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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第一部】王国逃亡
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【第二章】ウォックの町(四)

 男が倒れた。


「そらっ」


 低く呼ぶ声。


 彼はこちらの片手をぐいと引き、立たせた。乱暴に頭をわしゃわしゃと撫でてくる。

 心地良くて、優しい。


「馬鹿、無茶しやがって、ばーかっ!」


「二回言わなくたって! 後ろっ!」


「分かってるよっ」


 短く舌打ちして、クロノは背後に立つ敵を刀で払った。


「ったく、使いづらい!」


 そう文句を言いながらも、初めて持つとは思えない程動きが自然だった。


「いたぞ!」


「撃てっ!」


 再び銃声が響く。仲間が騒ぎを聞きつけて集まってきたらしい。クロノはそらを庇うようにして銃弾を避けた。そらも必死に手の内のぬくもりを守る。頭上で銃弾は壁に穴を開けた。


 そらは腰差しに手を当てた。


「クロノさん、小刀、使います?」


 早口で尋ねると、クロノは一瞬迷った後、すぐに頷いた。


「貸せ。無いよりマシだ」


 不意にクロノがよろめいた。眉間に皺を寄せ、片手で頭を抱える。


「大丈夫ですか」


「なんか……聞こえる」


 そらはクロノの顔を覗き込んだ。

 彼の額には脂汗が浮かんでいた。


「聞き取れない……ぼそぼそって、何か……」


 そう呟きながら、クロノは体勢を持ち直して、ドアの前で銃を構える男達に向かっていった。


 ダダダダ、と階段を駆け下りていく足音。

 慌てて後を追うと、そこには倒された盗賊達が数多転がっていた。


(わ……、こう敵が多いと、クロノさんの強さが目に見えて分かる……)


 周りが拳銃を持っているというのに、彼は臆することを知らない。見ているそらの方が冷や冷やした。

 しかし、クロノは落ち着いた様子だ。手にしたばかりの長い刀と短い刀をきちんと使い分けている。


 その場に立ち尽くしていると、もそもそと手の中から小さな顔が覗いた。


「お前なあ……」


 溜息をついて、そらは手を離した。きゅっ、とひとつ鳴いて、それは窓の外へ飛び出していく。


「マリア姉、大丈夫?」


「大丈夫よ、ルイ。それより、そらさんが」


 階段の下で二人の声が聞こえ、急いでそらは顔を見せた。


「俺は大丈夫だよ」


 ルイがはっとして顔を上げる。


「そらさんっ、ごめんなさい……っ」


 気にしないで、と笑い、そらは髪を押さえた。今まで面倒で切ってこなかった髪が忌々しく感じられる。


「お前ら、おしゃべりする暇があったら隠れとけ!」


 クロノに叱られ、三人は部屋の隅に避ける。外ではクロノに触発されたのか、町の住人が集まって侵入者達と戦い始めていた。


 クロノばかりに負担をかけてはいけない。

 そらは覚悟を決めて、自分も参戦しようと槍を探した。それは先程そらの手から離れ……。


(あれかっ)


 それは壁に、地面と平行に突き刺さっていた。


「う、抜けない……」


「大丈夫ですか?」


 マリアが駆け寄ってくる。二人で一生懸命柄を引っ張っていると、


「ああ、あ、悪魔だっ!」

 という、男の高い叫び、怒鳴り声が外から聞こえた。


 振り返る。自分からは彼の背中しか見えない。しかし床には、先程とはまるで違う、無残な死体が転がっていた。

 ルイが悲鳴を上げる。

 彼の体を借りた悪魔は、そんな悲鳴にも耳を傾けることなく残虐に、周りの者を殺め続けた。


「クロノさん……」


 一体何が苦しくて、こんなことをするのだ?


