8話・最悪な男に言い寄られて
ルカと連れだって裏通りに入った所で、追って来た男がオリナの手を掴んできた。
「待てよ。お嬢さん」
「いやだ。放して下さい」
「こいつ。オリナの手を離せよ」
「なあ。なんで俺を拒むんだ。話くらい聞いてくれても良いだろう? きみに悪い様にはしない」
「放せってば。オリナが嫌がってるだろう」
「邪魔するな。小僧」
オリナの手を両手で握りしめて来た男に、ルカが割って入ろうとしたのを男は片腕で強く払いのけた。ルカの華奢な身体が路上に転がる。
「ルカ。大丈夫? ちょっと放して」
「あんな小僧のことなんか気にかけなくても良いだろう? 俺を気にかけろよ。可愛がってやるから。あいつより満足させてやれるぞ」
男の言葉にオリナは嫌悪した。男はどうやらオリナが従者と駆け落ちした良家のお嬢さまと思ったようで、オリナの貞操は薄いと感じて言い寄って来たのだろう。男の邪な思いが知れてオリナは頭に血が上った。男の頬を打った。男はオリナの思わぬ仕返しに一瞬、動きを止めたが口角を上げて見返してきた。
「馬鹿にしないで。わたしはあなたが思ってるような女じゃない」
「初めはみんなそう言うんだ。だけど俺という男を知れば離れられなくなる。そうか。お嬢さまはまだそっちの経験はなしか? じゃあ、俺が教えてやる」
壁に背中を押し付けられて、オリナを逃がさないとばかりに男の腕で囲い込まれる。
「いやっ」
顔を近付けてきた男は、オリナのブレスレットに目を向けた。
「なんだこれ?」
オリナの左手首に巻いてある茨の蔓。ユミルにもらったブレスレットの存在を思い出したオリナは、男の前にそれを突き出した。
「伸びよ、ムチ」
「うああああ」
オリナの腕から細長く伸びた蔓が男の身体を拘束する。
「さあ、ルカ。逃げるわよ」
オリナは路上から身を起こした彼を助け起こすと、その場から駆けだした。彼女達の靴音が遠くなる。その場に残された男は地団太踏んで悔しがると思われたが、くっくっ。と、笑い出した。
「この俺がしてやられるとはな」
油断した。そう言いながら、男は身体に巻き付いた茨の縄をなんなく振りほどいた。
「イキがいい娘だ。ますます欲しくなってきた」