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14話・ただの通りすがりの令嬢ですよ

 それから三日後、魔王が神殿に聖女を訪ねて来た。神官たちはそのお世話に忙しく、厨房もバタバタしていた。セレナは神官長に命じられて聖女の傍についているので、オリナは厨房の手伝いに回された。

 オリナは洗いものを頼まれて流しで汚れた食器やグラスを洗っていたが、その最中にロベルトに頼まれた。


「オリナ。この菓子を運んで行ってくれるかい?」

 それは数日前にオリナが提案したお菓子、タルトタタンが乗ったお皿だった。それをお盆にのせてオリナに渡して来る。


 向かった謁見室内では壁際で控えている神官たちがぴりぴりした気配をさせていた。魔王と話しあいをするなんてこの神殿では前代未聞のことらしい。


 朝から魔王さまを迎える為に、皆が緊張をみなぎらせていたのはオリナも知っている。オリナは魔王さまを前にして失礼のないようにお皿を彼の前に置いた。


 魔王は美しい男だった。一目で目を惹く妖艶さがあり、オリナにはそれが妖しい美に感じられて、傍にいるのが息苦しくも思われる。神官長や聖女の前にもお皿を置くと、静かにオリナは退出した。


 志織と目があったらどうしようかと思っていたが、志織は何やら神官長と話しこんでいてオリナの入室には気がついてなかったようだ。


「どうだった?」

 ロベルトに訊ねられて、オリナは確か魔王が菓子に魅入っていたのを思い出した。


「魔王さまも気にいられたようでしたよ」

「そうか。良かった」

「ロベルトさんにもあのお菓子には思い入れがあるの?」


 なんだか何かをやり遂げた様な顔をする彼を見て、オリナは訊ねずにはいられなかった。


「ああ。あの菓子には先祖の思い入れがあってね。そのレシピも残っていたから、少しでも魔王さまにその想いが届けばいいんだが‥」

 ロベルトが考えこむ様な顔をした。


「きっと大丈夫ですよ。聖女さまの試みは上手く行きます」

「きみに言われるとそうなりそうな気がして来るから不思議だ。きみは何者なんだい?」

「ただの‥通りすがりの御令嬢? ですよ」

「きみは面白いね」

 ロベルトに問われ、真相を明かす事の出来ないオリナはほほ笑むことしか出来なかった。


 この日の魔王さまと聖女との交渉は上手くゆき、魔王は魔族側が人間を襲わないことを誓った。これにより皆は今後の憂いが晴れて喜んでいたが、オリナは上手くいきすぎていることにいささか不安を覚えていた。


 何事も無いにこしたことはない。しかし、オリナ達がここに送られたのは、志織の身に危険なことが近付いているからだ。


 聖女と魔王の会談が無事に終わった今、「魔王ルート」は回避されたものの、まだ何があるか分からないのだ。

 オリナはその晩、まんじりともせずに翌朝を迎えていた。そんななか、二度と会いたくないと思っていた相手に会うことになってしまうとは思いもしなかった。



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