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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第一部】王国逃亡
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【第三章】決意、それぞれの道へと(六)

(眠れねえ、いや、寝たら拙い……)


 そらがぐっすり眠っているのと同時刻、打って変わって、クロノは眠れぬ夜を過ごしていた。

 もしもまた悪魔が現れたら。ひとりになるとそんな恐怖が襲ってくる。


 もうすぐ、陽が昇る。


 ぼんやりと紫がかった景色の中、クロノは歩き出した。


 そらが隣にいると、歩いても歩いても変わらぬ景色がとても新鮮なものに見えた。

 場所によって生えている薬草が違うらしく、そらは目新しい薬草を見つけては喜んだ。全く興味のない話ではあったが、彼のうんちく話を聞くのは楽しかった。


(俺一人じゃあ変わんねえな……)


 山道は山道だ。同じ道がずっと続いていくようにしか感じられない。


 強いて言えば、戦の時にこの場をどう利用すればよいかなど、今の自分にとってはつまらぬことしか頭に浮かんでこなかった。


 そのまま歩いていると、やがて前方から大きな銃声が聞こえてきた。


「捕まえたぞ!」


 男の太い声。


 重たい銃声は、静かな山々に響き渡り、眠っていた鳥達が慌ただしく空高く飛んでいった。


(狩りでもしてんのか?)


 クロノは一匹逃げ遅れている鳥を見つけた。

 まだ頭が働かないのか、大きくふらつきながら、やっと大空に飛び出していく。


 寝ぼけているときのそらと重なり、妙な気持ちになった。

 あの鳥が無事、仲間のところに辿り着ければいいのだが。


 ……彼はちゃんと〝木の宿〟に辿り着けているだろうか。


 まあ、寝ぼけてさえいなければしっかりしている彼のことだから、今頃、一生懸命手伝いをして、女将に気に入られてしまっているかもしれない。


 それにしても先程の音は何だ。


 刀に手をかけ、そのまま用心深く歩いていくと、ずっと先に、数人の男達が何かを囲んでいるのが見えた。


 目を凝らすと、ひとりの少女が必死に抵抗している姿が見えた。

 周りは……山賊か。


(穏やかじゃねえな……)


 クロノは水狩を鼻先まで押し上げた。


「お前ら、ちょっといいか」」


 後ろから声をかける。いつでも抜けるように、手は刀に掛けたままだ。


「あ? なんだ、お前」


 男たちの言葉に、クロノは布のなかでいやらしい笑みを浮かべた。まさか目の前に賞金首がいるとは夢にも思わないだろう。


「あんまりいただける光景じゃねえな」


 そう言ってクロノは刀を抜き、一番手前にいた男に柄を叩き落とした。


「なっ……てめえ! 何しやがる」


「まだ年端もいかねえガキを苛めるなんて、趣味が悪いぜ」


「……っ」


「引け。死にたくないならな」


 一人の男がクロノに銃を向ける。


 銃先を冷やかに一瞥し、クロノは先に動いた。

 相手の懐に潜りこみ、強く腹を打つ。


 短く呻いて、男は倒れた。


「次は誰だ。あ?」


「ひっ……」


 クロノの瞳が放つ鋭い光を受け、残った男達は怯んだ。


 追い打ちをかけるように水狩を下げ、不意ににこりと笑いかける。


「あ……ああ……あう、あ」


 鬼でも見たのだろうか。

 彼らはおもしろいくらい恐怖して、一目散に逃げていった。


 その背中を見送ったあと、クロノはうずくまっている少女に声をかけた。


「大丈夫……そうには見えねえな」


 少女は異国の服装をしていた。ツテシフの服がこういう感じだった気がする。

 確かに、山賊に目をつけられてもおかしくない。


「お願い……。助けて」


 銃弾が当たったのだろう。足の出血が止まっていなかった。


 彼女を町まで運んでいくのは簡単だ。問題はその先にあった。

 クレアスの民ならともかく、彼女はツテシフの民である。町まで連れて行ったとして、助けてくれる者などいるだろうか。同じ国の人間でさえなかなか助けてもらえない世の中である。


