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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第一部】王国逃亡
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【第二章】ウォックの町(三)

※少しぬるっとしたシーンあります。

「悪ィ。あんまり集まんなかった」


 そう言いながら、少量の薪を持ってクロノが帰ると、待っていたのはそらではなく、小さな少女だった。


「何でお前が」


「……」


 答えないので、もう一度尋ねようと口を開くと、彼女は突然泣き出した。

 ごめんなさい、と何度も謝る。


「だから、そらがどうしたって?」


「だって、嘘をつかないと、誰も助けてくれないから」


「は……」


 状況が今一つ読み取れない。そして、泣いている子どもに対して――特に女の子の場合――どう接すればいいのか分らなかった。仕方がないので彼女が落ち着くのを待って、それからゆっくりと質問していく。


「つまり――今、町で強盗が暴れまわってるんだな。で、そらに嘘をついたはいいが、あいつがお人好し過ぎて申し訳なくなった。こんなところか」


「た、助けてもらいたくて」


「馬鹿野郎っ、攫われる奴を増やしてどうするっ!」


「ごめんなさい……」


 いつもの癖で思わず怒鳴ってしまう。すぐに、悪い、と短く謝ってから、クロノは立ち上がった。


「ったく、本当にしょうがねえ奴ばっかりだな! 場所はどこだ、ルイ」


「は、はいっ」


 クロノは小さな少女を背負うと、走り出した。


 *


 ここまで来たら戦うしかない。自分でも驚く程そらは腹を括っていた。

 町は外からの侵入者によって騒然としており、四方八方から悲鳴や怒鳴り声が聞こえる。


 きっとルイは沢山迷った末に、どこにいるとも分からない自分達を頼りに来たのだろう。

 ルイの追い詰められたような顔を思い出した。自分はその思いに添いたい。


 ――幼い少女の悲鳴が、例の赤い屋根の家から聞こえた。


 どんっ、と勢いよくドアを開き、

「マリアちゃん、助けに来たよ!」

 と叫んだ。


 廊下には数人の男とマリアがいた。

 恐ろしい思いをしたのだろう。彼女の顔は蒼白になり、そのまま固まってしまっていた。


「どうして……まさか、あの子」


「良い妹だね」


 そらは槍の先端――穂を掲げた。その長さはそらの背丈を優に超える。


「やるのか、小僧」


 手前にいた大男がそらに剣を向けてくる。


 そらは用心深く、庇うようにマリアの前に立った。

 クロノ程ではないが、腕に自信が無いわけじゃない。……少なくとも、子ども達に護身術を教える程度には。


 次の瞬間、剣と槍が交わった。強い力で弾き飛ばされそうになるのを、何とか踏ん張り、耐える。一度離れた刃が、再び振り落される。そらはその懐に入り込み、そのまま石突で腹を突いた。


 ひっ、と叫び声をあげ、男は倒れた。

 次に飛び出してきた男をかわし、その背中を柄で叩く。


 マリアが、目の前に転がり込んできた大きな体にひるむのを見た。


 冷や汗が背中を伝っていく。


 もう一人!


 そのとき、ドアの方から銃声が響いた。

 振り向くと、既に銃弾が放たれており、そらは反射的に横に転がった。

 銃弾はそらの腕を掠め、白塗りの壁を突き抜けていった。


「いッ……」


「そらさん!」


 動けない。

 初めて銃弾を放たれた衝撃で、すぐには何が起こったのか理解できなかった。声もまともに出ない。

 話には聞いていたが、こんなに恐ろしいものだったなんて。


「おい、小娘を連れて行け」


 笑いを含んだ男の声。怖いが、一度は撃たれている。

 もう破れかぶれだ。


 そらは立ち上がり、マリアの腕を掴んでいる男にぶつかっていった。


「あ?」


「……放せっ……」


 無我夢中で、その大きな手に槍の先を思い切り刺した。皮膚が裂かれる重い感触。


 男が叫んでくれたら少しでも気が紛れたかもしれない。

 しかし、男は何も言わず冷静に、マリアの手を離し、刺さった槍を引き抜いた。


 その瞬間に怖くなって、そらは手を離した。

 直接手に伝わってきた感触。初めて人を傷つけた。喉の奥から酸がこみあげてくる。どうしようもなく気持ちが悪くなった。


 痛い。自分が傷つけられたと思うくらい、痛くて、気持ち悪い。


 ――これが、人を傷つけるということ。


 そのまま固まってしまったそらの肩を、男が掴む。

 両手首を押さえつけられ、抵抗できない状況まで追い詰められ……それでも瞳には血に濡れた手が映っていた。


「随分勇敢だな」


「は、なせ……」


 動けなくなったそらを上から見下ろしたのは、赤髪で髭を中途半端に伸ばした男だった。


「おい、このガキどうする?」


 男の質問に対して、どこからか返答が返ってくる。

 下品な笑いを含んだ声だった。


「容姿もいいし、高く売れるだろう」


 男は掴んだ手を持ち上げ、そらを立たせた。


「二階だ、来い」


「ざっけんな……っ」


 身体が動かない。

 結局、ずるずると引っ張り上げられ、二階の部屋まで連れていかれた。着いた途端、床に押さえ込まれる。


 子ども部屋のようだ。マリアやルイが好きそうな、可愛らしい人形が一つ二つと並んでいた。二人が過ごすには少々狭いだろうが、あたたかみのある部屋。そんな部屋の絨毯を男の血が赤く濡らす。


 男はそらの髪に触った。


「女みたいに伸ばして……可愛いねえ……」


 横髪をはらい、首筋に唇を這わせてくる。

 そらはその感覚に驚き、固く目を瞑った。逃げるように顎をぐぐ、と持ち上げる。恐怖で生理的に涙が零れた。


「や……」


 そのとき、荷物の中から「きゅう」という鳴き声が聞こえた。同時に背中に掛けていた荷物がもぞもぞと動き、ぽろりと丸い物体が転がり落ちる。それはこちらの切羽詰まった状況に気づいて固まってしまった。


 ……ネズミ?


 男が、お前のペットか? と面白そうに尋ねてくる。そらが返答に迷っていると、

「いい毛皮になりそうだ」

 と言って、固まったままのそれに拳銃を突きつけた。


「ま、待って!」


 頬袋一杯に何かが詰まっている。きっと先程の木の実を頂戴しにきていたのだろう。ルイと話している間に、荷物の中に忍び込んだに違いない。


 クロノと同じ黒色の瞳が、そらをじっと見つめてくる。

 やがて瞳がうるみはじめたのをそらははっきり確認した。


「バカっ……」


 思わず短く叫んで、そらはその小さな身体を手の中に収めた。

 同時に発砲され、思わず「わっ」と声を上げる。


 一階から漏れるぼんやりとした光は、白塗りの壁を照らしていた。

 そこに一瞬映った人影。


 安堵の気持ちでいっぱいになる。目を閉じて、そらは笑みを浮かべた。


次回【第二章】ウォックの町(四)は 今日2017年4月21日23時 投稿予定です。

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