バレンタインと持ち物検査
皆さま、こんばんは! 葵枝燕でございます。
今日は二月十四日、バレンタインデーですね! 私は、姉から前倒しでもらって、今日は母からもらいました。
というわけで、バレンタインモノに挑戦してみました。キュンキュンしていただければ幸いです。
どうぞ、ご覧ください!
今日はバレンタインデー。昼休み終了間際の教室内は、男子も女子も、どこかそわそわと落ち着きがないように見える。そんな期待にふくらんだ空気を吹き飛ばすように、教室の扉が開いた。
「はい、席に着けー」
面倒くさそうに言いながら、我らが担任の巻野くんが入ってくる。うちのクラスはもちろん、この学校に通っている生徒の誰もが、彼を“巻野先生”ではなく“巻野くん”や“巻野”や“マッキー”と呼んだ。その理由は簡単で、十五歳から十八歳の自分達と二十六歳の巻野くんは年齢が近いと感じているからだ。よく言えば親しまれている、悪く言えばナメられている――そういうことになるのかもしれない。まあ、そこが巻野くんのいいとこでもあるんだけどね。
「起立」
いつものように、学級委員の号令がかかる。ガタガタと音を立てて、全員が立ち上がった。そして、これまたいつものように、号令どおり頭を下げて、号令どおり席に座る。それを待ってから、巻野くんが口を開いた。
「えー、今から抜き打ちの持ち物検査すっから。全員、鞄を机に置くように。はい、わかったなー? わかったら、さっさとやるぞー」
やはり気怠げに、巻野くんが言う。一瞬の間の後、
「はぁ!?」
という、異議の声が響いた。もちろん、ほぼ全ての女子と、一部の男子のものである。中には、立ち上がって抗議する者もいた。そのうえ、他のクラスからも同様の声がしているのが伝わってきた。多分、全校一斉の持ち物検査なのだろう。
「ちょっとマッキー、あんた、今日が何の日かわかってんの!?」
「アタシ、めっちゃ頑張ったんですけど!」
「オレだって、今日もらえるかもとか、超楽しみにしてたし!!」
「ばーか。お前みたいなやつにあげるのなんかいないだろうがよ」
途端に喧噪に包まれる教室。怒りと不安とが渦巻いている。そんな空気をさらにかき回すように、巻野くんが一言放った。
「安心しろ。お前らの努力は、全部俺が食ってやるからよ」
「サイテー!」
「イケメン爆発しろ!」
そんな騒ぎを、あたしはどこか余裕を感じながら聞き流していた。そんなあたしの様子を見て、後ろの席の可奈香がそっと囁いてくる。
「樹歩、やけに余裕じゃん。いいの? あんただって持ってきてるんでしょ?」
「ん? まーね」
巻野くんに文句を言う他の子達同様、あたしも鞄にそれを忍ばせている。もちろん、バレたら取り上げられることは必至だろう。でも、あたしが他の子達と違うのは、それがわかっていて持ってきた、という点だ。
「まーねって……いいの?」
「ちょーっとね、おもしろいこと考えついちゃったのよねー」
あたしはそっと笑ってみせた。可奈香が不思議そうに首をかしげるが、それ以上は訊いてこなかった。
抜き打ちの持ち物検査は滞りなく進み、いよいよあたしの番になった。廊下に面さない窓際の席のあたしに順番が来るその間に、大量のお菓子が没収されて教卓に積み上げられている。一人で複数個持ってきている子もいたし、それは仕方がないのかもしれない。
「田口、鞄開けろ」
「あいよ」
鞄を開けて、巻野くんにその中を見せる。巻野くんが、赤い包装紙と白いリボンに包まれた箱を取り出した。
「これの中身は?」
「見てわかるっしょ。チョコレートだよ」
巻野くんが、溜め息を吐くのをこらえる表情になる。
「没収するぞ」
「うん、いいよ」
「は?」
やけに素直なあたしの様子に、巻野くんが目を点にしてあたしを見る。そりゃあそうだろう。さっきまでの生徒達とは全然違う反応だったのだから。でも、あたしの狙いはそこにあるんだよね。
だから、あたしは戸惑っている巻野くんに向かってにんまりと笑ってみせる。
