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ろしあんるぅれっと

作者: のばっつ

 ギャンブル。

 それは自分の運だけを元手に何かを賭けて金を稼ぐというもの。

 賭けるものには色々な種類がある。

 金、飲食物、体の一部、臓器、そして命。

 善良な者達はこれを嫌悪し、もちろん一切関わろうとしない。

 しかし、そのような者でも精神的にも物理的にも追い込まれた時。

 自然、その時はこれに手を出すかもしれない。

 家族のため。友人のため。そして、自分のため。

 言い訳と言えないような言い訳を一通り考えた後、どっぷりつかるであろう悪魔の手段である。



 これは人生の窮地に瀕した時、手を染めるであろうギャンブルを間違えたのにもかかわらず、多くの人を救った志しの低い男の物語。





 カチャ...と、黒色の光沢のある金属が音を鳴らし、俺の目の前の黒いテーブルに置かれる。

 日本では、銃刀法に引っかかるであろうリボルバー式の拳銃だ。

 向かい側にはふくよかな体をした男が1人、泰然と笑いながら座っている。

 ニヤケ面を顔に貼り付け、腹が立ちそうな程楽しげである。

 俺がいる部屋には、入口のドアの前にいる、スーツ姿にサングラスを掛けたSP風の男達以外に特に変わったものはない。

 だが、時計やテレビ等、余計な装飾品は一切無い。

 部屋の上の方についている窓からは日が差し込んで、部屋を明るく照らしている。

 が、ちょうど男がいる場所辺りを境に、光は影を落としている。

 ただのマンションの一室。

 そう形容しても差し支えない様な部屋だ。

 ……実際は港の近くの倉庫だがな。

 と心の中で、緊張からか軽口を吐いたその時、向かい側の男が悠然と告げた。


 「そんなにキョロキョロしなくても大丈夫ですよ。別に取って食うという訳ではない。あなたを囲ってどうこうする様な事はありませんよ。ええ」


 「あ、ああ。そうだな。そんな事をする必要はないのかもしれない」


  緊張を紛らわしているのがわからんのかこのデブ。

 いや、きっとわかってて言っているのだろう。

 わかってて、それを楽しんでいる。

 趣味の悪いやつだ。


 「そうですよ。では、」


 そう言うと、男は露骨に興奮し、上ずった声で


 「早く見せて下さいよぉ!あなたの勇姿を!あなたの金にかける情熱を!そしてぇ、あなたの命の輝きを!ハハッハハハハッ!」


 ……うるっせぇな。そんでなんでこんなに響くんだよ……。

 男の笑い声に萎縮しながら、なんとか覚悟を決めた俺は、テーブルの上に置いてある黒い物体を手に取った。

 ……重いな。そして何より――


 冷たい。


 まぁ、温もりなんてあるわけがないか。俺の命を背負っているといっても過言ではないわけだしな。


 ……。

 ふいに妻の顔が頭をよぎる。

 俺を見限った時のひどく冷めた視線。まるで絶対零度のような冷めきった瞳。

 こんな何の重みもない冷たさなんか、足元にも及ばない。

 もっと凶暴で、絶望的だった。


 さて、このへんで俺がなぜこんな状況に陥ったのか説明しよう。



 俺、佐藤(たける)はごくごく普通のサラリーマンだった。

 そう、だったのだ。

 荒ぶるデフレの波の影響で俺の入った会社の下っ端はまるで足切りの如く、悉くリストラとなった。

 俺もそこに含まれた、って訳だな。

 まぁ、金を稼げられれば良く、平均かそれ以下の仕事しかしてなかったから仕方が無いのであろう。

 その事をそうみなした俺が、これからまた仕事を探そう、妻も子もいる、実家も裕福だ、ある程度俺が仕事を見繕う迄なら何とかなるさ、と楽観視していた時。


 悲劇が訪れた。


 俺はそこで妻にも見限られ、捨てられたのだ。

 残ったのはテーブルの上に置かれた、妻の名と実家の住所が書かれ、緑色の枠の紙。

 離婚届だ。


 それと、何処から出したのか、ある程度の金が入った茶色い封筒。

 手切れ金、なのだろうか。


 そして俺の7歳一人娘、みおだった。

