かき氷
集落内にいる魔物をほぼ倒しきったので、屋外に仮設テントが増え始めている。
壁の外にいる魔物たちは、あれから襲ってくることもなく、野外で自然の摂理に従って暮らしているそうだ。
数日前までの騒動が嘘のように、穏やかな日々が過ぎている。
望んでいた平穏な日常に、住民やハンターたちの表情にゆとりが見え始めていた。
だけど、そんな中でも熊会長やラッミスは各階層の様子が気になっているのだろう、その表情に時折、影が差している。
ヒュールミとお爺さんは、転送陣を何とかしようと日々籠っているのだが、あと一歩のところで上手くいっていないようだ。
何か気分転換になるような事でもあればいいのだが。と思っている俺の心を読んだかのようなタイミングで、住民たちによる夏祭りが開催されることになった。
これは防衛戦が成功したお祝いも兼ねているそうで、熊会長も快く承諾したそうだ。
急ピッチでハンター協会前の広場が飾り付けられていく。といっても、物資不足なのでそんなに派手にはやれないのだが。
数時間で準備が終わり、手作り感満載の文化祭の様な祭りが開催されたが、久しぶりに思う存分弾ける場が提供されたことだけでも意味があったようで、みんな楽しんでいる。
今日ばかりは難しいことも考えずに、俺も楽しくやるつもりだ。暗い気分を吹き飛ばす為に開催されたのだから。
露店の数が四つしかないのは寂しいが、老若男女問わず大盛況で人だかりができている。
まあ、それでも俺には勝てないけどなっ!
今は夏真っ盛り。日が沈んだとはいえ、快適な夜とはお世辞にも言えない蒸し暑さらしい。そこで、俺が提供する商品は、かき氷だ。
アイスクリームなら既に商品として得ていたが、夏祭りと言えば、かき氷だろう。そこは譲れない。
商売として、かき氷はコストパフォーマンスが優れている。氷にシロップを掛けただけだというのに、お客も満足だし、こっちも原価が殆どかかっていない。ポイント変換も驚くほど安かった。
既に機能として〈かき氷自動販売機〉を選び終えている。白を基調とした本体の上部に、器に盛られたかき氷の写真が貼られている。
緑、赤、黄色と三色のかき氷にシロップがたっぷりと掛けられている写真が、購買意欲をそそられる。味はメロン、イチゴ、レモンという定番中の定番だ。
ただ、この自動販売機の氷は質が悪いところもあり、季節外れの冬場に食べるとシロップの味が劣化していることもあるので注意が必要になる。
しかーし、ここで俺の器用さが生きてくる。氷はできるだけ細かく粉雪の様に砕き、シロップもけちけちせずに新鮮なのをたっぷりと注ぐ。
すると、なんということでしょう。見るからに美味しそうな、かき氷が出来上がったではありませんか。
暑さの影響もあり、飛ぶようにかき氷が売れる。
「かあああっ、つめてえええぇ! たまんねえなっ」
「もう、カリオスさんったら。赤い液が口元に」
カリオスと彼女が目の前でかき氷を食べながら、仲睦まじい姿を見せつけてくれている。
シロップのベットリと付いた口元を、微笑みながら拭ってあげる彼女。
うんうん、微笑ましいね。祭りで野暮なことを言う気はない。ここは、俺がかき氷の美味しい食べ方をカリオスに伝授してあげるとしよう。
「い っ せ い に」
「く ち に ぽ い」
「ん、一気に掻き込めばいいのか。よっしゃ」
浮かれているカリオスは疑いもせずに、かき氷を一気に頬張った。
その結果どうなるのか。日本人なら誰もが知っている。
「うぐああああっ、頭がキーーンって、いてえええぇぇ」
「だ、大丈夫ですかっ」
ふははははは、かき氷はゆっくり落ち着いて食べるものなのだよ。
彼女が心配そうにカリオスの背に手を当てて、遠ざかっていく。少しだけ悪いことをしたような気がしないこともない。
二人の様子を観察していると、頭の痛みが治まったのか、離れた場所のベンチに並んで腰かけているな。
「もう、慌てて食べるからですよ。私が食べさせてあげますね。あーん」
「おいおい、こんなところで恥ずかしいじゃねえか」
「カリオスさん、食べてくれないんですか」
「しゃ、しゃーねえな。一口だけだぞ。あーん」
……イチゴシロップの代わりにタバスコをぶっかけるべきだったか。
