自動販売機の脅し方
魔物が我を失っている間にコンクリートの板を積み重ねていき、動き始めた頃には目標の十枚が重ね終わっていた。
今更敵が慌てているが、この〈自動販売機設置据付用コンクリート石版〉を壊すのも崩すのも、そう簡単にはいかないぞ。
普通の自動販売機の場合〈自動販売機設置据付用コンクリート石版〉の重さは基本60キロぐらいだった。だいたい、十倍の大きさだと考えると重さは約600キロ。十枚重ねると6トン……いや、違うな。10×10だから100倍で更に10枚で……まあ、あれだ、とてつもなく重いのは確かだと思う。
魔物が束になっても動かせない筈だ。時間稼ぎとしては充分だろう。
それに、何故か壁の向こう側の魔物の動きがバラバラなままで、今も統率が取れていない。集落内で見かけた好戦的な態度が嘘のように、眼下の魔物は戸惑い散らばっていく。敵が減るなら、文句はない。
外からの脅威がなくなれば、集落内に集中できる。
取り敢えず、身体を元の自動販売機に戻しておこう。
コンクリート板を重ねることにより、壁よりも高い位置に到達したので、後方の集落の様子も良く見えるのだが、穴を塞いで増援を封じたことにより何とか立ち回れているように見える。
「魔法使いを全力で守るのだ! ラッミスは瓦礫や岩、壁の破片何でもいい、穴に放り込んでくれ!」
熊会長が体中から赤黒いオーラのようなものを噴き出し、敵を蹴散らしている。
腕を一振りするだけで、堅い皮膚が自慢の鰐人魔を容易く両断し、赤い爪の軌跡に触れたものは敵であろうが瓦礫であろうが、温めたバターのように切り裂かれていく。
あれが本気の熊会長か。あの巨体のパワーと爪の切れ味、立ち向かう魔物が哀れに思える戦いっぷりだ。
大食い団は四人一組で、着実に敵を仕留めている。チームワークが抜群で、あの素早さで掻き回されたら、かなりの達人でも対応に苦しむだろう。
それに、タスマニアデビル族……じゃない、袋熊猫人魔が生まれつき得ている加護〈咆哮〉は耳にしたものの精神を揺さぶり、抵抗力の弱い相手を精神異常状態にさせることが可能となる。
蛙人魔にはかなり有効なようで、動きの鈍った相手の喉笛を容赦なく咬み千切っていく。
ミシュエルとお婆さんの動きは相変わらずで、穴の修復に従事している魔法使いに、一匹たりとも敵を寄せ付けていない。
今のところ問題なく事が進んでいる。俺が設置したコンクリートの板があるので、慌てて埋める必要はないかもしれないが、万が一俺が故障した場合、このコンクリートの板が消えてしまう可能性がある。今やれるなら、やっておいた方が良い。
上から戦場を見下ろすことにより、戦場の動きが良く観察できるので、怪しい動きをしている魔物がいないか、隅々まで目を通している。
冥府の王の配下なら、骸骨系かもしれないが、それ以外の魔物だってあり得るだろう。この階層に本来なら存在しない魔物が何処かにいないか。
穴の付近でウロチョロしていた何かが怪しいとは思っているが、遠すぎてどんな個体なのか判断がつかなかった。
普通、司令官ならこういった状況ならどうするだろうか。前線に立つことは避けて、後方に控えるというのが妥当。ただ、今回は圧倒的な数で攻めている状況。壁の前にいる仲間も守りに徹しているので、相手は身の危険をあまり感じていない。と仮定する。
突如穴が塞がれたことが気になり、現状を我が目で確認したいと思わないだろうか。
戦況を少し離れた場所から見守り、護衛に魔物を何体か配置している、そんな狙い通りの敵がいるわけがないよな……あっ、あそこにいるな。
条件にぴったり当てはまる、魔物の集団がある。戦闘に参加せずに、少し離れた場所に佇む数十体の魔物たち。その中心部にいるのは、妙なデザインのフード付きローブを着込んだ何者かだ。
黒の下地に赤と青の幾何学模様の刺繍が施されているローブ。黒のローブと言えば、冥府の王と死霊王も似通った服装だったよな。見るからに怪しい。
あれが、もし指揮官だとして倒せたら、ハンター協会で奮闘している人たちの助けにもなる。敵は穴の前で暴れる仲間に注目している。
この穴を塞いだ犯人が自動販売機だとは思いもしていないだろう。ただ、懸念としては、冥府の王の部下なら、奴から連絡があり俺の情報も流れている可能性だろう。
だとしても、暗闇で距離があるので、ここにいる自動販売機を目視するのは難しい。
今、自由に動けるのは俺だけだ。ならば、いつもの暗殺術を繰り出すしかない。
風船、ダンボール、という最近お決まりの流れで宙に浮かび、怪しい一団の上空を目指していく。
このまま、真っ直ぐ落ちれば押し潰せるだろうが、冥府の王の配下なら情報を収集したいところだ。でも、こういうパターンって生かして捕えると、後々、酷い目に遭ったりするのが定番だよな。
あー悩むぞこれ。現状を打破したいなら、このまま潰せばいい。だけど、ダンジョンでの異変を解決したいなら、情報は必須。
視線をハンター協会方向へ移すと、明かりに群がる虫のように、ハンター協会を登ろうとする魔物の群れが見えた。距離があり過ぎて正確な情報は得られないが、今のところ耐え凌いでいてくれている。
壁付近で戦っている熊会長たちは、まだ余裕があるようだ。
巨大〈氷自動販売機〉になるだけのポイントはあるが……よっし、相手を掠めるようにノーマル状態で落ちてみるか。もし、当たって死んだらその時はその時。やるだけやってみよう。
ギリギリのポイントを狙い、いつもの自動販売機へ戻る。そして〈結界〉を解除して風船も消しておく。
相手が動かないので、このまま落ちれば……いけるっ!