 もちろん、俺はもうそこから楽観視なんか出来なかったさ。

 仕事がない、貯金も少ない、更に子育てと、俺に降りかかる困難は枚挙に暇が無かった訳だからな。


 たった一人残された、自分の娘を守り、育てきる。

 俺は使命感に駆られて、無我夢中に頑張った。


 仕事を選んでいる場合じゃない、と歓楽街で着ぐるみを来て、ピンク色の店に招く仕事を選んだ。

 それだけじゃあ足りない、と昼にはコンビニのバイトも入れて、どうにか生活を成り立たせようとした。


 ようやくその生活に慣れてきた頃。妻から連絡が来た。

 ある場所への行き方が記されたメールが来たのだ。

 喫茶店か何処かだろうか。どうにか妻を説得し、離婚を取りやめに出来ないか、そう思案しつつその場所へ向かった。


 またしても、俺は期待に裏切られることとなった。


 そこは、法律相談事務所だった。

 妻はソファに腰掛けていた。

 冷たい目で刺すように俺を見ていた。


 なんだよ、俺はお前に変なことなんか全然してこなかったろう?

 ちゃんと働いて、育児も手伝って。

 協力してきたじゃないか。

 声にならない声が出る。


 すると妻は、経済的な面で結婚当時から虐めを受けていた、離婚を切り出した時暴力を振るわれた、家から出ていく時なけなしの金を奪われた、と俺には全く身に覚えのない事を言い出した。


 俺は最早思考停止状態。 

 成すがまま、成されるがまま裁判の様なものが始まり、離婚は成立。決め手は妻が去った時に残した封筒だったらしい。


 親権は向こうへ、養育費と慰謝料込みで約六千万円もの賠償金の様なものを求められた。

 俺は心身自失した状態で外に出た。

 六千万円なんて借金、実感がわかない。

 娘もいない、妻も、もういない。

 どうしてだ。

 どうしてこうなったのか。

 その時、視線を感じた。

 振り返ると、娘と一緒に妻が立っていた。

 どす黒く濁った笑顔──決して俺の惚れたものではない──で俺の方を向いていた。

 どうしてそんな顔をしているんだ。

 どうしてそんな顔をしていられるんだ?

 聞きたいことが山程あるのに声が出ない。

 そのまま妻、いや、元妻は去っていってしまった。

 娘は俺の方を涙目でこちらを見ていた。

 その姿に名残惜しさを感じ、後ろ髪に引かれると言う比喩の通り、なにかに引っ張られるように手を伸ばしたが、体がいうことを聞かず、俺の足はその場から動こうとはしなかった。



 数時間後。


 俺は公園にいた。

 公園なら誰もいないだろうとタカをくくって来てみたが、真昼間にも関わらず女子高生が二人話していた。

 一人はスマホを弄って完全に自分の世界に入っているようだ。


 そういや、最近の倹約生活のおかげでスマホ全然触ってないな。

 ま、百害あって一利あるくらいだから良いことだ。


 と無理矢理にでも今自分の身に起こっている事から目をそむけ、極力自分を客観視する。

 だが、気持ちに大きな変化はない。


 ベンチに逃げるように座り、空を仰ぎみる。

 多少は気分が紛れればと思うが、胸にポッカリと、底の見えない穴があいたような気分は収まらない。


 やることが無いので女子高生達の話しに耳を傾ける。

 盗み聞きとかそういうものじゃあない。

 奴らの声がデカすぎるだけだ。


 「ねぇ、友美!」


 どうやらスマホを弄っている茶髪のいかにもというギャル然の女は友美というらしい。


 「なーにー?」

 「悪魔のロシアンルーレットって知ってる?」

 「知らなーい」


 知らなーい。


 「えーっ、最近巷で有名だよ?この都市伝説!」


 ほう、都市伝説。


 「へー。どんなのなの、と一応聞いてみる」

 「あのねのね、お金にすっごい困ってる人に、悪魔がその人の前に来て、連れ去ってロシアンルーレットをさせるの!

 で、その人は死ぬまでロシアンルーレットやらされ続けて、死んじゃったら悪魔の奴隷になって、っていう奴なの!

 それでね、そのロシアンルーレットに成功した時、貰えるお金の量が物凄いらしいの!