そういや、シロップの味を変えられないのだろうか。三種類というのは少し寂しい。他にもフルーツのトッピングもできたら、もっと人気が出そうだが。
ってああ、俺には〈念動力〉があった。俺の前には長机が置いてあるので、ここに〈リンゴ自動販売機〉から取り出した、袋入りのカットされたリンゴを並べる。
このリンゴは食べやすい大きさにカットされていて、尚且つ、ハチミツやキャラメルで味が付いているから、かき氷のトッピングとして使える。他にもバナナや他の果物も出しておく。
今度は氷の自動販売機になって、大量の氷を操って机の上に氷の大きな器を作った。その上に〈念動力〉でへたを取ったイチゴや、皮を剥いた果物を並べて行く。
その作業に没頭していたのだが、気が付くと目の前に人垣ができていた。興味深げにこちらを覗き込んでいるな。
そういう意図はなかったのだが、パフォーマンスとして集客効果があったようだ。観客がいるなら、更に速度を上げるか。
次に、もう一度かき氷自動販売機に戻ると今度はシロップを出さずに、ただの砕けた氷として、プラスチックの器に盛る。それを目の前の机にずらっと並べていく。
充分な数が確保されたので、更にここで新たに取った機能を披露するか。
自動販売機としては定番なのだが、今まで一度も使うことがなかった〈カップ式自動販売機〉に。
今更説明する必要が無いぐらいメジャーな、紙コップの中に選んだ飲み物が注がれる自動販売機だ。
普通は紙コップに原液を注いで、水もしくは炭酸水で割り、そして氷が投入されるシステムなのだが今回は原液のみを活用させてもらう。
本来は紙コップが置かれる場所に〈念動力〉で、シロップ無しのかき氷を移動させる。そして、日本で最も有名な乳酸菌飲料である白い原液を、かき氷の上に放出。
こうやってジュースの原液を掛ければ、シロップ代わりになるだろう。これならシロップの種類は数倍に増える。
更に予め準備しておいた果物をトッピングして、完成だ。
「おっ、ハッコン何だこれ。さっきの氷よりも、めっちゃ旨そうじゃねえか」
「うんうん、可愛くて、すっごく美味しそう」
いつの間にか人垣に紛れ込んでいた、ヒュールミとラッミスが喉を鳴らして見つめている。
「も っ て い っ」
「て い い よ」
今日の飲食代は全てハンター協会が受け持っているので、好きに持っていってくれ。
俺がそう言うと、一斉に特製かき氷に人が押し寄せ、あっという間に売り切れてしまった。
思っていた以上に好評だったことも嬉しかったが、それよりも〈念動力〉を使用すれば簡単な料理ができそうな事実の方が重要だ。
ただ〈念動力〉は商品のみを操る能力なので包丁を扱えない。今まで刃物を売っている自動販売機を見たことが無かったので、商品に刃物が存在していない。
刃物があれば接近戦が可能になったかもしれないので、少々惜しい気がする。
「ごちそうさまでした!」
思考の海に沈んでいた意識を浮かび上がらせたのは、元気な子供の声だった。
空っぽになった、かき氷の器を握りしめて、にかっと笑う小さな女の子。って、常連四人組の一員である老夫婦の孫か。
「ごちそうさまでしたっ!」
「ありがとうございました」
二度同じことを言われて、咄嗟に礼を返したが正解だったようだ。さっきよりも笑みが深くなっている。
「ねえねえ、ハッコンって。どういう魔道具なの? 武器とか防具じゃないよね。商売用魔道具?」
「考えたこともなかったが、万能商品供給魔道具とかになるのか?」
「ヒュールミ、それって長すぎるよ。万能魔道具でいいんじゃない?」
子供の素直な問いに対して、ヒュールミとラッミスが適当に答えている。
でも、そう問われると答えに困るな。この異世界では例えようのない存在だと思う。ここは正直に伝えておくか。
「し と う あ ん」
「あ い くい」
うっ、自動販売機と言うには言葉が足りな過ぎた。無理やりにも程があったか。最後の「くい」だけ、最速で繋いでみたが「き」に聞こえなかっただろうか。
二文字を続けて言うだけで尋常ではない集中力を必要とするので、滅多にできない荒業なのだが。
「しとうあんあい……き?」
「う ん う ん」
今はこれで満足するしかない。
いつか、もっと流暢に話せる日が来たら、正式に名乗らせてもらうことにしよう。