どんっと、身体の中心にまで響く衝撃。あえて〈結界〉を消していたので、結構ダメージを受けたが、それも考慮済みだ。
目の前には空から降ってきた俺に驚き過ぎて、声も出ないで硬直している男がいる。
えっ、人間の男なのか。てっきり骸骨だろうと勝手に思い込んでいたのだが、配下に人間がいても何らおかしくはないのか。
「ひ、ひぅ、な、何だ!」
我に返り、後方へと後退りしているのだが〈結界〉に阻まれて、俺から1メートル以上離れることができないでいる。
逃がす気はない。〈結界〉の外に出ることを禁じているからな。
「この、青い壁は何だっ! で、出られないぞ! お、お前らこの壁を壊せ!」
頬が痩せこけている男が魔物たちに怒鳴り散らすと、周りにいた魔物たちが一斉に〈結界〉へ攻撃を加え始めた。
このままでも、ある程度は耐えられるがポイントは有限だ。止めさせるか。
商品の一つをバスタオルに入れ替えて、取り出し口から〈念動力〉で取り出す。そして、わめき続けている男の首に回すと、両端を引っ張った。
「だ ま り」
正直「る」か「れ」が使えれば格好もつくのだが、仕方がない。
「な、何だ、誰が話しているっ」
「だ ま ら ん か」
この言葉遣いだと、どうにも間抜けだが通じることが最重要。
まだ、暴れてわめき散らしているので、更にタオルをきつく引っ張る。
「ま、待て、や、やめろ」
話を聞く気になったようなので、タオルを少し緩めてやった。相手は、この攻撃が自動販売機自身によるものだとは思いもしていないようで、辺りを警戒している。都合がいいので、このまま誤解させておこう。
「ま も の う ご」
「か す の よ せ」
こいつが司令官なら、こうやって詰問すれば何らかの反応を示すだろう。
「な、何を言っている。何のことだ」
まあ、普通惚けるよな。嘘を吐いて焦っているように見えるが、実際はどっちだ。命の危機に晒されて冷静な判断力を失っている、とも受け取れる。
尋問をするにしても、こちらは上手く話せず言葉が足りない。相手が自ら話したくなるように誘導するしかないか。
商品の中で相手の口を割らせるのに使えそうな物がなかったかな。
辛いことで有名なハバネロが入ったスープ缶があるのだが、これはちょっと辛いけど普通に飲める味だった。無理やり飲ませても拷問――尋問で口を割ることはないだろう。
相手が怯えるぐらいのインパクトのある脅しとなると、やっぱりあれか。
「い う ん だ」
「し に た い か」
脅し文句を口にして、俺は取り出したコーラを相手の目の前に〈念動力〉で浮かべる。そっちに気を取られている隙に〈棒状キャンディー販売機〉へと変化して、キャンディーをそっと送り出しておく。
素早く元に戻り、キャンディーの包み紙を外す。怯える男の前でペットボトルの蓋を捻って取り外す。
そして、ふわふわともったいぶるようにキャンディーを浮かせて、コーラの中にそれを落とす。途端、飲み口から中身が真上に吹き出した。
どういう意味がある行為なのか今一つわかっていない感じだが、俺は首に巻き付かせているタオルを少し強めに引っ張る。
「あぐああ」
たまらず、口を開いた男に新たに用意しておいたコーラを咥えさせて、強引に流し込んだ。
かなり酷いことをしている自覚はあるが、大事な人たちの命が懸かっているんだ、心を鬼にして決行しないと。
「げはっ、ぐほっ、何のつもりだっ。この妙な味は、まさか毒かっ!?」
勘違いしてくれるのは勝手だが、早とちり過ぎる。本当の脅しはここからだ。
さっきと同様に、キャンディーを男の目の前に浮かべさせて、わざとらしく左右に揺らす。
「これはさっきの……この液体に入れたら、爆発したや……つ。ま、まさか、それを飲ませる気かっ!」
抵抗する男の口に強くキャンディーを押し付ける。
「や、やめろっ! やめてくれっ! 体が中から爆発しちまうっ!」
予想以上の怯えようだ。実際は完全に飲み干して、ある程度時間が過ぎた今なら、口に含ませたところで問題は無いのだが。
魔物を統率していた存在だと思われる相手なので、もう少し威厳のある人物を想定していたのだが、思ったよりも雑魚っぽい反応をするな。
いや、安全地帯から指示を出して、自らは高みの見物と洒落込むような奴だ。追い詰められたらこんなものか。
「さ い ご だ」
「い う か」
もう二つ追加でキャンディーを目の前に持って行く。
「わ、わかった! 魔物の操作をやめるっ! だ、だから、それを飲ませないでくれっ!」
未知の物体による脅しは、想像以上の成果を見せつけてくれた。




