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23話・ムダル神の恐れていること

「ディーク。あなた、どうしてここに?」

「おまえはこいつとどういう関係だ? なぜ俺の邪魔をする?」

 ディークがユミルの顎を掴んで、オリナを睨んで来る。

「あなたこそ、ユミルとどういう関係? あなたの邪魔なんてわたし何かしたかしら?」


 そう言いながらオリナはあることを思い出した。ユミルに言われていた事だ。オリナはユミルに頼まれて志織の命を狙うものから彼女を守る為にこの世界に来た。その彼女の命を狙うものにいまだ出会っていないとオリナは思っていたが、ひょっとしたら彼は‥?


「まさかあなた‥志織の命を狙っていたのはあなたなの? ディーク」

「ようやく気が付いたらしいな? そうだ。この俺だ。オリナ」

「でもどうして志織の命をあなたが狙うの? 誰かに頼まれたの? もし、そうなら止めて。志織は良い人よ。誰かに恨まれる様な人じゃない。ユミルから手を放して」


 オリナはディークが傭兵と聞いていたので、彼は何者かに雇われているのでは。と、思ったのだ。ディークの行動を見咎めると、彼は露骨に不快な顔をしながらユミルから乱暴に手を離した。


「あやつは異端の聖女だ。定めたルートを勝手に変えてみせた。そのせいで懲罰を受けなければならないはずの魔王がのさばり、異世界からの聖女召喚がなくなった。あやつのせいでこの世界がおかしくなるつつある」

「それがどうしていけないの? おかしいのはあなたの方じゃない?」


「なに?」


「定められた道なんてくだらない。結果が初めから決められてるだなんてどこが良いの? 創世神はずいぶんと怠惰なのね。将来が見えないからこそ、人間はあがいて自分でどうにかしようという気にさせられるんじゃない? それに魔王の懲罰というけれど彼はどんな罪を犯したの?」


 オリナは自分より背の高い男を見据えた。その強い意思を宿した嘘のない黒い瞳を向けられて、ディークは美しいと思った。


「魔王は父神の行いを見咎めて窘めたのだ。最高神という立場にありながら女性と浮き名を流し過ぎだと。みなの模範となるべきではないのかと」

「父神さまの行動が目に余ったから注意したのでしょう? 父親を思う子供心じゃない」

 オリナはそれを聞いて父神さまと言うのは、ずいぶんと奔放な男らしいと思った。女好きの面からして目の前の男と類似したものを感じて会った事はない父神さまを嫌悪した。


「だがな、魔王は言ったのだ。危機感が足りないのではないかと。その一言で父神は悟ったのだよ。己を狙うものが誰なのかを」

「…?」


 話が見えなくなってきたオリナに、ディークは言った。


「おまえもこの件には巻き込まれる運命にあるのだろうから教えてやる。なぜ、父神ムダルが魔王はじめ、己の子を厭うのかを」

 ディークは見て来たかのように話出した。


「その昔、この世界に人間が誕生するよりもはるか昔、天界をラダモスという最高神が君臨していた。この神は全能の神として智に優れ、美丈夫で雄々しく輝ける神として天界の神全てを従えていたが、自分の母を大変疎んでいた。


 なぜなら母神は高潔とされるラダムス神の唯一の欠点と言ってもいいほど容姿が劣り、智性の欠片も感じられなかったからだ。そこで彼は年月が過ぎて母神が醜く老いさばられると自分の住む天界の城から追い払った。


 母神は嘆き、自分の息子を呪った。全身全霊をかけて息子を愛して来たのにこのような仕打ちは何事かとね。


 母神が城を去って後、ラダモスは自分の力が失われてゆくのを感じていたが、自らの息子ムダルにそれは母神を失った悲しみゆえだと諭されて、なんの不安も感じてはいなかった。その裏でムダルは決起した。祖母の力を借りて。


 ラダモスが追い払った祖母をムダルが保護していたのだ。祖母は確かに神族にしては容姿は劣り知性の秀いでてる部分はなかったが、彼女には人徳というものがあった。若手の神は知らなかったことだが、彼女は古参の神に愛されていた。


 その古参の神からの祝福に、彼女は願ったのだ。自分の容姿、持ってる力をかけて生まれて来る子供に祝福をと。その為に元々持っていた容姿が劣り知性が欠けても彼女は息子を愛し続けた。


 その母の愛を疎み城を追い払ったラダモスは、古参の神から恨みを買い呪われた。自分の息子、ムダル神にその地位を奪われ野に放たれることになった父は、息子に呪いをかけた。


『おまえもゆくゆく我と同じような運命を辿ることになるだろう』


 その言葉をムダル神は恐れているのだ。いつの日か自分の息子の誰かに、今の地位を奪われるのかもしれないと疑っているのさ」


「おかしな話ね。じゃあ、子供を作る様なことをしなければいいんじゃない?」

 身を慎めばいいのでは? と、オリナは思ったが、男性とは色々あるらしかった。


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