【第二章】ウォックの町(三)
※少しぬるっとしたシーンあります。
「悪ィ。あんまり集まんなかった」
そう言いながら、少量の薪を持ってクロノが帰ると、待っていたのはそらではなく、小さな少女だった。
「何でお前が」
「……」
答えないので、もう一度尋ねようと口を開くと、彼女は突然泣き出した。
ごめんなさい、と何度も謝る。
「だから、そらがどうしたって?」
「だって、嘘をつかないと、誰も助けてくれないから」
「は……」
状況が今一つ読み取れない。そして、泣いている子どもに対して――特に女の子の場合――どう接すればいいのか分らなかった。仕方がないので彼女が落ち着くのを待って、それからゆっくりと質問していく。
「つまり――今、町で強盗が暴れまわってるんだな。で、そらに嘘をついたはいいが、あいつがお人好し過ぎて申し訳なくなった。こんなところか」
「た、助けてもらいたくて」
「馬鹿野郎っ、攫われる奴を増やしてどうするっ!」
「ごめんなさい……」
いつもの癖で思わず怒鳴ってしまう。すぐに、悪い、と短く謝ってから、クロノは立ち上がった。
「ったく、本当にしょうがねえ奴ばっかりだな! 場所はどこだ、ルイ」
「は、はいっ」
クロノは小さな少女を背負うと、走り出した。
*
ここまで来たら戦うしかない。自分でも驚く程そらは腹を括っていた。
町は外からの侵入者によって騒然としており、四方八方から悲鳴や怒鳴り声が聞こえる。
きっとルイは沢山迷った末に、どこにいるとも分からない自分達を頼りに来たのだろう。
ルイの追い詰められたような顔を思い出した。自分はその思いに添いたい。
――幼い少女の悲鳴が、例の赤い屋根の家から聞こえた。
どんっ、と勢いよくドアを開き、
「マリアちゃん、助けに来たよ!」
と叫んだ。
廊下には数人の男とマリアがいた。
恐ろしい思いをしたのだろう。彼女の顔は蒼白になり、そのまま固まってしまっていた。
「どうして……まさか、あの子」
「良い妹だね」
そらは槍の先端――穂を掲げた。その長さはそらの背丈を優に超える。
「やるのか、小僧」
手前にいた大男がそらに剣を向けてくる。
そらは用心深く、庇うようにマリアの前に立った。
クロノ程ではないが、腕に自信が無いわけじゃない。……少なくとも、子ども達に護身術を教える程度には。
次の瞬間、剣と槍が交わった。強い力で弾き飛ばされそうになるのを、何とか踏ん張り、耐える。一度離れた刃が、再び振り落される。そらはその懐に入り込み、そのまま石突で腹を突いた。
ひっ、と叫び声をあげ、男は倒れた。
次に飛び出してきた男をかわし、その背中を柄で叩く。
マリアが、目の前に転がり込んできた大きな体にひるむのを見た。
冷や汗が背中を伝っていく。
もう一人!
そのとき、ドアの方から銃声が響いた。
振り向くと、既に銃弾が放たれており、そらは反射的に横に転がった。
銃弾はそらの腕を掠め、白塗りの壁を突き抜けていった。
「いッ……」
「そらさん!」
動けない。
初めて銃弾を放たれた衝撃で、すぐには何が起こったのか理解できなかった。声もまともに出ない。
話には聞いていたが、こんなに恐ろしいものだったなんて。
「おい、小娘を連れて行け」
笑いを含んだ男の声。怖いが、一度は撃たれている。
もう破れかぶれだ。
そらは立ち上がり、マリアの腕を掴んでいる男にぶつかっていった。
「あ?」
「……放せっ……」
無我夢中で、その大きな手に槍の先を思い切り刺した。皮膚が裂かれる重い感触。
男が叫んでくれたら少しでも気が紛れたかもしれない。
しかし、男は何も言わず冷静に、マリアの手を離し、刺さった槍を引き抜いた。
その瞬間に怖くなって、そらは手を離した。
直接手に伝わってきた感触。初めて人を傷つけた。喉の奥から酸がこみあげてくる。どうしようもなく気持ちが悪くなった。
痛い。自分が傷つけられたと思うくらい、痛くて、気持ち悪い。
――これが、人を傷つけるということ。
そのまま固まってしまったそらの肩を、男が掴む。
両手首を押さえつけられ、抵抗できない状況まで追い詰められ……それでも瞳には血に濡れた手が映っていた。
「随分勇敢だな」
「は、なせ……」
動けなくなったそらを上から見下ろしたのは、赤髪で髭を中途半端に伸ばした男だった。
「おい、このガキどうする?」
男の質問に対して、どこからか返答が返ってくる。
下品な笑いを含んだ声だった。
「容姿もいいし、高く売れるだろう」
男は掴んだ手を持ち上げ、そらを立たせた。
「二階だ、来い」
「ざっけんな……っ」
身体が動かない。
結局、ずるずると引っ張り上げられ、二階の部屋まで連れていかれた。着いた途端、床に押さえ込まれる。
子ども部屋のようだ。マリアやルイが好きそうな、可愛らしい人形が一つ二つと並んでいた。二人が過ごすには少々狭いだろうが、あたたかみのある部屋。そんな部屋の絨毯を男の血が赤く濡らす。
男はそらの髪に触った。
「女みたいに伸ばして……可愛いねえ……」
横髪をはらい、首筋に唇を這わせてくる。
そらはその感覚に驚き、固く目を瞑った。逃げるように顎をぐぐ、と持ち上げる。恐怖で生理的に涙が零れた。
「や……」
そのとき、荷物の中から「きゅう」という鳴き声が聞こえた。同時に背中に掛けていた荷物がもぞもぞと動き、ぽろりと丸い物体が転がり落ちる。それはこちらの切羽詰まった状況に気づいて固まってしまった。
……ネズミ?
男が、お前のペットか? と面白そうに尋ねてくる。そらが返答に迷っていると、
「いい毛皮になりそうだ」
と言って、固まったままのそれに拳銃を突きつけた。
「ま、待って!」
頬袋一杯に何かが詰まっている。きっと先程の木の実を頂戴しにきていたのだろう。ルイと話している間に、荷物の中に忍び込んだに違いない。
クロノと同じ黒色の瞳が、そらをじっと見つめてくる。
やがて瞳がうるみはじめたのをそらははっきり確認した。
「バカっ……」
思わず短く叫んで、そらはその小さな身体を手の中に収めた。
同時に発砲され、思わず「わっ」と声を上げる。
一階から漏れるぼんやりとした光は、白塗りの壁を照らしていた。
そこに一瞬映った人影。
安堵の気持ちでいっぱいになる。目を閉じて、そらは笑みを浮かべた。
次回【第二章】ウォックの町(四)は 今日2017年4月21日23時 投稿予定です。




