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会長

 今日も元気に宿屋の前で目覚めた。

 当初は俺を盗もうとする連中もいたが、最近は平和なもんだ。あの金髪ツインテお嬢様も悪戯をしなくなって、ちゃんと購入してくれるようになったからな。

 オレンジジュースがかなりお気に入りらしいので、今度は別の果汁ジュースも増やしておこうかな。

 いつもなら、そろそろ老夫婦と商人の青年が来る頃なのだが、今日は彼らとは違う別の来客があったのだが……何で俺をじっと見つめたまま、微動だにしないのだろうか。


 俺の体は自動販売機の平均身長っぽいので180を越えているのだが、目の前の巨大な熊は頭一つはでかい。熊と表現したが本当に熊なのだ。

 黒毛の巨大な熊がフード付きのロングコートを着ている。嘘や冗談や比喩ではなく間違いなく熊だ。普通なら集落の中が騒動になりそうな案件なのだが、道行く人々はチラッと視線を向けるだけで、誰も驚いたりはしない。

 と言うことは、この世界では熊人間というのは別段珍しくないってことか。カエル人間もいるのだから、まあ、そうなの……か?


「あれー、会長こんなところで何しているの?」


 宿屋の扉を容赦のない勢いで開け放ち、いつものように元気いっぱいの声を響かせているのはラッミスだ。

 今、会長とこの熊を呼んだよな。この風貌でどこぞのお偉いさんなのだろうか。言われてみれば何処となく知性を感じるような顔をしているような気が、しないこともない。


「ふむ。ラッミスか」


 何と言う重低音ボイス。その姿と相まって圧倒的な存在感を生み出している。一言発しただけだというのに、頼れる上司っぷりが半端ない。


「珍しいね、ハンター協会の会長さんが、こんなところまで来るなんて」


「ふむ。今回はこの意思ある魔道具に頼みごとがあってな」


 えっ、俺? ハンター協会の会長って事はかなりのお偉いさんだよな。そんな御方が俺に何の用があるっていうのだろうか。


「ハッコンに用なんだ。じゃあ、こんな場所でも何だから中に入って! ハッコンはうちが運ぶね。よいしょっと」


 こうやって運ばれるのも慣れてしまったな。まるで介護を受けているような感じだが、自力で動けない俺にとって、彼女の存在がとても大きくなっているのを日常の節々で自覚させられる。

 宿の丸机の椅子を一つ外してそこに俺が置かれ、向かい側に熊会長が位置する。どんとその巨体を椅子に預け、ぎしっと軋む音がした。

 ラッミスは俺の右手側に陣取っているな。


「お主の怪力はハンターとしてかなり有益なのだが、戻る気はないのか」


「今は宿屋の仕事が楽しいし、うちがハンターに戻っても組んでくれる人がいないから……」


「ふむ、そんなことは無いと思うが、いつでも戻ってきて良いのだからな」


「ありがとう、会長」


 熊会長は鷹揚に頷いている。ラッミスはハンターとして落ちこぼれだと口にしていたが、会長からの評価は低くないようだ。相性のいい相手と組むことが出来れば、才能が開花しそうなのだが。


「それで話なのだが、近々、蛙人魔の拠点に襲撃する計画があってな。それに、このハッコンだったか、キミも参加して欲しいのだよ」


 思ってもみなかった申し出だ。これって戦闘力として期待している訳じゃないよな。


「えっ、ハッコン戦えないよ?」


「知っておる。彼には移動中の食事と飲料を提供してほしいのだ。我々も十二分な食料を用意はするが戦いは何が起こるかわからない。即座に食べられる温かい食事というのはハンターには貴重でな。もちろん、購入する者は各自で料金を払わせる。それと別にこちらからも報酬を支払おう。それでどうだろうか」


