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16話・関係ないね

 数日後。神殿に地響きが起きて中庭にいたオリナが何事かと頭をあげた時、目に映ったのは、

「せいじょおおおおおおおおおおお!」

 と、雄たけびをあげながら志織に突進してゆく勇者で、止めに入った門番や護衛達が次々なぎ倒されてゆく姿だった。

 近付いてくる勇者を前にして、志織は動きを止めていた。目を見開いて驚いてる様である。


(このままでは志織が…)


 勇者の勢いが加速しすぎていてこのままいくと明らかに志織にぶつかりかねない。オリナのいる位置は、志織達からかなり距離があったが、懸念したオリナは片腕をあげた。茨の鞭で勇者を拘束しようとしたのだ。ところがその腕を背後から掴まれた。


「ここは俺に任せておけ」

「ディーク」

 ディークは手ごろな小枝を掴み、勇者に向かって投げつけた。小枝がクルクルと円をかいて飛んでゆき、古典的な技だが勇者の足もとに引っ掛かって、みごと勇者は素っ転んだ。


「痛ってぇっ。誰だ、こんなもの投げたやつ…」

「勇者王さま。困ります。先ぶれもなく押しかけられては‥」

 ぶざまに地面に顔を打ち付けた勇者が起き上がる。小枝を投げつけた相手を求めて目をさ迷わせる間に、やっと追い付いた護衛二人が彼の腕を掴んだ。両脇を護衛に捕られた彼はめげなかったようだ。

 護衛相手に何か喚いて聖女に会わせろ。と、告げ、終いには彼らを両脇に引きずって聖女に向かってゆく。


「すごい執念だなぁ。あいつ」

 隣から感心した様な、呆れた様な声が上がる。ディークが馴れ馴れしくオリナの肩に触れて来たので、彼女はそれをさりげなく振り払った。


「あなたもしつこいわよね?」

「ああ。俺は狙った獲物は逃がさないタイプなんだ」

「あら。そう。わたしは食べても美味しくないわよ。諦めて」

「冷たいよな。でもおまえのそんなところ、嫌いじゃないぜ。言い寄る女には飽きて来た所だったしな」

 再び肩に彼の手が伸びて来る。その手を遠慮なく叩き落としながら、オリナはそうですか。どうぞ言い寄る女で満足していて下さい。と、思っていた。


「頭を下げろっ」

「いきなり何です? ディーク」

「おっ。嬉しいな。俺の名前覚えてくれたんだ?」

 あなたみたいに暑苦しい人は苦手です。と、オリナが思うと、彼の胸のなかに抱きこまれた。

「きゃあああっ」

 何するの。と、拳を振り上げた瞬間、頭上が暗くなった。空を覆うように何かが集っていた。


「あれは…?」

「鳥魔族だ。誰かを捜してるようだな」

 きいいいいいいいいいいい。頭の髪を逆立てた人間の背中にはコウモリの羽がついていた。

「おまえらの望みの者なら向こうにいるぞ」

 ディークが浮かんでいる彼らに言い放つ。それを聞いた鳥魔族らは、勇者といる志織目がけて突っ込んで行った。


「あなた何ってこと…!」

 オリナはディークを睨みつける。

「そう怒らなくても良いだろう? 俺はお前が助かればそれでいいんだ。他はどうなろうと関係ないね」

「ひどい‥」

 オリナは拳を振り上げた。その手首をディークが掴んだ。


「やれやれ。助けてやったというのに礼はなしか?」

「放して。何がお礼よ。し‥聖女さまを助けなくちゃ」

「あいつなら大丈夫だろ。至上最強の護衛を傍に置いてるんだから」

「なにを‥」

 ディークが顎をしゃくって見せる。それにつられて見た先に、志織と神官を背にして剣を抜いた勇者が目に入った。彼は思いきり剣を振り被る。

閃光が辺りに満ち、その光の眩しさに目を閉じ、オリナが目を開けた時には鳥魔族の姿は跡形もなく消えていた。


「な、俺の言った通りだろう?」

「あの鳥魔族たちはどこへ行ったの?」

 オリナは勇者がてっきり倒したのかと思ったのだが違ったらしい。ディークが教えてくれた。


「勇者が聖剣で凪ぎ払ったようだな。遠くに吹き飛ばされたんだろう」

「そう。勇者は凪ぎ払っただけなのね?」

 それを聞いて良かったと思うオリナがいた。いくら相手が魔族とはいえ、こんな形で命を奪うのは良くないように思えたから。


「どうして奴らを気にかける? 相手は魔族だぞ?」

 ディークはオリナが鳥魔族たちを気にかけたのが気にくわないようだ。傭兵をしてたという話だから、過去魔族と戦うこともあったのだろうか? 彼にとって魔族とは良く思ってない相手らしかった。


「あの人達だって‥家族とかいるでしょう?」

 家族が心配するだろうから。と、オリナが言えば、面白くなさそうな視線が返ってきた。

「当然だろう。だがそれはあいつらの運命だ。同情なんて必要ない。おまえは家畜を食べるのにいちいち、その家族を思い食べるのをやめるのか?」

「そんなことはないけど‥」

「所詮、あいつらは勇者に滅ぼされる運命だ。仮にいま生き伸びたとしても消滅する未来からは逃れられない」


 ディークが断言する。オリナは真っ向から反論した。


「どうしてあなたはそんな言い方するの? 魔族に何か恨みでもあるの?」

「別に。この世界の未来はそう決まってるからだ。聖女は勇者を選び、魔族を滅亡へと導くと」

「そんなのどうなるか分からないじゃない?」

「おまえこそどうして魔族を庇う? 彼らのことなど気にするだけ無駄だ」

 ディークの苛立ちが見て取れたが、オリナは納得出来なかった。


「魔族は絶対悪なの? 例え本人がそんな未来を望んでないとしても? 彼らは勇者に滅ぼされる為だけに用意された存在なの? そんなこと誰が決めたの?」

「‥どこかで聞いた様な発言だな」


 彼は何かを思い出そうとしているかのようだった。眉根を顰めていたが、そうか。と、何かに気が付いたようだった。

「そうか。おまえ…」

「なに? わたしがどうかして?」

「いいや。何でもないさ。そのうち面白い事になりそうだぞ。覚悟しておけ」


 ディークは可笑しそうにオリナを見やると、その場にオリナを残して立ち去った。意味不明な言葉に首を傾げたオリナだったが、彼の言葉の意味に気がついたのは翌日のことだった。




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