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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
四章

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真実

 脅しにあっさりと屈して認めた男は右拳を前に突き出して、大きく息を吸った。


「冥府の王による束縛を解除せよ」


 男の右手には冥府の王に模したデザインの指輪がはまっている。その指輪の目が血のように赤い光を放ち、その顎がカタカタと揺れる。

 すると、ずっと俺の〈結界〉を殴り続けていた魔物たちが突如硬直して、ぼーっと虚空を見つめている。今までの殺気漲る姿を一変させて、呆けたまま辺りを見回し始めだした。

 寝起きの人を見ているようだ。


「こ、これで、魔物たちは元の状態に戻った。も、もう、いいだろっ」


「て っ た い」


「さ せ て」


 このまま、ここから全て撤退させないと終わったとは言えない。


「む、無理だ。俺はたまに攻める指示をするだけの役割なんだ。この指輪が冥府の王の力を伝える機能になっていて、俺はただの中継地点なんだよ!」


 つまり、アンテナの代わりなのか。まあ、こんな信念も根性もなさそうな奴に、全ての権限を譲渡する程、馬鹿じゃないよな。

 それに、撤退させるにも唯一の出入り口を俺が封じたから、そもそもが無理な話か。


「い、今、解除させたから、もう奴らは通常時の魔物に戻っている」


 これは嘘じゃないな。我に返った蛙人魔たちは散り散りになって逃げてしまっている。鰐人魔は好戦的なので、まだ戦っている個体もいるが、蛙人魔を襲って喰らいついているのもいるな。

 これが本来の生態系か。ずっと、操られていたので飢えているのかもしれない。

 そこら中で魔物同士が争いを始め、熊会長たちが戸惑っているようなので、最大音量で呼ぶことにした。


「こ っ ち に」


 穴の修復はまだ半分にも満たないが、俺の置いたコンクリートの板があるので、問題ないと判断したようで、全員が駆け寄ってくる。


「ハッコン、何かしたのか。そやつは一体、何者だ」


 真っ先に辿り着いた熊会長が、息荒く問いただしてくる。中身は紳士だが、その外見は返り血を浴びた熊だ。その迫力に魔物を操っていた男が腰を抜かしている。

 ここから、この男が何者であるのかを、足りない言葉で一から説明するのは一苦労なのだが、俺には〈防犯カメラ〉と〈液晶パネル〉がある。録画しておいた、さっきのやり取りを再生しよう。

 真剣に鑑賞している皆の邪魔にならないように、男の前にキャンディーを浮遊させて口を開かないようさせる。

 最後まで見終えると、全員が考え込むような仕草を見せてい――えっ!


「死ねえええっ!」


 轟音を上げて迫る拳が〈結界〉に激突する。


《ポイントが600減少》


 なっ、ミシュエルの一撃をも上回るのか。怒りの形相で目に涙を溜めた……ラッミスの一撃は。


「ら っ い す」


「結界を消して、ハッコン! じゃないと、そいつ殺せないっ!」


 どういうことだ。この怒りよう尋常じゃないぞ。ラッミスがここまで怒りをあらわにした姿を見たことが……一度だけあったな。まさか、そういうことなのか?


「落ち着くのだ、ラッミス。お主らしくないぞ」


 再び殴りかかろうとした、ラッミスを背後から熊会長が羽交い絞めにしている。だけど、完全には制御できないようで、引きずられている。

 大食い団も、ラッミスにしがみ付いて懸命に押し留めているが、それでも動けるのが彼女の怪力の恐ろしさか。


「その顔、忘れもしないっ! そいつはうちの村を襲った魔物を操っていた仇やっ!」


 やっぱり、そうか。薄々は感づいたが、ラッミスの村を壊滅させた犯人がこいつなのか。

 魔物を操っていたという条件が当てはまりはするが、このタイミングで出会うことになるとは。


「詳しいことはわからぬが、こやつからは、まだ聞きだしたいことがある。どうか、怒りを収めてはくれまいか。我が集落を破壊し、住民を殺した奴に対する憎悪は痛い程理解できる。だが、だからこそ、耐えてくれ。他の階層の人々も同様に苦しみ、今も逆境の中で、生きる為に懸命に足掻いていることだろう。我々と同じ目に遭わしてはならぬ。少しでも多くの人々を救う為に……耐えてくれっ」


「う……ん。わかった、よ。ごめん、会長。うちは門の修復作業やっとくね」


 ここにいると気持ちを抑えられないのだろう。俯き気味に大穴の方へと向かっていく。お爺さんと三人の土魔法使いも一緒に戻っていった。


「さて、こちらの質問に全て答えてもらう。無駄な駆け引きや誤魔化し、言い淀む度にお前の指を折っていく。殺しはしない……いや、簡単に死なせはしない。安らかに死にたいのであれば、全てを素直に白状することだ」