 悪くない申し出に思える。蛙人魔には警戒されているので、俺が狙われる可能性も低いときている。おまけに、ハンターたちも大量に購入してくれそうだ。

 ただ、俺をどうやって運搬する気なのだろうか。馬車にでも乗せてくれるなら、何の問題もないが。


「どうする、ハッコン。この依頼受ける?」


「いらっしゃいませ」


 即答しておいた。この集落で暮らしていくなら、ハンター協会の会長に顔を売っておくのは悪くない。それに今回の一件で知名度を上げて、大量のお得意様をゲットできるチャンスだ。舌に商品の味を覚えさせて、病み付きにさせてやる。


「ハッコンは行きたいんだね。じゃあ、うちも参加する!」


 元気良く手を挙げてアピールするのはいいけど、ラッミスには危険な真似をして欲しくないのだが。このままハンターにはならずに宿屋で働いているのが、彼女には向いていると思うけど。


「ラッミスも参加してくれるのか。ならば、ハッコン君と組んで食料運搬と食事提供を担当してもらってよいか」


「はーい。ハッコンのことは任せて!」


 俺と一緒に行動するなら、危険な場面に遭遇することもないだろう。それに、いざとなれば〈結界〉で守ってあげられる。だったら、大丈夫かな。

 それに協力して蛙人魔を何とかしておかないと、集落が危険に晒されることになり、最終的にはラッミスが無事では済まなくなる。

 話がまとまり、熊会長が宿屋から出て行く。決行日は三日後らしいので、俺も準備をしておくか。食べ物を増やしておきたいところだな。何が好まれるか三日間色々と試してみよう。





 約束の三日後がやってきた。

 俺は既に背負子の上という定位置にいる。周囲にはハンターらしき男女が総勢三十名近くいて、町の防衛に最低限の人数を残しただけで、殆どがこの作戦に参加するそうだ。

 集落の存亡も重要なのだが、何よりも集落内にある転送陣を奪われる訳にはいかないそうだ。この転送陣は地上から直接この清流の湖階層に跳躍できる魔法の装置。

 上階層からもこの場所に移動してくるそうだ。各階層には階層主と呼ばれる存在がいて、そいつを倒したハンターたちの目の前に転送陣が現れ、それに乗ると次の階層へと移動するシステムらしい。

 階層主を倒さなくてもダンジョン入り口で金さえ払えば転送陣は使えるので、階層主が倒されて解放された転送陣がある階層なら何処にでも飛べる。


 下に潜れば潜る程強力な敵が現れることが多いのだが、階層によってはそんなに強い敵が現れることもなく稼ぎやすい階層もある。そのうちの一つが、ここ清流の湖階層だとカリオスが以前自慢げに語っていた。

 ただし、数の暴力程恐ろしい物はなく、カエル人間は繁殖時期になると大量に子供を産み、一斉に大人になるので本格的に冬を迎える前が一番厄介だと、これはムナミが話していたのだったか。


「今年もこの季節がやってきやがったか」


「実入りはいいからな。せいぜい、稼がせてもらうぜ」


 如何にもベテランという感じの三十代半ばっぽい戦士風のコンビが軽口を叩いている。見るからに頼りになりそうな人たちだ。これは毎年恒例の行事らしく、討伐のタイミングを見計らって集落に訪れるハンターも多く、商人たちも儲け時だと話していたな。


「か、確実にいこう。僕たちは無理をしすぎないように」


「うん。おこぼれ狙いでも利益はでるからね」


 初々しい新人も多く参加するようで、初めてとなる団体行動に若干緊張気味のようだ。

 これだけの人数がいればちょっとやそっとでは負けないと思うが、心配な点を挙げるとすれば、例年に比べて蛙人魔の数が多くいつもより活発らしい。

 万が一の事態になったらラッミスだけでも守りつつ、撤退したいところだが……10億ポイントの変形機能欲しいな。


「ハッコン、座り心地悪いとかない?」


「いらっしゃいませ」


 俺を気遣って声を掛けてくれているが、それは自分の緊張をほぐす為でもあるようだ。ラッミスの顔が少し血の気が薄い気がする。

 食料や物資を運ぶ部隊を何て言うのだったか、ミリタリーマニアの友人がその類いのゲームをしている時に何か言っていたな。確か輜重兵だったか。まあ、輸送隊でいいか。この部隊は戦闘に参加することは滅多にないらしく、馬車ならぬ額に角の生えた巨大な猪に荷台を運ばせている――猪車と一緒に行動することになっている。