 なんとその額、1000万円!どう?凄くない?」

 「あーすごいすごい。」


 それは凄いな。

 ただ、そんなバカバカしいものをこの女子高生は信じているのだろうか。

 それはいささかおつむが弱すぎるのでは……。


 と、俺が日本の先行きを心配しているそばから、彼女らのトークは続く。


 「もう!友美聞いてたー?」

 「んー。あのさ」

 「なーにー?」

 「その連れ去られた人は死ぬまでロシアンルーレットやらされ続けるんだよね」

「うん、そうだよ?」


 うん、そうだな。


「じゃあなんで金額とか分かるわけ?死んでるんでしょ?じゃあわかるわけないじゃん」


 ほう、確かに。

 スマホいじってる子はそこまで馬鹿じゃないらしい。

 逆にちょっとクールで好印象だ。

 見た目はとてもバカっぽいが。


 鋭い指摘に最初に話しかけた子は言葉に詰まり……。


 「えーっとぉ……それは……。

 もう!そんな事言ったら身も蓋もないじゃん!

 都市伝説なんだからもっと軽く考えようよ!

 こんなだから友美ってば未だ年齢イコールなんだよ!」


 逆ギレした。


「なっ……。今関係ないじゃん!それとこれとは別だし!

私と釣り合う男がいないだけだし!」

「いーや、一緒ですぅー。現に私は一人……あっ」

「ほらあんただってウチとほぼ一緒だし!0と1なんか誤差だし!やっぱ関係ないじゃん!」

「うーっ、うーーっ……」

「あ、ごめん、ごめんてば!

 もー、こんな事でいちいち泣かないでよね!」

「べ、別に泣いてないもん!目にゴミが入っただけだもーん!」

「んなピンポイントなゴミの入り方しないから普通」


 なんかこいつら、面白いな。


あっほみたいな会話を耳に挟みつつ、ベンチで少し落ち着いた時、喉が酷く乾燥していたことに気づいた。

 あぁ、このせいで声が出なかったのだな、と他人事のように思い、空を見上げた。

 どこまでも続いていく青い空。

 雲ひとつない空。

 そしてバカみたいにデカイ声で笑い、貶しあう女子高生ズ。

 あぁ憎らしい。

 憎らしいったらありゃしない。

 俺の心はこんなにも暗いのに、なぜ空と女子高生ズはこんなにも明るくなれるのか……。

 だが女子高校生ズには多少は救われたのだ、礼を言わねばなるまい。

 なんてポエミーにかつ現実逃避ぎみに思想に耽っていた時。


 「おやおや、何かお悩みのようですねぇ」


 声が聞こえ、俺の視界が上の方からヌッと出てきた脂ぎったデカい顔に覆い尽くされた。


 「ギャアアアアアッ!!」


 まぁそら驚くわな。


 「おや、まだ驚く元気はあるようですねぇ。良かった、良かった」

 「な、何だよお前。勧誘かなにかか?俺は今忙しいんだよ」

 「はて、こんな真っ昼間にベンチで寝ている人のどこに忙しさがあるのやら」


 思い切り墓穴を掘ってしまった。

 まずいと思い、話を変えようと試みる。


 「何しに来たんだ?」


 すると男は歯を見せて、


 「いやぁなに、お金に困っている人がいるような臭いがしましてね。へへへ、当たっているでしょう」


 とほぼ確信めいた笑みでそう言った。


 ……なんだこいつ。


 「なんだよ、金でも恵んでくれるって言うのか?

 そうじゃないなら帰れよ。お前の思ってる通り、俺は無一文で借金まみれになったフリーターだ。今どうやって生活していくか考えるのに忙しいんだよ。さぁ、帰れかえ「トスッ」れ……ッ!?」


 俺の腹に落とされた何かの音と感触。

 その圧倒的な存在感に俺は目を白黒させた。


 ……なん、だこれ?

 一万円札、だよな。それに一枚や、二枚じゃねえ。

 束だ。それも1cmくらいの。


 「……お前、何のつもりだ?」


 俺は男を、真剣な面持ちで睨む。


 「なぁに、私は今退屈でしてねえ。

 娯楽を求めてブラブラしてた訳です。

 そこに現れたのは、見るからに楽しげなものを提供してくれそうな不幸を絵に書いたようなお人!

 これは声をかけるしかない、と思った訳です、ハイ」


 ……こいつは俺にとって神か、はたまた悪魔になり得る存在だぞ。

 これはチャンスだ。


 落ち着け、俺。

 ご機嫌取りに失敗したら借金に追われる日々、だが、うまく行けば……!


 そう判断した俺は、それを悟らせないため、さっきと変わらない口調で切り出した。


 「で、俺に何をして欲しいんだ?

 言っておくが俺には自慢できる芸なんて持ってないぞ?」


 男が少し目を見開いた。


 イカン、無愛想すぎたか?