「それ、巻野くんのだから」
「は?」
「ちょ、樹歩?」
巻野くんと可奈香の声が重なる。それと同時に、教室内の視線があたし達の方へ集まるのも肌で感じた。
「頑張って作ったんだから、ちゃんと食べてよね」
「ちょっと待て」
「さっき、巻野くんが自分で言ったんだし」
必死に隠しているけれど、巻野くんが焦っているのがわかる。だから、これ以上彼に言葉を言わせないために先手を打つ。
「お前らの努力は、全部俺が食ってやる――ってことは、あたしの努力も食べてくれるんだよね?」
持ち物検査から数時間が経った、放課後。あたしは職員室に呼び出されていた。
「田口」
「うん?」
「何で呼び出されたかわかってるな?」
少しだけ、ほんの少しだけ厳しい声音で、巻野くんは言う。あたしは軽くうなずいて、
「学校にお菓子持ってきたから」
と、簡潔に答えた。それは事実だし、見つかった以上認めないわけにはいかない。
「わかってるならいい。今日はもう帰れ」
「え、いいの? 反省文とか、そういうのないわけ?」
「書きたいのか?」
巻野くんのその言葉には、変なやつだという思いが混ざっている。好きこのんで反省文を書きたいなんて言うのは、よっぽどのアホか真面目なやつくらいだろうし、その反応をしたくなるのはよくわかる。
「すっごく長ーいラヴレターになっちゃうかもしれないけど、それでもいいなら書くよ」
「お前はもう……」
今度こそ盛大に溜め息を吐いた巻野くん。教室では他の生徒がいる手前、こんな表情になることができなかったんだろう。
「で、どうなの?」
「あん?」
まるでヤンキーみたいに、巻野くんは言った。ま、実際元ヤンだったらしいし、それにこういう反応も慣れている。
「あたしのチョコ、食べてくれるの?」
他のみんなと同じように、あたしだって今日という日を楽しみにしてきたんだ。ただ板チョコを砕いて溶かすだけの手作りチョコでも、料理が苦手なあたしにとっては大変な作業だった。
「そんなの、決まってるだろ」
かすれた声が聞こえた。
「お前らの努力は、全部俺が食ってやる――樹歩ちゃんの努力だったら尚更だ」
「ほんとかなぁ?」
巻野くんが、少し恨めしそうにあたしを見る。あたしの意図を、ようやく察したらしい。
「そこはちゃんと、態度で示してもらわないとね」
「――ああ、もうわーったよ!」
そう叫んだ巻野くんは、机の上に置かれた赤い包装紙と白いリボンに包まれた箱を引っ摑んだ。もっと丁寧に扱ってよと言いたかったけれど、これ以上いじめるのはよくないかなと思ってやめた。
巻野くんはそのまま、包み紙を乱暴に破り捨てて、箱もやはり乱暴に開けると、チョコを一つまみ口に含んだ。
「どう? おいしい?」
「苦い」
「うそ! ミルクチョコで作ったんだよ!?」
巻野くんが苦いものとか辛いものが苦手だと知ってたから、ミルクチョコを買ったのに。やっぱり、慣れないことはするもんじゃなかったのかな……。
「うそ」
かすかな囁きが聞こえて、頭をわしわしと撫でられる。
「ちょっと! 髪ボサボサになっちゃうってば!」
笑いながら、あたしの頭を撫でくり回す巻野くん。それを見て、あたしは思う。
ホント、ズルいんだから。
『バレンタインと持ち物検査』、ご高覧ありがとうございます! キュンキュンしていただけたでしょうか?
この話は、今朝、姉と交わした会話を取り入れて書き上げました。持ち物検査でチョコレートが見つかってしまった女の子が、担任に「それ、先生のために作ったんだ」と言ってのけるというーー「どうよこれ! キュンとしない⁉︎」なんていう話をね。それで、実際に書いてみようって思ったんです。
最近は、バレンタインデーに告白=昭和っぽい、みたいな思いの人が多いらしいですけど、私は憧れますね、バレンタインデー告白。ロマンチックだと思うんですけど……古い考えなのかなぁ。
とにもかくにも、読んでいただいてありがとうございます!