「クロノさん!」


 そらが歌おうと口を開くと、彼は初めて振り返り、刃を向けてきた。切っ先はそらの首元で止まる。首筋に刃が軽く当たり、一筋、朱が流れた。


 口を開けば、殺す。

 赤い瞳がそう告げていた。


 唾を飲み込む。


 彼は再び前に向き直り、次に向かってくる者をその刀で刺した。


 叫び続けるルイと、ぽかんと見つめているマリアを腕に抱く。そらはそのまま部屋の隅に彼女達を移した。


「見るな……、お願いだから」


「どうして、……」


 後ろから聞こえる怒声や悲鳴が一段と大きくなり、マリアの言葉が最後まで聞き取れなかった。


 クロノの背中。

 もう戻れないのだろうか。


「クロノさんっ!」


 我慢できず、そらは地面を蹴り、後ろからクロノに掴みかかった。

 すぐに振り払われたが、諦めずに二度、三度、と掴みかかった。彼の刀を持つ手を必死に押さえる。足で蹴る土は、ぐぐ、と穴を作り、そらを捕えた。


「目を覚ましてくださいっ! 悪魔なんかに負けるあなたじゃない……!」


 ドンっ、と肘打ちを喰らい、そらはよろよろと地面に手をついた。


「……い」


「……?」


「クロノさんは、お前なんかに負けない!」


 次の瞬間、歌が無意識に口から飛び出していた。悪魔は無表情でこちらに近づき、刃を向けた。


(斬られる……)


 いや、届く!

 そらは歌い続けた。




 からん、と金属が地に落ちる音を聞き目を開けると、クロノが茫然と立ちすくんでいた。その迷子のような顔にクロノさん、と声をかける。


「そら」

 声は低く、掠れていた。


「大丈夫、です」

 少し息を整えてそらは笑顔を向けた。しかしクロノは真っ青なままだ。


「俺……」


「びっくりしました。ちゃんと戻ってきてくれて良かった」


 できるだけ明るい声を出した。

 そうでもしなければ「今から腹を切る」と言いかねない位、彼が追い詰められたような顔をしていたからだ。


 さらに念を押すように、そらは名を呼んだ。


「クロノさん」


――ちゃんとここにいる。


 しかし、言葉を遮るように、コツン、と、クロノの額に石が当たった。

 つうと血が流れていく。


「悪魔……っ、出ていけ!」


 町の人間だ。

 そらは反論しようと口を開けたが、クロノの手に制止された。見ると、やはり苦しげな表情をしている。


 多くの人間が彼を気味悪そうに見ていた。この視線を彼はどう受け止めているのだろう。


「クロノさんっ」


 ルイが人々の群れを掻き分け、こちらにやってくる。それをマリアが泣きながら止めた。


 暫くそらは言葉を失ったままだった。

 良くも悪くも、この町を救ったのはクロノだ。飛び出しそうになる言葉をそらは必死に飲み込んだ。クロノがそうしていたからだ。


 黙っていたクロノは、やがて彼らに背を向け、

「行くぞ、そら」

 とだけ言い、歩き始めた。


 *


 月が見守るなか、山の入口まで戻ってきた。もう日付は変わっている筈だ。

 全てが眠りについている時刻。風の音さえ、もう聞こえない。


 落ち葉をザクザクと踏み散らしながら、クロノは早足で進んだ。


 どうしようもない不安に襲われる。

 負ける。今日、それを悟った。


 暴走を止めることが出来なかった自分が腹立たしい。いや……怖れている。

 そらは、あんな自分を見て恐ろしいと思わないのだろうか。


 後ろからついてくるそらに言う。


「お前も嫌だろ」


「え……?」


 錆びた臭いが全身に染みついている。慣れている筈だ。でも今は眩暈がした。


「今なら戻れる。あの町を通るのが怖いなら、ついていってやるから」


 彼の返事は無かった。ふり返ってそらを見ることができない。怖い。

 もしも、あの町の住人のような目をしていたら。


 クロノは自嘲気味に笑った。


「ああ、一番怖いのは、俺だったか」


 苦しい。これ以上は進めない。


 足が止まる――。


 不意に、軽い衝撃が背中に走った。そらが頭からぶつかってきたのだ。


「っ、そら」


 さすがに驚いて、クロノは肩越しに振り返った。そらは額をクロノの背に押し当てたまま、離れようとしない。

 それどころか、押し殺した声で泣き始めた。


「……何でお前が泣くんだよ」


「クロノさんの代わりに、泣いてるんです」


 自分のために、彼は泣いている。


「何で……あなたじゃないと、いけなかったんですか……っ」


 そらの言葉に暫く茫然とし、やがて我に返り、瞬きをしてから、慌てて空を見上げた。しかし間に合わず、涙はボロボロと冷たく頬を濡らしていく。

 どうしようもなく、苦しかった。


次回【第二章】ウォックの町(五)は 明日2017年4月22日23時 投稿予定です。

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