24話・ユミルに利用されていた?
「おまえはネンネだからな。男の下半身事情は知らないだろうが、ほどほどに解放しないと辛いのさ」
「それは都合のいい言い訳でしょう? そうやってどんどん子供作って、自分の首絞めて何が面白いのかしら? ムダル神って」
いつの日か自分にとって代わる子供達を作ってどうするのかしら? そんなに自分の地位が惜しいのなら子供を作る様なことをしなければいいんじゃない。と、オリナには理解に苦しむ話だ。
「そのような発言を許すのはおまえだけだぞ。オリナ」
「はい。それはどうも。でもそのことを見咎めて注意してくれた魔王さまって良い人じゃない? やっぱり父神さまを思って言ってくれたとしか思えないわ。わたしには」
「しかし、やつは言ってはいけない一言を言った。危機感が足りないのでは。と。ムダル神が父神に呪われたのを知ってるのは祖母神だけだ」
「その魔王さまが、祖母神さまから聞き出したのではないかとムダル神は恐れてるのね? つまり魔王さまがあなたの地位を狙ってると? そう思って彼を天界から追い払い魔王に貶めた。ずいぶんとあなたは疑い深いのね? ムダル神さま」
「オリナ‥!」
オリナはディークが話したことは彼の身に起きたことなのだと悟った。よく従兄がこれはある人の話なんだけどね。と、言いながら、自分の身に起きた事を話す事があったから。それに巨木に捕らわれたユミルは、父神さまにこの様な目に合わされたと話していた。その結果から読み取れたことは、このディークがムダル神かもしれないと言う事だ。
キッとムダル神を睨みつけるオリナにユミルが行けない。と、警戒を促す。その隣でディークはほお。と、納得したような声をあげた。
「そなたやはり志織と魂を同じくする者か? 俺の真の名を呼んでも平気でいるとは」
「…?」
「そうか、神や妖精など夢物語になってしまった世代のおまえたちは知らないんだったな。この世界は神や自分よりも力がある者の名前を気軽に呼んではいけないのだ。だから聖女も周囲の者たちには本当の名前で呼ばれてなかっただろう? もし、呼んでしまえば身体の自由を奪われてしまうからな」
オリナは驚いた。皆は力ある者の名前を呼ぶのを避けていたとは。そんな仕組みがあったとは気がつかなかった。
「まさか最後の聖女が生まれ変わっていたとはな」
「うそ。嘘よっ。嘘よね? ユミル?」
ムダル神がほくそ笑む横にいるユミルに違うと否定して欲しくて向けた目は、相手の辛そうな顔を映しただけだった。
「すまない、オリナ。ぼくはきみを利用したんだ。きみなら志織の生まれ変わりだから、そう悪い結果にはなるまいと思って‥」
「そんな、ユミルはわたしを騙していたの?」
オリナは絶望的になった。ユミルはわたしが志織の生まれ変わりと知っていたから何度も夢に現れたのかと。自分を信用させて?
(ユミルはずっとわたしを通して志織を見ていたんだ)
そう思うと、彼の一連の言動に納得が出来た。オリナは打ちひしがれた。
「どうした? オリナ。元気がなくなって来たようだが?」
ムダル神がどこからか剣を取り出し、ユミルの胸元に当てた。
「何するの? ムダル神」
「最後の聖女を葬ろうとしたのをこいつに邪魔されたんだ。こいつの命であがなってもらうことにする。そうでないと俺の気が済まない。おまえもそうだろう? こいつに利用されて悔しくはないのか?」
「そんな無茶苦茶よ。ユミルを殺さないで」
ユミルの命を助けて欲しいと、一歩前に進み出たオリナに事もなげにムダル神は言って来た。
「なら、おまえは俺のものになるか?」
「分かった。いいわ。ユミルは助けて」
「いいのか?」
即断したオリナにムダル神は目を丸くした。抵抗くらいすると思われたのだろうか? もうオリナにはそんな気力もなかった。早くこの場から逃げ出したい様な思いでいっぱいだった。
「いけない。オリナ」
制止するユミルの声も煩わしいだけだ。彼の心にはいまも志織が住み続けている。彼女の生まれ変わりであるオリナを利用するぐらいに彼女を大切に思っているのだ。
(ひどい。ユミル‥!)
心のなかで悲鳴を上げるオリナの耳に、駈け寄って来る音がした。
「オリナっ」
「オリナさまっ」
ルカとグライフの声だ。落ち着いた中年男性と、気さくな愛らしい容姿をした少年のふたりに無性に会いたくなったオリナは振り返った隙を突かれた。
「「オリナっ」」
皆の声が被る。視界も聴覚も遠ざかるなかで、自分を抱きとめた男の声がした。
「聖女の命を奪う事だけは諦めてやろう。その代わりこのオリナは頂いてゆく。デルウィークの末は生かしておいてやる。せいぜいつかの間の幸せを楽しんでおくのだな」




