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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第一部】王国逃亡
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【第一章】城からの逃奔(六)

 重い薬箱を両手で抱えそらが男の元に戻ると、彼は同じ体勢で横になっていた。

 意識が朦朧としているらしく、声をかけてもきちんとした返事がない。額に手をやると燃えるように熱かった。こんな状態で先程まで立っていたというのか。


 傷が深い。とにかく止血をして、痛み止めの薬を――その前にこの高熱を冷まさなければ。

 下手をすれば後遺症が残り、最悪死に至るかもしれない。


(あの薬を使ってみるか……)


 そらはランプの熱で、持ってきた水を温めた。

 ある薬草をすり潰して乾燥させたものをそこに溶かす。


 暗くて色はよく分からないが、ドロドロとした何やら恐ろし気な液ができた。


 そらは苦笑した。飲ますのに一苦労しそうだ。

 男を抱き起して、口の中に流し込む。


 数多ある薬草のなかでも、特に苦いものだった。その粘着性故、しばらく起きていないと、胃まで届かない可能性がある。一癖二癖ある代物ではあるが、それだけ効果もある。

 しかし……これを飲むくらいなら、自分は死んだ方がマシだと思う。


 すぐに男は顔を横に背け、その場で嘔吐した。

 しかし、胃に入っているものなど何もなく、吐き出したのは朱だけだった。


 問答無用。

 ……彼には問答する力も残っていないようだが。


 心を鬼にして、もう一度飲ませる。再びえずいたらしかったが、次は顎を押さえ、無理矢理飲ませた。ぎゅっと閉じられた男の目尻には生理的な涙が浮かんでいた。


「名前、なんていうんですか」


 男はクロノ、と答えた。


「クロノさん」

 その名を、小さく反復する。


「あと少しだけ、五分だけ起きていてください。この水を飲んで」


「う……」


「クロノさん!」


 クロノが目をうっすらと開く。その眼はそらではない誰かを見ていた。

「ウサ……」


「クロノさん……?」


「ウサ……ごめん……」




 夜が明ける前に、洞窟の中にクロノを寝かせた。


 此処は這うようにして生えた草に覆われていて、外から見つかりにくい。

 一番暗い時刻。そらはようやく眠りについたのだった。


 *


 淡い光が視界に差し込んでいた。いつの間にか、眠り込んでしまったようである。こんな風にぐっすりと眠れたのは何年ぶりか。


 どうやら洞窟の中にいるらしい。

 カーテンのように入口を覆う植物が、外からの視界を遮っていた。


 クロノはゆっくりと息を吐く。

 昨晩、冬が近づいているにも関わらず寒さを感じることはなかった。むしろ汗をかいたらしく、熱は下がっていた。隣でぐっすり眠っている存在のおかげだろうか。


 それは水狩布と見知らぬ毛布を、二枚重ねて被り、自分の腹の上に頭を乗っけていた。

 彼も寒いだろうに、自分の体に毛布が多くかかるよう配してくれたようだ。


「わざわざ腹に乗るなよな……」


 怪我をしている右腹は避けているが、重いのに変わりはない。

 そうわざと悪態をつきながらもクロノは彼の頭を膝に移した。


 ゆっくりと起き上がる。

 そのときに落ちた毛布を、その小さな体にそっとかけてやった。


 腹に手を当てると、包帯がきっちりと巻かれていた。

 まだ痛むが、昨晩よりずっとよくなっていた。

 

――奇跡って、案外高い確率で起こるらしいですよ。

 コガレの言葉が蘇った。


 九十三日待って欲しい、自分はそう言った。


 暗闇のなか、まだ眠るな、薬が効くまで起きていろ、そんな切羽詰まった声がずっと聞こえていた。何度か返事もした気がするが、何と言ったのかさっぱり覚えていない。


 ……昨晩、ひんやりとした空気が上半身に触れ、濡れた柔らかい布が傷口を拭った。

 包帯を巻く手つきに迷いは微塵も感じられなかった。理由を聞く余裕もなく、その手の温かさに安心して。


 少年は自分のことを知っていた。しかし彼は自分を生かした。

 彼なりにたくさん悩み、考えた結果だったのかもしれない。


「いくら感謝しても足りねえな……」


 クロノはぽつり、呟いた。


 次回【第一章】城からの逃奔(七)は 明日2017年4月19日23時 投稿予定です。

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