 しかしそれは杞憂に終わった。


 「いえいえ、そんなものは必要ありません。

 ちょっとしたギャンブルですよ。

 あとは……歩きながら話しましょうか?

 ああ、ついてこなくても構いませんよ。あなたの自由です」


 ぶんぶん大袈裟に手を振り否定しながらそう言って、男は歩き出した。

 半強制的じゃねえか。

 胡散臭ぇ……。

 だが、女子高生ズの言っていた都市伝説が脳裏をかすめる。

 いや、まさかな。

 そう思いつつ、自分の腹に落ちた紙束に味を占めた俺はホイホイとついて行ってしまった。


 曰く、ちょっとばかし怪しい場所である。


 やはり胡散臭い。


 曰く、何人もやった事がある。


 ほう、少し安心感が出た、がこの金は一体……?


 曰く、……命を賭けるゲームである。


 ……。なるほど、やっぱり、か。

 命でもかけなきゃあ、こんな金貰えねえもんな。

 俺は若干腹に何かがストンと落ちたような気がして、男について行った。



 そういう道程を辿り、今に至る。

 不気味な黒を握る自分の手。

 冷たさが段々体温と同化し始め、手に馴染んでくる。

 自分が自分じゃないような感覚が、手から染み込んでくる。

 命をかけていることが他人事のように考え、俯瞰視点で眺めている自分がいる。

 驚くほど冷静と言っていいのか、高揚、興奮状態がマックスで気が気でいられていないのか。

こんな感覚味わったことがないのでうまく言い表せないが、これだけは言える。

俺は今、猛烈に緊張している……ッ!


「おい、これ。」

「はい、何ですか?」

「マジで弾一個しか入ってねえんだよな?」

「はい、全部に入ってたらギャンブルにならないじゃあないですか。」


男が頬を紅潮させながら言う。


「ま、そりゃそうだよな。」


緊張を紛らわすためにわざと軽い口調で話す。

持っている拳銃のリボルバーを回す。

ギュルギュルという音は死神のレクイエムなのかあるいは天使のセレナーデか。

あれ、これどっちにしろ死んでね?

いやいや、確率は6分の1。数字に起こして...えーと600%。

違う16%だ!やっぱり気が動転してるだけだわ。

ええい、もうどうにでもなれ!

撃鉄を留め、コッキングを完了させる。

銃口をこめかみに向ける。


「いいか、撃つぞ。」


まるで銀行強盗か何かのように言い、


「死んだら後処理宜しくな。」


柄にも無いこと──というか出会って間もない奴に気をかける必要なんて無かったな、やっぱ俺今どこかおかしいわ──を言い放ち、俺は引き金に指をかける。

心臓の音がうるさい。

やっと実感を持ててきたのか、胸が痛いほど鼓動を打っている。

周りの音がなくなる。

視ている世界が鈍重になり、1秒が何分にも感じるようになる。


「はぁーっ、すぅーっ、はぁー。」


一呼吸いれる。

目を瞑り、あとは運命に全てを託す。

引き金を、引く。

緊張の一瞬。




...カチッ。


沈黙。

...あれ、何が...?

パン、パン、パン、と乾いた音が部屋に響く。


「いやぁ、おめでとうございます。見事運命に打ち勝ちましたね。あなたの勇気、感動しました。」


気づいたら、男が拍手と共に俺に話しかけていた。

まるで定型文の様な褒め言葉。


「はぁーっ、生きてた...。」


だが、それに嫌にこの男らしさを感じ、初めて俺は生きている、という実感を覚え、安堵のため息をつくことが出来た。

この男にこんなに安心感を感じるなんてもう末期かもしれないな。


そう思っていると、男はおもむろに懐から黄土色の紙束を取り出した。

6cmくらいか。なんだろうか。もしかして金?俺にくれるって言うのか?いやいやそれは...

取り留めのない思考を繰り返していた時、男が口を開いた。


「これは、あなたの勇気の対価です。

どうぞ、受け取ってください。 およそ六百万円ちょっとです。」

「ろっ...!?

は?そんなに貰えるものなのか?」

じゃあ、単純計算あと9回やれば俺は借金地獄から開放されるのか!?

