抱き留めてくれた。


「無茶するなよ……」


 ふっと安堵の息をついた。


「ちょっと遅すぎますよ……。どこで道草くってたんですか?」


 鋭く睨むと、彼はわざとらしく肩を竦めた。


「本当に可愛くねえな……。好きで遅くなった訳じゃねえよ」


「可愛さなんて求めてませんよ」


「二人とも、何バカなこと話してんだ! 前見ろ、前っ!」


 マキバの怒鳴り声で我に帰る。

 あっと思ったときには、既に大蛇が襲い掛かってきていた。


 しかしクロノは焦ることなく、面倒臭そうに刀を抜き、その胴体をばさりと切った。


 目の前の少年を見て「アオイ」と呟く。


「何が目的だ?」


「師範。あんたをあの人の下に連れていく」


 女がくすりと笑った。


「しかし、さすがはいなが憑代とした体。死ぬことはよもやあるまいが、ここまで動けるとは……」


 クロノの眉間の皺が深くなった。助かったのに不服そうだ。何か、あったのだろうか。

 ぐいと目の前の裾を引くと、彼は一瞬どきりとしたように肩を震わせた。


「こんな風に生きていてもいいのかねえ」


 そう、聞き取れるか聞き取れないかくらいの小さな声で笑う。


 戸惑う。


「馬鹿言わないでくださいよ……」


 そう言うと、クロノはわずかに頷いたようだった。


「さっきは少し油断したが、次は負けねえ」


「この大蛇たちに勝てると?」


 先程とは打って変わって、クロノは不敵に笑い、


「こいつがいるからな」


 と、そらの頭を軽く叩いた。


 そらが頷き、構えると、こっそり耳打ちしてくる。てっきり正面衝突するのかと思いきや、なにやら面白そうなことを考えているらしい。


「効きますかねえ」


「大きくても蛇は蛇だ」


 暫く考えていたそらだが、ふと、さらに面白いことを思いついて、にやあ、と笑った。


「……任せて下さいよ」


次回【第四章】思い(四)は 明日2017年4月27日23時 投稿予定です。

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