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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
四章

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強い想い

「取り乱して、申し訳ありませんでした。もう、大丈夫ですわ」


 感情をむき出しにして泣いたことにより落ち着けたようで、スオリは涙をぬぐい、強い意志が漲る瞳を俺たちに向けている。


「金庫は地下にあります。ついてきてくださいませ」


 しっかりとした足取りで、破壊された門扉の横を通り過ぎ、敷地内へ足を踏み入れる。

 庭には打ち砕かれた像がそこら中に転がっていて、魔物たちの暴れっぷりが容易に想像できる。

 一階の窓は全て破壊され、そこから見える室内も同様に荒らされた跡があった。

 扉の存在しない入り口を潜ると、玄関から先には魔物の足跡がそこら中にある。ただ、抵抗したような跡がないので、スオリたちは躊躇いもせずに素早くハンター協会へと逃げ込んだようだ。


「まあ、想定内ですわ。一見、豪華そうに見える装飾品も実はたいした値段ではありませんので。ここに住む者として、当然の処置ですわ」


 さっきまで泣きじゃくっていた当人とは思えない強気の態度に、他のメンバーが思わず口元に笑みを浮かべている。

 それは馬鹿にしているわけではなく、優しさを感じる微笑みだった。


「お嬢様。時間に余裕がありません」


「わかっていますわ。皆様、ついてきてくださいな」


 スオリを先頭に全員が列をなして屋敷に入っていく。吹き抜けのホールがあり二階に繋がっている階段が見える。だが、それを無視して奥へと繋がる、蝶番が外れかけている扉を開けて、更に進む。

 通路の突き当たりには左右に扉があるのだが、その両方を開くことなく、その場にしゃがみこんだ。


「地下への隠し通路はここですわ」


 床と壁の境目にすっと指を滑らせると、床の一部がうっすらと光り、勝手に床が開くと地下へと通じる階段が現れた。

 こういうのも魔道具の一種なのだろうか。


「こちらへ」


 急勾配の階段はらせん状になっていて、壁際には魔道具らしき灯りが等間隔で設置されている。


「かなり涼しいですね」


「地下は夏場でも快適ですので、食料品の保存場所としても最適ですのよ」


 ミシュエルの驚く声に、スオリが自慢げに応えている。

 隠された地下室か。ホラーゲームで良く見かける設定だが、実際に体験すると軽く感動するな。

 三分近く潜ると階段が終わり、そこは円形の空間になっていた。扉が壁沿いに四か所あるのだが、スオリは迷わず一つの扉の前に進み出た。

 その扉は銀色の装飾過多で、よくわからない幾何学模様が彫り込まれていて、こんな地下室の扉に宝石を埋め込む意味があるのかと、思ったら負けなのだろうか。

 ノブもない扉でどうするのかと見守っていると、扉のど真ん中にある赤い宝石らしき物体に手を触れると、扉が横にスライドした。


 中は真っ暗で何も見えない。スオリが一歩足を踏み入れると、室内に明かりが灯ったのだが、殺風景な部屋だな。

 壁も床も天井も灰色で、扉の正面には巨大な円形の扉がある。如何にも銀行地下にありそうな大金庫だ。

 その扉にもノブがなく、扉脇の四角い突起物にスオリが手を置くと、円形の扉がゆっくりと開いていく。


「おおおおっ」


「お お お お っ」


 目の前に広がる圧倒的な光景に思わず声が漏れた。

 壁際にずらりと並べられた装飾品。色とりどりの宝石が惜しげもなく使われているネックレスや指輪があるのだが、これって売ればどれぐらいの値段なのだろうか。

 金貨や銀貨が満載された箱が無造作に床に置かれているぞ。それどころか金の延べ棒までピラミッドのように積まれている。

 あー、想像を軽く超える金持ちっぷりだな。そりゃ、皆の目の色が変わるのも納得だよ。こんなものを見たら誰だって驚く。


「うわぁー! こんなに貯め込んでいたんだっ。すっごい」


 口元に手を当ててスオリが驚いている。いや、何で当人がびっくりしているんだ。


「私も初めて入りましたが、お嬢様も初めてでしたか」


 黒服が感嘆しながら話してくれた内容で全てが理解できた。

 ここに入る権限はあるが、今まで一度たりとも足を踏み入れたことがなかったのか。


「金の延べ棒は入れられませんわよね?」


「う ん」


「では、金貨を全てお貸ししますわ。ここで入れますわよ」


「ありがとう す お り」


 スオリは俺の話せる言葉で名前を呼べるから、ありがたいな。


「あらあら、どういたしまして。ハッコンはわらわの名前は、キチンと呼べますのね」


 自慢げに胸を反らして、みんなを見るのはやめなさい。見る見るうちに不機嫌になっていくから。


「ふ、ふんっ、うちの名前もハッコンは呼べるもんね」


 ラッミス、対抗意識むき出しにしないでいいから。


「う ん」


「呼んで、呼んで」


「ら っ い す」


「ほーらね。ちゃんと呼んでくれたもん」


 不完全で申し訳ない。「み」が言えたら完璧なのだが。

 あ、ヒュールミが半眼で睨んでいる気がするが、そっちは見ないでおこう。


「ふっ、わらわのようにハッキリとは言えていませんわね」


「そ、それは、愛称みたいな感じだしぃ」


 何で張り合っているんだ二人とも……そういや、二人はあまり仲が良くなかったな。確か、スオリが俺を手に入れようとして、商談を持ちかけたのだけど、ラッミスが断ったのが原因だったか。


