【第三章】最終決戦(三)
部屋に入ろうとした瞬間、アオイの様子がおかしくなった。
アオイではない。これは。
「アオイ……?」
胸から血を流しながらも、アオイは立ちあがった。
持っていた剣を乱暴に振り回す。その割に動きは早く、コガレとサフランは大した抵抗もできないまま、床に叩きつけられた。
「っ……」
アオイではない。
コガレが顔を上げると、彼の目が赤く光っていた。まるで――あの時のクロノのような。
一階から二階を浸食した炎がついに三階までやってきた。
「あ……あ……」
剣を振り回しながら、アオイが苦し気な悲鳴を上げる。彼の中に、何かが入ってくる。
コガレとサフランは立ち上がり、暴れるアオイの腕を捕らえた。強い力だ。二人はその状態を保つので精一杯だった。終わりが無いように思えた。
(最悪だ……)
フォグ=ウェイヴを殺さなければアオイは止まらないだろう。彼には人知を超えた力が宿り始めている。クロノのように耐える意志の強さもないだろうし、端から耐える気もなさそうだ。
どうするか思案していると、不意に、アオイの動きが止まった。そらが動いたのだと分かった。コガレは迷わず、アオイの左胸にナイフを突き刺した。
アオイがこちらに倒れ込んでくる。コガレはその体を抱き留めた。もう、彼に抵抗する力があるとは思えなかった。
「……本当は王国なんて、どうでもいいって思ってるくせに」
最後に零したアオイの言葉にコガレは呼気で笑った。
「俺はあの人を止めたい。それだけ」
「それって、愛?」
「かなり歪んでるけどな」
「……いいなあ」
***
異変に気付いたウェイヴが外に出ようと駆け出す。そらはその大きな体に飛び掛かった。
短刀が、ウェイヴの横腹に刺さった。
二人でその場に崩れ落ちる。
そらが炎のなかに投げ入れたのは毒薬だった。
(もう、逃げられまい……)
ゆっくりと、毒が体内をまわっていく。意識が朦朧としてきたところで、ウェイヴに短刀を奪われた。
「殺してやる……っ!」
刃が目の前で光る。もう、避ける力さえ残っていなかった。
しかし、自分の体を強く押す手があった。
「……?」
目を開けると、目の前にクロノとよく似た背中があった。
「コガレ……さ……」
背中から、短刀の先が姿を現している。彼と自分の足の間に、血の海ができていた。
息が止まるような心地がした。
「頑張ったなあ。エレム村の小さいの」
そしてコガレは声を張り上げた。
「サフラン! こいつを連れてけ。あとは俺がやる」
すぐ隣からサフランの声も聞こえた。何を言っているか聞こえなかったが、きっとコガレを心配する言葉だろう。
「……ありがとな、そら」
次の瞬間ぐいと両脇を抱え上げられ、引きずられるようにして部屋から出された。
目の前で部屋の扉が閉じられたのを最後に、そらは意識を失った。
***
フォグ=ウェイヴが意識を失う前にコガレは言った。
「あんたの創る世界も見てみたかったけど……」
力を手に入れ死さえ恐れず、人を愛する気持ちも、恨みや憎しみの気持ちさえなくなったあなたを尊ぶことはできない。
炎に触れ、反射的に逃げようとするウェイヴの腕を掴む。
「あんたは途中から目的を失っていた。恨みや憎しみで動いていたんじゃない。この世界を支配する力を欲しがっていただけだ」
「――」
「俺は誰よりもあんたの信者だった。だから、愛した神を守るために、俺はあんたを殺す」
でも……。
コガレはフォグ=ウェイヴに語り掛けた。
「――もう、独りにはさせません」
ここまで読んで下さりありがとうございます。
次回から最終章が始まります。よろしくお願いします。