 クロノが困って、どうしようかと思案していると、少女が裾を両手で掴んできた。

 助けて、と小さな言う。しっかりと目を見開き、真っ直ぐこちらに視線を合わせてくる。その目尻には涙が浮かんでいた。


「まだ死ねないっ、約束したの、必ず戻るって……」


--必ず戻る。


 同じ決意をした者の目だった。クロノははっとして、遠くにいるそらのことを思った。


(あいつなら……)


 少女は何度も、帰りたいと繰り返す。

 彼ならば何とかしてくれるかもしれない。自分の腹の傷を塞いだのだ。


 急げば、今夜中にアンデに着くだろう。クロノは少女を背負った。


(迷惑かけるな……そら)


 少女は朦朧とした意識のまま、クロノの背に揺らされていた。




 日が暮れて、アンデの町が遠く見えてきた頃、クロノは足を止めた。


「……さっきからついてきてるな?」


 ふり返ると背の低い女が立っている。長い黒髪が美しい女だ。それはこの世のものではない気がした。そもそもクロノの駆け足に長い間ついてこられたのだ。ただの人ではあるまい。


 クロノは一歩後ずさった。彼女の雰囲気に覚えがあったからだ。


(悪魔……)


 自分の中にいる存在とよく似ている。女の背後には黒い影。それはどぐろを巻いてクロノを狙っていた。


「いなか……」


「いな?」


「お前の中に入っておる悪魔じゃ。悪いが、クロノ。私はいなに用事がある」


 女が言ったその瞬間、彼女の背後から、大蛇が一斉に飛び掛かって来た。


 二……いや、三頭!


「っ!」


 拙い。


 クロノは少女を守るように自分の背後に押しやり、刀を抜いた。


 黒い液体が飛び散った。クロノが大蛇の胴体を真っ二つに切ったのだ。

 大木の幹のような太さだった。長さは計り知れない。


「お前、何者だっ?」


 早口で尋ねる。刀は再び斜めに構えられていた。

 言葉を発することがあっても、決して油断はしない。


「答える必要はない。お前はもう、死ぬのだからな」


「さあ、それはどうだか」


 クロノは間髪入れず、女に切りかかった。しかし、後ろに控えていた大蛇がその間に割り込み、攻撃を防ぐ。


 黒い液体がクロノの腕を濡らした。


「気を付けろよ。それに触れると死ぬかもしれん」


 からからと笑う女を睨み、クロノは小刀を抜いた。

 しかし。


「っ?」


 小刀が手から滑り落ちた。

 痛みと共に熱を持った腕が、言うことを聞かない。茫然としていると、長い尾で身体を打たれ、そのまま地面に叩きつけられた。


 しかし、ここで止まる訳にもいかなかった。

 ぐいと身体を持ち上げ、両手で大刀を持つ。切られる直前、女は笑っていた。


「さすが、いなが選んだ憑代。一筋縄ではいかんなあ」


「てめえっ……」


 ふり返った先に黒い大きな口。キッと睨んでそれを切りつけ、地面に転がった。しかし、間髪入れずにぬるりとしたものが、首に、足に、巻き付く。


(逃げられないっ……)


 悲しそうな低い声が、耳元で鳴り響く。


--また奴がくる!


 同時に、そらの歌声も聞こえてきた。


《月が青い夜 私は夢を見た

 湖に映る光に 鏡を沈め

 九十三日の夜を待つ》


「この歌……」


 女が目を見開いた。悔しそうに叫ぶ。


「またかっ! また邪魔をするのか! こと姫ぇぇっ!」


《今日は祭りの日 秋祭りの日》


 そらの声だ。どこからともなく聞こえてくる。

 風が、遠く離れた彼の歌をつれてきてくれる。


 女が取り乱している隙を見て、立ち上がり……。


「あ……?」


 その瞬間、ぐらり、と視界が揺れた。

 地面がない。


(そうか、ここ、崖になって……)


 細い谷だ。茂みに覆われ、谷を挟んだ向こう側の地面も見えていたから気づけなかった。


「そらっ……」

 思わず叫んだ。


【第四章】思い(一)は 今日2017年4月25日 23時 投稿予定です。

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