26話・異国の公爵と秘密の恋仲
ミストラルドのイザベル公爵は、気がつけばザカリー公爵邸の客人となっていた。娘の危機を救ってくれた恩人である異国の公爵さまをオリナの父、ザカリー公爵がいたく気にいり、彼を自分の屋敷にてもてなし、モムナイトに滞在の彼を、客人として館に留め置いたのだ。
オリナとしては、ディークがなにか術でもかけたのだと思っている。彼の正体はムダル神だ。ムダル神は好奇心旺盛で、気紛れ、争い好きの神さまなのだからこの先、なにか起こりそうで冷や冷やさせられる。
「おや。どうしました? 我が愛しの姫ぎみ?」
そう彼に言われる度に何事も起こらねばいいが。と、願っていた。使用人たちは彼の言葉に勘違いして、我らがお嬢さまは公爵さまと秘密の恋仲なのだと思い込んで、密かに噂してるようだ。
一応、オリナはこの国の王太子の許婚だ。そのような話が広がれば公爵家としては致命的なはずでそれを嫌う父でさえ、最近はディーク殿下のことはどう思ってるのだ? と、聞いて来た。
ディークは設定をまた一つ、付けたしたようだ。ミストラルドのイザベル公爵は実は王弟であり、子供に恵まれない老いた国王のゆくゆくは継嗣となり、ちかじか後を継いで国王になることが決まってるらしい。と。
打算的な父としては、ミストラルドの王家と縁戚となるのも魅力的なのだろう。ミストラルドもモレムナイトに連なる大国だ。
シルビオさまがいますから。と、言葉を濁したオリナにそちらの方は心配するな。と、言われた事からして不安が広がる。父は最近姪の(オリナにとっては従妹にあたる)伯爵令嬢を殿下のお傍付きの侍女にした。
その従妹がもし殿下と懇ろな仲へと進展してくれれば、彼女をゆくゆくは養女として殿下のもとへ嫁がせてもいいと思っているふしが伺えて、オリナは複雑な気分だった。
シルビオには兄妹のような感情しかもてないが、それでもオリナにとっては大事な存在である。父の考えには賛同できないと思いつつも、このような状態を引き起こしたディークには何も出来ない。そんな自分が情けなかった。
ミストラルド公爵が滞在して三日目のこと。
「オリナ」
深夜に彼がオリナの寝ている寝台へと忍んで来た。ユミルの命を助ける為、彼女は彼と取引きをしている。いよいよ、今夜か。と、思われてオリナはドキドキした。
「そんなに期待してたのか? もっと早く来てやれば良かったな」
緊張するオリナをディークが冷やかす。
「馬鹿言わないで。こんなこと初めてなんだから、緊張するのは当然でしょう」
「そう固くなるな。優しくしてやるから」
そう言って唇に触れた指先は、優しくオリナの唇の形をなぞった。紫色の瞳がオリナを憐れんでる様に見えた。
「ユミルのこと、まだ好きか?」
「ディーク。その名前は出さないで」
彼の名を聞くだけで胸の奥がざわめく。まだ彼のことを忘れられないのだと、思い知らされてるようで苦しい。
「オリナ」
柔らかなものが額に触れ、思わず目を閉じた目蓋にも落とされた。頬やこめかみにも触れる。オリナは彼に従うべく瞳を閉じた。これからされる事を思えば怖くて仕方ない。身体が震える。この先どうしていいか分からないオリナは固く目を閉じ続けた。
「俺を見ろ。オリナ」
恐る恐る目を開ければ、呆れたようにディークが見つめていた。寝巻きの上から胸やお腹に手が這わされてひゃっ。と、色気のない声を漏らしたオリナをディークは笑った。
「ここもここもまだ固いな。おまえはまだ青い果実だ」
「ディーク」
ディークはオリナから距離を取った。彼女の隣に寝転がる。その行動にオリナが不審を覚えてると、ディークがオリナの身体を抱きしめてきた。
「青い果実は食っても苦いだけだからな。だからおまえが熟すまで待ってやる。だからこれだけは許せ」
「あ…っ。何を?」
オリナの首筋にディークが顔を落とした。首筋に齧られた様な強い刺激を覚えて驚くオリナに、彼は顔を放すと宥める様に彼女の髪を梳く。
「お子ちゃまには刺激が強すぎたか? 俺がおまえを気にいってる証拠だ。気にするな。もう寝ろ」
それだけ言うと、オリナに背を向けて寝てしまう。彼に振りまわされてる気がしないでもないが、大人げない態度の彼が可笑しく思えてオリナは笑った。