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九十三日の幻、永遠の約束  作者: 吾川あず
【第四部】王国崩壊
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【第二章】セレステブルーとそらの歌(四)

「あら、どうしたの。クロノ?」


 剣の稽古で養父に散々扱かれ、泣きながら帰ると、機織りをしていた養母が振り返り優しく抱きしめてくれた。


 物心がようやくつき始めた頃、両親が盗賊に殺された。

 どうにか一人で逃げてきた自分を助けたのは、子に恵まれない年老いた夫婦だった。


 養父は昔、王国の軍の師範だったが、体力の衰えから今は軍から離れ、山奥の村で静かに道場を営み暮らしていた。自分にも他人にもひどく厳しいが、人望の厚い人だった。

 一方養母は朝夕怠ることなく「水狩織り」というクレアス王国に古くから伝わる布を織っていた。


 夕日を背に、後から帰ってきた父が「本当に弱っちいな。そんなんじゃあ自分も守れんぞ」と不機嫌そうに言う。母が「優しい子でいいじゃないですか」と笑う。

 自分はそんな家庭で育てられた。


 しかし、その幸せも長くは続かなかった。

 十歳になった時、王国から毒が届いた。父が道場と称して若者を集め謀反を起こそうとしている、という噂が城で流れていたらしい。真面目で狡いことが許せない父は、城にいた頃、多くの人間を敵に回していた。


 今になって?

 と思うかもしれないが、彼らは、父が力をなくした今、積年の恨みを晴らすチャンスだと考えたのだ。


 この毒を飲んで死ぬか、後に送られてくる暗殺部隊の手によって死ぬか。選択を迫られた父は、迷うことなく小瓶を手に取り、一気に飲み干した。


 父が死んだ後も、毎朝変わらず剣の稽古を続けた。ようやく、自分の身は自分で守らなければ殺されてしまうことを知った。また、もしあの時自分に力があれば父を暗殺部隊から守れたかもしれないという後悔もあった。


 しかし、強くなるにつれ揉め事を殴る蹴るの喧嘩で解決するようになり、気性も荒くなった。弱い者から死んでいく。それだけ。


「あなたは人が理不尽に殺されるところをたくさん見てきたからね。そう思って、仕方ないのかもしれない。でも、力は人を傷つけるためにあるわけじゃないわ」


 それから四年後、冬の寒い夜に母も逝った。


 ――私は、あなたのことも、夫のことも守れなかった……。


 最期、初めて母が気弱なことを口にした。


 ――不思議だね。血も繋がってないのに、やっぱりお父さんに似ちゃったね。


 自分をひどく心配していた。

 乱暴者の自分をいつだって止めてくれた母がいなくなってしまう今、自分には盗賊になるか、軍に入るかの二択しか用意されていなかった。


 ――この水狩織が、私の代わりに貴方を温める焔となりますように……。


***


「クロノさん……?」


 そらは歌を止めた。

 涙が、ぼろぼろと溢れて止まらなかった。肩に掛けていた水狩布を、頭まで被せ、思い切り泣いた。

 水狩布の温かさはクロノを思い出させてくれる。後ろからぎゅっと抱きしめられているような気もして、いくらか心救われる気がした。


 ――頑張ったなあ、そら。


 どこからかクロノの低い笑い声が聞こえてきた。気のせいかもしれない。それでもその声は自分に、立て、と何度も叱咤する。


 そらは立ち上がり、ひどく静かな気持ちで階段を下りていった。

 どこか、この塔に大切な感情を置いていくような心持だった。


 塔から出ると、雨が降っていた。天の者が誤って、大きなバケツをひっくり返したような大雨だった。

 背中を突き飛ばされ、そらは地面に倒れ込んだ。顔を上げると、いつか見たアオイの顔が目の前にあった。


「――」

「お久しぶり、そら君」


 彼は起き上がろうとする自分の肩を掴み、乱暴に荷物を剥がした。それを地面に叩きつけると、散らばった中身を踏みつけた。


「……ないね。鏡、もらっただろう? サフランかコガレに」

「湖に沈めました」

「……ということは、いなは死んだのか。……まあ、鎮まらない魂なんて腐るほどある。今日死んだ者達のなかから次の『悪魔』を見つければいいだけ」


「憑代は……」

「憑代は、僕がなる」


 アオイの声は本気だった。

 そらは去ろうとするアオイの足首を掴んだ。


「……ああ、師範さ、死んでたよ」

「――」

「いい気味」


 その瞬間、掴んでいた手を思い切り踏まれ、手を離した。足音が遠くなっていく。そらはしばらく泥の中でじっとしていたが、やがて無表情のまま立ちあがった。


 何かに誘われるような気持ちで、体が冷えるのも気にせず歩いていると、泥にまみれた死体があった。

 最初、それが人の死体だとは気づかなかった。しかし、そこで分からなくなったのだ。自分が次に、どこへ向かうべきか。

 立ち止った時に気付いた。泥の中から、腕が一本出ていた。どこか、見覚えのある腕だった。


「……クロノさん」


 そらは泥の中からその、冷たくなった体を引き上げた。短刀で喉を貫いたらしい。目を見開いたまま、絶息していた。


「――」


 もう、何の感情も沸いて来なかった。ただ、ひどく疲れたと思った。

 そらは短刀をクロノから引き抜き、その重くなった体を背負った。そして、またゆっくりと歩き始め、クレアスの方向に歩いていった。



次回は【第三章】最後の戦い(一)

新章です。


頑張ります……よろしくお願いします……


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