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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第一部】王国逃亡
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【第二章】ウォックの町(二)

 駆け足で店を離れ、先程そらが立っていた場所に行くと、その先が路地裏になっていることに気づいた。薄暗くじめじめした道だった。辺りに散らばるゴミを避けながら走る。


「男だが大丈夫か」

 そんな声が聞こえてきた。


「ふん、奴らあ構いやしないよ」

「いささか元気が良すぎるが……」


 薬でどうにでもなる、という言葉に心が凍りつく。


(そらっ……)


 足音を立てぬよう、声のする方へ近づく。


 路地裏の曲がり角、行き止まりになっているところに集まっているらしかった。背後からそっと奥を覗くと、両腕を捕らえられ、口元を手で覆われたそらが見えた。何度も地面を蹴り上げ、必死で抵抗するが、敵わないらしい。


 村から出てきたばかりの子どもが突然こんなことに巻き込まれて、心細い思いをしないはずがない。早く助けなければ……。


 そう思った途端、男達が「うわっ」と苦しげな声を上げた。

 同時に灰色の煙と刺激臭がどっと押し寄せてくる。薬草の臭いだった。


「クロノさんっ」


 彼は予想以上に強かだった。自分の姿を見つけ、真っ直ぐ駆け寄ってくる。


「うえっ、なに、これ」


 鼻と口を押さえながら尋ねると、答える前に自分の背後に周り背中をぐいぐい押してきた。

 おい、盾にしようとすんな。


「クロノさんに飲ませた薬が残ってたんですよ。火を点けてみたら、爆発しました」


「はあっ? そんなにやばいやつを飲ませたのっ?」


 逆上した男達がこちらに向かってやってきたのを見て、先程買った刀を抜く。

 周りを囲まれていたが、あの《濡烏》に比べれば可愛いもんだ。


 そらを庇うように腕に抱き、刀を振るいながらその場を離れた。

 

 


 そのまま路地裏を抜けて広い道へ出ると、クロノは小さな少女にぶつかった。

 少女のブラウンの瞳がぶつかった瞬間、大きく見開かれる。長い髪がふわりと浮いた。


 転がりそうになる少女の腕をとらえ、立たせる。


「っと……すまない」


「いえ……」


 少女の背中から大きな泣き声が聞こえてきた。赤ん坊を背負っていたのである。


 市場の東側はどうやら住宅街になっていたらしい。クロノとそらの前には赤色や灰色の煉瓦でできた家がずらりと並んでいた。


「マリア姉、大丈夫っ?」


 妹らしき少女が赤色の屋根の家から飛び出し、駆け寄って来た。マリアと呼ばれた少女は「大丈夫よ」と短く言って、背中から赤子を降ろす。


「あーあ。旅人さん、なーかせた」


「やめなさい、ルイ」


 責める妹をマリアがなだめる。

 さすがのクロノも赤子には慣れていない。泣き声にも耐性がなく段々大きくなるそれにたじろいだ。何とか泣き止ませようと悪戦苦闘するが、状況は悪化するばかりだ。


 道行く人が、クロノの足を蹴り、怒鳴る。睨み返す。それを見て赤子がもっと泣き出す。


「クロノさん、ちょっと」


 そらが横から声をかけてきた。


「俺に任せて下さい」




 明るい曲調の歌が、暗い町に響いた。


 赤子はすぐに泣き止んだ。

 そして、あんなにもうるさかった周りの喧騒が、今や全く聞こえてこない。

 そらの歌声に誰もが足を止めた。


 隣を見ると、果物売りの女が目を瞑って、穏やかな笑みを浮かべていた。

 やがてこちらの視線に気付き、

「旅人さん、この町がこんなに静かで穏やかになったのは初めてよ」

 と教えてくれる。


 以前、そらの歌に自分は救われた。そして今日、彼の歌はこの町の人々に何かを残していく。

 剣など使えなくていい。もちろん、刀も。武術一筋で生きてきたクロノは初めて強さ以外のものに心を動かされていた。


 そらは、最後に残るのは剣だと言っていたが、そんなことはない。自分が最期に求めるのは。


 *

 

 ウォックの町を無事に抜け、次の山のふもとまでやってきた。これから再び山道が続く。

 太陽が月に変わった頃、変わらず無言で歩いていたクロノは足を止めた。


「今晩はここで休む」


「……はい」


「薪、取ってくるから」


 まだ少し固い会話を交わして道の脇へ入ろうとすると、今まで黙っていたそらがクロノの袖を引き、口を開いた。


「何」


「……今日はありがとうございました。助けないって言ってたのに」


 素直に礼を言われ、戸惑う。何と言っていいか分からず、クロノは荷物の中から先程刀と一緒に買ったノートとペンを取り出し、彼に渡した。


「そこに書いとけ。『知らない人にはついていくな』って」


「……もらっていいんですか?」


「俺は使わん。勉強のことはあんまり分からねえけど、必要なんだろう?」


 そらが今朝、知らない植物を見つけ「何か書く物……」と呟いているのを見たのだ。


 顔を真っ赤にし、口をぱくぱくとさせているから少し待っていると、やがてもう一度、ありがとうございます、という小さな声が聞こえてきた。


 * 


 クロノの背中を見送り、そらは一人、火の種を作り始めた。嬉しくて頬が緩む。鼻歌が零れる。

 合間に真っ白なノートを開いては、何を書くか考えた。


 まず、ウォックの町の様子について書こうと思った。

 路地裏を東に抜けると、そこは住宅街だったらしい。治安が良いとは言えないが、市場程ではない。


 マリアとルイの両親は遠い地へ商売をしに出かけていると言った。暫くの間帰らないと言った。


 そんなことを思い出していると、不意に目の前を小さなものが横切った。

 丸っこい身体。きらりと光った瞳。どうやらネズミの類らしい。


(どうしたんだろう?)


 そらは手元を見た。生憎火打石以外何も持っていない。


 ……これだろうか?

 ふと、足元に転がっていた木の実に気付き、それを差し出してみる。

「……おーい、おいでー……」


 反応はない。さらに手を近づけた瞬間、木陰に隠れてしまった。そらは溜息をついた。


 折角拾ったので、後で観察してみようと、木の実を荷物の中に入れる。


 火種はできたというのに、クロノはまだ帰ってこない。どうしようかと周りを見渡したとき、ずっと遠くから近づいてくる足音に気付いた。クロノのものではない。


 クロノが護身用にと渡してくれた小刀を抜き、構える。相手はひどく走っている。

 息を殺してそらが待っていると、そこから出てきたのは今日町で会った少女だった。


「ルイ……ちゃん?」


「そらさんっ」


 ルイはそらの元に辿り着くと、そのままこちらにしがみついてきた。崩れ落ちそうになるその身体を支え、何があったのか尋ねる。ここまでずっと走って来たのか、彼女の息はひどく上がっていた。


「あのね、マリア姉が熱を出したの」


「え?」


「私一人では怖くて……。お願い、助けて」


 そらはすぐに状況を理解し、頷いた。


「家はどこ?」


「今日ぶつかった場所の近く。あのね、一つだけ赤い屋根の家があるからすぐに分かるよ」


 すぐに行ってあげてほしい、と涙声で訴えてくる。


「クロノさんが来たら、このことを伝えて。きっと心配するだろうから」


「うん」


 傍にあった荷物を背負い、そらは走り出した。荷物の中でガサリという不審な音がしたが、そんなことに構っている暇などそらには無かった。

次回【第二章】ウォックの町(三)は 明日2017年4月21日23時 投稿予定です。

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