「お嬢様、時間がありません。お戯れは協会に戻ってから」


「わかっていますわ。皆様、金貨を集めて入れるのを手伝ってもらえませんか」


 大食い団が金貨の詰まった箱を運んでくると、黒服が丁寧に金貨を投入してくれている。

 あっと、金貨百枚入れてもらえるのだったな。じゃあ、スオリはオレンジジュースが好きだったから、粒入りミカンジュースを金貨百枚の値段設定にしておこう。

 最終的には金貨百十枚入れてくれたので、ポイントが十一万も増えた。これで今後がかなり楽になる。


「これはあくまでも貸しですので、事が治まり次第、きちんとハンター協会に請求させていただきますわ」


 これって照れ隠しなのだろうな。腕を組んで怒ったように顔を逸らして言い放っている。

 人は逆境で真価を問われるというけど、スオリは将来魅力的な女性になりそうだ。


「では、撤退するとしましょう」


「宝の山を前にハンターとして撤退していいのかな」


「人の物だからな……仕方ない」


 じっと、倉庫の中を見つめたまま微動だにしない大食い団二人の襟首を、ミシュエルが掴んで引っ張っていく。

 気持ちはわかるが、犯罪だからな。

 地下室から出て、屋敷を後にしたのだが最後に名残惜しくなったのか、振り返り見つめていたスオリの後姿が印象的だった。

 帰路は問題なく、敵との遭遇はあったが援軍を呼ばれることなく始末をしていき、夕方になる前にハンター協会の近くまで辿り着く。


 付近に潜んだまま協会へ戻らないのは、敵がハンター協会に集中している隙に、周りの敵を排除しているからだ。どうせ、夕方になって敵が引くまで戻れないので、今の内に少しでも減らしておこうという判断になった。

 防衛戦では魔法やバリスタの矢、投擲武器が降り注ぎ、怒号や悲鳴も飛び交っているので、少々音を立てたぐらいでは魔物に気づかれることもない。

 なので、結構、周りを気にせずに立ち回れるので、不意打ちも効率よく行えている。俺も攻撃手段があるにはあるのだが、〈高圧洗浄機〉や特殊な形に変化しないといけないので、ノーマル自動販売機状態で戦える方法を模索中だ。


 今もラッミスが鰐人魔と戦闘中なのだが、一対一なら何の問題もなくねじ伏せられるので、ちょっかいは出さない事にしている。余計な手出しをすると邪魔になる恐れがあるから。

 ただし、他の敵も手を出してきた場合、そこは俺の出番となる。

 相手の槍を手袋の鉄で補強している部分で受け流し、体勢が崩れたところに裏拳が喉元に炸裂した。その一撃で相手の喉が陥没して、口から血の混じった唾液が零れ落ちた。

 鰐人魔の強固な皮膚でも、ラッミスの怪力を防ぎ切ることは不可能か。

 崩れ落ちる鰐人魔の背後から、新たな敵が飛び出してきたので、息つく暇もなく戦闘が継続されている。


 前方に意識を集中している、ラッミスの背後から忍び寄る敵が一体いるな。蛙人魔か。これなら俺でもやれそうだ。

 商品の一つを昔懐かしい瓶ジュースに変更して、ラッミスに気づかれないようにそっと取り出し口に落として〈念動力〉で操作する。

 瓶ジュースの瓶はかなりの強度で底が分厚い。鈍器として充分使えるぐらいに。

 なので、筋力で威力の増した弾き飛ばす力で発射した瓶ジュースが、顔面に命中すると、両手で顔を押さえて悶絶するレベルで痛い。

 目の前に倒れてもがいている蛙人魔を瓶ジュースで殴打しておく。これで倒すことは無理だろうが、相手の戦意を挫き、僅かながらもダメージを与えることは可能だろう。


「あっ、背後にいたんだね。ありがとう、ハッコン」


 そう、ラッミスが他の敵を処理する時間が稼げればいいのだ。

 足を掲げ、そのまま勢いよく振り下ろすと、いとも簡単に蛙人魔の頭が潰れた。正直、グロテスクだが命を懸けた殺し合いの最中なのだから、気持ち悪がるのも失礼な話か。

 最近、戦うことが当たり前になってきているので、たまに自動販売機であることを忘れそうになる。もう少し、自動販売機らしく振舞った方が良いのだろうか。

 そんなことを思いながら、俺は目の前の敵に瓶ジュースを投げつけていた。


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[一言] かべになにか書かれています 「もんすたぁ さぷらいずど ゆう」
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