 穏便で優しい熊会長は、ここにはもういない。野生の獰猛さを剥き出しにして、見る者の魂さえ萎縮させる野獣がいた。

 日本であれば相手が凶悪犯であれ、この行為は許されないことなのだろう。だが、ここは異世界であり、法もルールも異なる。

 それに、法として間違った行動であったとしても、俺は熊会長を止める気にはなれない。

 数百人もの住民を無残にも殺されたのだ。何をされたとしても、こいつの自業自得。同情の余地はない。

 隣には黙して何も語らない、お婆さんが静かに佇んでいる。温和な笑みはなく、表情の消えた顔でじっと男を見据えている。

 その姿に熊会長とは別の凄味を感じてしまう。


「まず、その指輪を外してもらおう。ハッコンはラッミスと共にいてくれるか。このような汚れ仕事は我々が受け持とう。それが年長者の役割というものだ」


 見届けたい気持ちもあったが、それよりも今はラッミスの傍にいてあげたい。なので、その申し出を素直に受け入れ、下に車輪を設置して大食い団に運んでもらった。





「ハッコン……ごめんね」


「う う ん」


 かなり気落ちしている。俺を背負ったまま、穴埋めの作業は続けているのだが、いつもの覇気が全くない。

 親の仇と会えたというのに、復讐を成し遂げるチャンスを失えば意気消沈もするよな。だけど……甘いとはわかっているのだが、ラッミスが人を殺さずに済んで少しホッとしている。

 何て言葉を掛けたらいいのだろうか。少しは話せるようになったというのに、気の利いた言葉が思い浮かばない。

 これじゃあ、今までの自動販売機と何ら変わらない。


「うちはね、ずっと、おとんとおかんや、村のみんなの仇を討ちたかった。だから、少しでも強くなろうと思って、ハンターにもなったんよ」


「う ん う ん」


「だから、あいつを見た時、何も考えられなくなって……ダメだよね。師匠も言っていたんだけど……怒りを忘れなくてもいい。だが、どんな状況でも我を忘れるな。怒りも哀しみも呑み込み昇華させて、自分の力にしろって」


 感情の完璧な制御を十代の女の子に求めるのは間違っている。世の中には、まともに感情を制御できない大人がどれだけいることか。

 だけど、この異世界は平和な日本じゃない。ましてやダンジョンの中で危険を覚悟の上でハンターをやっているのだ、精神の乱れは自分の命を縮める行為でしかない。

 それを全て理解した上で、俺は彼女の味方でありたい。自動販売機である俺とラッミスは一心同体のようなものだ。彼女の足りない部分は俺が補えばいい。

 悲しみで心が塗りつぶされそうなら、喜びで塗り返せばいい。それが、相棒としての俺の役目だ。


「ら っ い す」


「ん、なーに」


「い っ し よ だ」

「さ い ご ま で」


 つたない話し方で、ちゃんと伝わったのか不安だな。俺はそう簡単に死なないから、いつかキミがハンターを辞める日まで、ずっと一緒にいるよという想いを込めたのだが。


「えっ、ハッコン。それって、もしかして……求婚ってこと?」


「あ っ」


 ラッミスが頬を染めて、身をよじっている。え、ちょっと待ってください、ラッミスさん。


「で、でも、うち、未成年だし……お母さんが結婚したのは十八だったから、うちも同い年で結婚するのが理想なんだぁ」


 あの、もしもし。


「嬉しいけど、まだ、ちょっと早いかなって思うの。ほら、まだお互いのことをもっと知るべきだし。あ、そうなると子供どうしようか。ヒュールミに小さなハッコン作ってもらうのも、いいかな」


 ええと、わたくしめの弁明を聞いていただきたいのですが。


「そうだ、やっぱり、ダンジョンの最後まで到達して、人間に戻してもらおうよ! 今のハッコンも大好きだけど、人に戻ったハッコンも見てみたいなー。そうしたら、手を繋いでデートとかもできるもんねっ」


 落ち込んでいた気持ちが吹き飛んでくれたのは嬉しいが、妄想がとんでもない方向に飛躍している。

 気持ちが滅入っている時に衝撃を与え過ぎて、軽く混乱しているようだ。好かれていることがわかったのは嬉しいけど、本気なのだろうか……。心が弱っている状態で優しい言葉を言われて、正しい状況判断ができなくなって、舞い上がっているだけだよな。

 自動販売機と少女の恋愛は可能なのだろうか。い、いや、俺が落ち着け。

 今度はここから夢見る彼女を現実に引き戻さないといけないのか。


「なーんてね。ハッコンは落ち込んでいる、うちを励ましてくれているんだよね。ありがとう。うん、おかげですっごく元気になった!」


 くっ、からかわれていたのか。危うく、本気で信じるところだった。

 腕をぐるぐる回して、元気なところをアピールしてくれているが、まだ表情に陰りがある。空元気でも落ち込んでいるよりかはマシだよな。



暗く真面目な展開ばかりでしたが、四章が終わりました。

次の話から五章となります。

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― 新着の感想 ―
ワンパンで六万円、、、
[良い点] 分かっちゃいたけど、やっぱラッミスの加護は正しく機能すれば破格の戦闘力なんだなぁ パンチで600ダメージとは...
[一言] どいてお兄ちゃん!そいつ殺せない!
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