34話・世界が消えた?
「お久しぶりにございます。オリナさま。ユミルさま」
「あなたグライフ‥どうしてここに?」
「オリナさま。こうして再びあなたさまとお会いできてうれしゅうございます」
デルウィークの頼れる侍従長がそこにいた。侍従長は城のなかへとオリナとユミルを案内した。
城のなかは派手ではないものの、荘厳な感じの石作りの城で大理石を用いた柱は天上にアーチの曲線を描いていた。廊下には赤い絨毯が敷かれ、窓には臙脂色を主体としたタペストリーがかかっていた。オリナの肩の上にルカはちょこんと座り付いて来た。
城内の奥まった部屋の扉の前につくと、グライフは深々と一礼した。
「こちらが御二方のお部屋となります」
どうも案内された部屋は城主の部屋となるらしい。二間続きの部屋で奥には天蓋付きの寝室があった。
「この城をお好きなようにお使い頂くようにと魔王さまより承っております」
「グライフ、あなた魔王さまと知り合いなの?」
グライフが魔王に仕えてる様な感じを受けて、オリナは訊ねた。いつの間に魔王と知り合いになったのだろう。と、思ったからだ。
志織がいた世界では、彼は魔王と接触していた形跡がなかったと思うだけに、オリナには魔王と彼のつながりが想像出来なかった。
グライフは畏まって言った。
「わたくしは元々魔族の者なのです。訳あってデルウィークの王家の歴代の方々に仕えて参りました」
「えっ? まさかそれって志織の世界にいたグライフもあなたなの?」
「その通りでございます。あなたさまが見守られていた聖女さまはあの後、デルウィークの王、ベルナルトさまのもとへ嫁がれましたよ」
グライフを人間と信じて疑わなかったオリナは彼が魔族と聞いて驚いた。彼は志織がいた時代にもいた。あの頃からいや、その前から生きていたとすると結構な長命となる。魔族ならではなのだろうか?
啞然とするオリナに、彼はオリナが志織のいた世界を去った後のことを教えてくれた。
「それじゃあ、彼女はロベルトとはお別れしたのね?」
「いいえ。結婚致しました。聖女さまは彼を選ばれたのです」
「…?」
困惑するオリナに、種明かしをするようにグライフが教えてくれた。
「実はロベルトがデルウィークの王だったのです」
「うそ。本当に?」
「彼は変わり者でしてね、幼い頃から調理することが好きで帝王学を学ぶよりも、調理人の後を追いかけ回して料理を学ぶことが好きでした。王太子となった時に、見解を広げたいと他国へ遊学し、その延長であちらこちらとふらふらして、なかなか国へ戻って来ないものですから留守を預かるわたくしとしてはハラハラさせられたものです」
「あら。じゃあ、前にあなたがわたしに聞きたかったことって、シルビオ兄さまのもとにいる自分が振り回されてるどうかを確かめたかったのね?」
志織のいる時代に飛ばされたオリナが出会ったグライフは、オリナが未来からやって来たと知り、自分にそっくりなグライフのことを色々聞いて来て、なぜかその男が仕えている王太子に会ってみたいと言っていた。
それを聞いてオリナは不思議に思ったのだ。自分にそっくりな男に関心をもった様子だったのに、その男が仕える相手に会ってみたいだなんて言い出すなんて。
「そうです。あの頃は放浪癖のあるロベルトに散々振り回されましたから。聖女さまとご結婚されてからも大変でしたよ。ちっとも宮殿に居てくれないので。それにお説教をしようとすると魔王さまが都合よく現れて庇われまして。ロベルトは魔王さまに甘やかされてましたからね」
「弟が済まないね。グライフ」
ユミルの済まなさそうな発言を聞いて、オリナは思い出した事があった。ユミルと魔王は兄弟だったのだと。
「とんでもございません。ですがあのような形であの世界を手放さなければならなくなるとは思いもしませんでした」
「無くなったって何が?」
オリナはユミルとグライフの顔を交互に見た。
「きみのいた世界はね、消滅したんだ。ムダル神の怒りによって」
「それじゃあ、お父さまもお義母さまも、お兄さまもお義姉さまも皆いなくなってしまわれたと言うの?」
「残念ながら一瞬にしてあの世界にいたものは全て消え去りました。跡形もなく‥」
ユミルは言いにくそうに告げ、その後をグライフが引き継いだ。オリナは衝撃が大きすぎて何も言えなくなった。
「父神さまのぼくらに対する怒りは深く、ぼくの作った世界そのものを破壊しないと気が済まなかったらしい」
「そんなひどい‥一体皆が何をしたというの? 怒りならわたしにぶつければ良かったじゃない。ひど過ぎる」
ディークが八つ当たりで、あの世界に住む大勢の者の命を奪ったことは納得がいかなかった。オリナは怒りで身体が震えた。同時に歯がゆく思った。
「わたしのせいね。わたしがユミルにすがったから。あの人の手を取れば良かったの? これがあの人ではなくユミルを選んだわたしへの代償なの? 最高神を怒らせたから? わたしが悪いのね?」
「自分を責めては駄目だ。オリナ」
「ユミル…」
「ムダル神は気紛れなんだ。策略、謀略、裏切りが大好きで退屈や平和を嫌う。常に争い事を好み、他の神々も振りまわして来た。父神さまがこの世界に介入して来た時から争いの種は巻かれていたんだよ。きっかけはきみでなくとも父神はこの世界を遅かれ早かれ滅ぼす気でいたと思う」
「そんな…!」
「ごめん。ごめんよ。ぼくが不甲斐ないせいできみの帰る世界は無くなってしまった」
「ユミル」
ユミルは泣きそうな顔をしていた。彼がオリナのいた世界の創造神だと、オリナは誰かに聞いたような覚えがあった。ユミルは何もかも失ったのだ。自分で作り上げた世界を。そしてそれは志織がいた痕跡を消した。と、いうことにもならないだろうか?
それほどまでに彼女のことを愛していたのか?