ゴクリと唾を飲み込み、辛うじて喉を潤した。

このまま行けば...。

「ええ、そうですよ、というかあなた借金六千万円もあったんですか。」


...心の声が漏れていたらしい。

俺の口は何なんだ。言いたい時に何も出なくて、言いたくない時に出る。なんて欠陥品だ。

ハハッ、まるで俺のようだな、命を賭けるギャンブルにまで手を染めて。金を求めて。

こんなの、俺が求めていた生活じゃない。

俺はもっと平穏に、平均かそれ以下の暮らしがしたかっただけのはずだ。

今は妻も娘も、いなくなってしまった。

自分のことしか考えなくていいんだ。

結婚とか、子育てとか、高望みし過ぎてたかもな。

少しずつ借金を返しながら、今の生活を続けていくだけでもいいんじゃあないか?


「では、もう一度やりますかね?」


男が尋ねてきた。

俺は真っ直ぐその目を見て答える。


「いいや、お前とこのゲームのおかげでなんか吹っ切れたよ。

さっきお前、決めるのは俺の自由って言ったよな?

ならもう帰っていいか?

取り敢えずこの分の金は貰っておくが、公園で恵んでもらった金は返す。

やっぱり俺には、こんな危険な賭けより、堅実な方が性に合っているようだ。」

「そうですか...。それは誠に残念です。

では、あちらのドアからお帰りください。

私は充分楽しめましたので、ね。」


男が俺の顔を舐め回すように見て言った。

まるで俺に狙いを定めた捕食者のような瞳。

俺の背中に寒気が走る。

続けて、

「あなたの葛藤の表情、素晴らしかったですよ。

あ、また来たくなったらこれを。」


と言い、名刺を渡してきた。


「この場所に行けばきっと私に会えます。

またこの高揚感を味わいたくなったら、来てください。

心からお待ちしております。」


「おう、もう来ねえよ!」


そう言い残し、俺は部屋から出た。

眼前に広がるのは限りなく広がる青い海。

その輝きを映すかのような綺麗な青色をした空。

そして少しそれを覆う小さな雲。

手元には、禍々しいオーラを醸し出す場違いな名刺がある。


「そぉい!!」


それをくしゃくしゃに丸めて投げ捨てた俺は、俺の未来がこの海や空のように明るく時には曇りつつ広がって行くのだと思いながら、この場所から去った。




倉庫にて、


「おかしいですねぇ。」


ある男が本当に可笑しそうに笑いながら言った。


「経験上、あの状況下で自暴自棄にならない人間はいないはずです。

だからあの男の妻を堕とし、この計画を練ったのですが...。」


男の背中に真っ黒な刺々しい羽が生える。


「先の帰るとき、彼からは全く何も依存性や悪感情等を感じなかった...。」


男は机に置かれた一万円札の束を忌々しげに見つめて言った。

男の影に二本の角が生える。


「名刺、もとい悪感情増幅装置も渡しましたが...。

きっといい結果にはならないでしょうねぇ。」


男の顔が禍々しい黒いオーラに包まれ、一変する。

男、いや、そのヒトガタの姿は悪意に満ちていた。

全身を覆う黒色の気配。

割れんばかりに引き裂かれ、両側にのこの様な刃が付いた口腔。

漏れ出す紅い光が、まるで全てを染めるかのような目。

その中の獣のような、全てを射殺す瞳孔。

その指または関節は節くれだっており、それ自身の存在を証明するかの如く歪な形を成している。

何処かの神話に関する文献に載っていそうな、まさに悪魔。

人の悪感情や希望から絶望への感情の変化などを糧にして生きるモノ。


「失敗、ですか。

これはまずいですねぇ。

ほかの奴らにバレたらオレの世間体が...。

おい、ここから引き揚げるぞ!」


ソレはSP風の男達──この男達も、最早ヒトの形を成していなかった──に獰猛さが貼り付いた声音で言い放つと、


「ガハハッ、やはり人間は面白いッ!」


そういいながら、影の中へと溶け込んだ。

そこに『何か』がいた、『何か』があった痕跡すら残さず、ソレは跡形もなく、消えてなっていた。

倉庫ごと、何も、かも。



その日、剛は倹約生活で携帯をあまり使っていなかった為まるで知らなかったが、ネット界隈で噂されていた都市伝説『悪魔のロシアンルーレット』は消滅した。



人知れず、多くの人を救った彼は今。


「ちょっとそこのお兄さん、綺麗な女の子沢山いるよー」


「ぇあろすみすーっ(いらっしゃいませーっ)。」


身を粉にしつつ懸命に働いていた。


「あーつら。やっぱ名刺捨てない方が良かったかなぁ」


懸命に?働いていた。












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