9話・わたし達は未来から来ました
はあああ。広場まで駆け戻ったオリナ達は息をぜいぜいと切らした。
「ここまでくればもう大丈夫でしょう。人目がある場所であの男も仕掛けて来ないわよね?」
「とんだ目にあった。オリナは大丈夫?」
「大丈夫よ。これのおかげで助かったわ」
見れば蔓の巻きが幾らか減っていた。あの男に使った分だけ減ったと言うことだろう。だけど今、蔓を回収する気にはならない。そうすればあの男の身柄は自由になってすぐにまた追いかけて来ないとも限らないからだ。
「さあて。今晩の宿はどうしようかしらね?」
ふたりの間に横たわる暗い気分を払拭するような気持ちでルカに明るく言えば、背後から声がかけられた。
「もし。ひょっとしたらそちらのお嬢さまは、デルウィーク国からお越しの御方ではありませんか?」
「はい。そうですが?」
背後から掛けられた声になんの警戒もなく応じたオリナにあ、馬鹿。と、ルカは慌てた。学習能力がない。と、言われた様でオリナも申しわけなく思う。
「どちらさまでしょう?」
ルカはオリナを自分の後ろに追いやってから、声をかけてきた中年男性と向き合う。
「これは失礼。わたくしはデルウィーク国のグライフと申します。国許では宰相のようなことをしております。あなたが連れているご令嬢が知り合いに似ていたものですから、不躾とは思いましたが声をかけさせてもらいました」
「「グライフ」」
ルカとオリナは顔を見合わせた。オリナは驚いた。彼は宮殿で侍従長を務めるグライフにそっくりだった。本人と見間違えるほどに。
シルビオに招かれてシマリスのルカを連れ、宮殿にあがった日も、彼自ら美味しいお茶をいれてオリナたちに振る舞ってくれていた。
「あなたどうしてここに‥?」
グライフはオリナ達の反応にきょとんとした。
「ここで立ち話もなんですから、わたくしの滞在している館の方へ如何ですか?」
グライフの招きに応じて、彼の滞在している館へやってきたオリナは、さっそく自己紹介の後、彼に追及されて洗いざらいぶちまける事になってしまっていた。
(本当は過去への干渉ってあまり宜しくないんじゃ‥)
と、思いつつも相手はグライフによく似たそっくりさんである。顔だけじゃなく中肉中背の体つきも似てるし声も名前も同じ。本人を前にしてるような気になっていたら、彼の追及を許してしまっていた。
きっかけはオリナの素性にあった。
「オリナさまはどちらの御令嬢ですか? 王家特有の瞳をお持ちのようですが? それとわたくしの名前をご存じの御様子から、王家の血筋の方と思われますが、いまのデルウィーク王家でも、まずあなたさまと同じ年頃の王女さま、もしくは御令嬢は存在しておりません」
王家特有の瞳と言うのは、実は王家の者は一見、黒い瞳に思えるがよく見れば、瞳孔の部分が金色で縁取られていて金の花が咲いてる様に見えるのだ。
(さすがはグライフの祖先ね)
オリナは宮殿の侍従長を思いだし、彼とうり二つの容姿をした相手に感心した。
「と、いうことから判断いたしまして、あなたさまはわたくしの今いる別の次元から姿を現わされた御方かと思われるのですか? 過去の世界か? または未来でしょうか?」
グライフは蛇の目のように瞬きもせずに聞いて来る。
オリナは蛇を前にした蛙のように、だらだらと冷や汗しかかけなかった。グライフの推理力の前に弁解すら出来そうにない。
「オリナさまのお召しになっているそのドレスですが、ハイウエストとは珍しいですね。上質な生地のわりにひだが多い。いまの職人には編みだせない技術のように思えますが? やはり未来からいらっしゃいましたか?」
「さすがはグライフね。侍従長のご先祖さまだわ」
「負けたよ」
オリナは観念した。ルカも頷く。
「そうよ。あなたの推理の通りよ。わたし達は未来から来た。いまの聖女、志織を守る為にね」