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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第一部】王国逃亡
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【第四章】思い(一)

「今、なにか、声がした?」


 それはごめん、と謝るような声だった。一瞬、何かが繋がった気がした。


 〝木の宿〟の一室、そらが寝泊まりしている部屋にリトとマキバ、そしてユーリが集まり、丸机を囲んでいた。


 陽はとっくに沈み、下の酒場は賑わい始めている。


「なにか聞こえたの?」


 リトが尋ねてきたので、そらは曖昧に頷いた。


「うん。でも……空耳かも」


 そうであってほしい。聞いた声が、あまりにも切羽詰まっていたから。


 そらは再び手元の楽譜に目を向けた。それはそらがよく歌う、秋祭りの歌の楽譜だった。

 マキバ達が旅の途中で手に入れたものだ。長い間鞄に入れていたのか、所々皺になっている。


 腕を組みながら、マキバが口を開く。


「この歌、地域によって歌詞が色々なんだけど最初と最後は絶対同じなんだよなあ」


「確かに……。途中は俺が知ってる歌詞とずいぶん違うけど、はじめと終わりだけは合ってる」


「九十三日の夜っていつのことだ?」


「秋祭りの日から九十三日後に、鏡を沈めるのかな?」


 ユーリの言葉で、そらは秋祭りの夜のことを思い出した。たしか、どの年も月が大きかった。


「そういえば秋祭りって、どの村でも絶対同じ日にやるんだって」


「え、なんで」


「その日、月が一番近づく。エレム村にも月を一年中観測する役があるよ」


「へえ……月、か……」


 そのとき、そらの荷物からハニが出てきて、がりがりとドアをかき始めた。


「どうした、ハニ」


 そらが尋ねても、何の反応も示さず、ハニはひたすらドアをひっかく。

 不信に思ってドアを開けると、その隙間からハニは外に飛び出していってしまった。


「ハニっ!」


 慌ててその後を追う。

 ハニは階段を下り、食堂を抜けて、そのまま夜の闇の中に溶け込んでいった。


「どっちに行った……っ?」


「うーん、こっちだな」


 マキバが町の南を指さす。それは、自分がやってきた方向だ。


「すごい。なんでわかったの?」


 そらの質問には、ユーリが訳知り顔で笑い、答えた。


「マキバは夜目と鼻が利くから」


 走り出したマキバをそらとユーリ、そしてリトの三人はひたすら追いかけた。そらも足には自信がある方だが、マキバには敵わなかった。


 町を出て、草木を掻き分けながら、山の奥深くへと入っていく。


「人が倒れてる!」


 リトが一番に叫んだ。


 確かに、人がうつぶせになって倒れている。


 ハニはやっとそらの元に戻り、肩によじ登ってきた。

 同時に、リトも腕にぴたりと身体を寄せてきた。その手はかすかに震えている。


 よろよろと眩暈を覚えながらもそらは倒れている人影に近づいた。


「……うわ、ひどい出血だ」


 抱き起こしてみると、同い年くらいの少女だった。

 足には布が巻かれている。しかしそれでもまだ止まらぬ血が、地面を濡らしているのが分かった。


「う……」


「大丈夫か?」


 少女は必死に何かを伝えようとしているようだった。


「あの……人を、助け……」


「あの人?」


 慌てて辺りを見回したそらは、少し離れたところで何かがきらりと光るのを見た。それは、刀だった。


 片刃の劔。


(どういう……こと?)


 拾い上げる。ウォックの町でクロノから渡され、離れる前に返した、あの短刀だ。装飾のない、墨色で、触った時にどこか柔らかみのある柄の感触。


 ……しかし、クロノがそう簡単に武器を手放すとも思えなかった。


 マキバが崖の方から叫んだ。


「ここ、踏み外した跡があるぞーっ!」


 指が震えた。


(まさか、そんな)


 息を吸い直し、そらは立ち上がった。

 とにかくこのままではいけない。三人を見、そして戸惑いながら少女に視線を移した。


「このままじゃ、拙い」


 先程の言葉を最後に少女は気を失ってしまった。失血性の貧血を起こしていたのだ。

 そらは帯を外し、慣れた手つきで彼女の腿のあたりを強く縛った。そして先程の布で傷口を強く押さえる。


「どうする。このままじゃ助からない」


「放っておくなんてできないわ。宿は大丈夫よ。裏口があるし、大事にはならない。前に旅人を介抱したこともあるんだから」


 マキバが口を挟んだ。


「このご時世に珍しいな」


 他人の不幸など、関係ない。だって、自分達が生きることだけで精いっぱいなのだから。……今のクレアス王国は、そんな状況になりつつあった。


 そらは黙ってマキバとリトの会話を聞いていた。


「大体、この服ツテシフのだけど……」


「マキバ……っ!」


 暗がりの中、リトの視線がマキバに突き刺さる。

 まあ待てよ、そう彼は制して、続けた。


「ほっとしたよ。お前の言葉聞いて」


「……」


「……あんたの宿みたいな場所が、この世界には必要なのかもしれないな」

 

 そらは少女を抱き起こす。


「リト、女将さんにこのことを伝えて。あと裏口を開けてもらえるように頼んで欲しい」


「了解っ」


 そらは毛布で少女の身体を包んだ。


「マキバ、ユーリ、このままこの子を連れて行って」


「そらは」


「俺は……」


 見回すと、皆、心配と不安が入り混じったような表情をしていた。


「俺は少しだけこの刀の持ち主を捜しに行く」


 抜かれたままの小刀を掲げた。月光を受けて、その刃先がきらりと光った。

 そのまま角度をずらし、刃こぼれした刃先を見せる。


「……連れの私物なんだ」


「まさか、ク……」


 クロノ、と言いかけたリトを、そらは制した。狼狽しているかと思いきや、案外自分は冷静だった。この名を知って尚、自分たちと関われば、マキバやユーリの立場が悪くなる。


 マキバとユーリは少女の方に気がいっているようで、二人の一瞬の沈黙に気付くことは無かった。


 この道を選んだことは後悔してない。でも、それなりの覚悟はあった。今、王国を敵に回していること、自分周りを裏切っていること、すべてわかっている。

 わかっているからこれ以上巻き込むことなんてできない。


「大丈夫なの?」


「うん。必ず戻るって、約束した」


「分かった。……気を付けて」


 *


 暗い道をひとり、男が歩いていく。


 肩から下げている古びた鞄は、歩くたびに重く揺れ、不健康に痩せた体は妙な足取りでふらふらとよろめいた。


「ん……?」


 かすかに血の臭いがして、男は立ち止った。首を傾げ、神経質そうに周りを見回す。


「マキバっ、ユーリっ、お待たせ!」


 不意に自分の背後から足音が追ってくると同時に、少年らしい声がして、彼は振り返った。

 その足音は近くまでやってきて、男の横をすり抜けていった。小柄な少年だった。


 そうか、血の臭いの原因はあそこか。


 男は口元に笑みを浮かべた。


次回【第四章】思い(二)は 明日2017年4月26日23時 投稿予定です。

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