 戦いにおいての物資の重要性は理解しているようで、護衛のハンターも六人常に傍にいてくれるそうだ。


「あんまり緊張しなさんな。俺たちはまあ中堅どころの実力はある。蛙人魔に後れを取ることはないさ」


 つばの広い帽子を被った、無精ひげを生やしたワイルドな男が声を掛けてきた。西部劇に出てきそうなガンマン風なのだが、腰には銃の代わりに短剣を二本差している。

 護衛担当の六人組のリーダーらしく、適度に力の抜けた自然体な感じがする人だ。今まで一度も見かけたことがないから、たぶん、この討伐戦に臨時で参加しに来た面々の内の一人なのだろう。


「はい、よろしくお願いします!」


 勢いよく体を曲げて礼をしたので、俺も同時に振り下ろされる形になった。ぶつかりそうになった男がひょいと後方に跳ぶ。


「うおっと、これが例の意思ある箱ってやつか。集落で噂になっていたぜ」


「この子はハッコンです。硬貨投入口にお金を入れて欲しい物の下にある出っ張りを押すと、商品が出てきますよ」


 ラッミスの説明も様になってきているな。初めの頃は使い方がわからない人が多くて、彼女が実践して人々に教えていた。ある程度人々に知れ渡ると俺の横に簡単な説明文を書き込んだ立札を置いて、それを見た住人が恐る恐る試していた。今となってはちょっと懐かしい。


「ほぅー便利なもんだ。探索中や戦争中に即座に食料や飲料が手に入る。ちとデカいのが難点だが、お嬢ちゃんのように運ぶ者を雇えば、かなり有益かもしれん」


 感心してくれるのは結構なんだが、その瞳に仄暗い光が一瞬宿った気がした。あれって、俺を奪おうとして失敗した連中に似ているな。この男も警戒しておいた方がいいか。


「あ、今、ハッコン欲しいって思ったでしょ。駄目ですよ、この子は私のお友達だから」


 やっぱり、ラッミスは勘が鋭いというか人の考えを読み取る能力に優れている気がする。本人はあんな性格なので、それを生かしきっていないが。


「うおっ、ばれちまったか。俺んとこにも、ハッコンだったか。こいつがいたら便利なんだがな。まあ、お近づきの印に一つ買わせてもらうか。水はいらねえな……このロマワの輪切りっぽいのが浮いた絵のやつにするか」


「それは冷たい方ですよ。その下の赤い出っ張りが温かい方」


「おっ、そうなのか。ありがとよ」


 男は温かいレモンティーを選んだようだ。胡散臭いところはあるが客は客だ。ちゃんと商品は提供するよ。

 取り出し口から男が商品を手にしたのを確認して「ありがとうございました またのごりようをおまちしています」といつものお礼を口にする。


「へええ、本当に話すのか。いやはや、大したもんだ。こんな容器も見たことが無いな。この精密な絵は一個一個手で描いているわけじゃないよな。どうやってんだ」


「うんとね、よくわからないみたい。あ、飲んだら容器は消えるから、ゴミの心配もいらないよ」


 ラッミスの言葉遣いが素に戻っている。丁寧な口調で初めは頑張るのだが、直ぐにこうなるのは彼女の欠点でもあり売りでもある。俺は自然体の方が魅力があると思うが。あと方言バージョンも嫌いじゃない。


「マジか。あとは味だが……くはああぁっ、うめえ。温かいし最高だな。これを富裕層が住んでいるところに置いたらぼろ儲けできるぞ。って、この商品の補充ってどうなってんだ」


 この男、質問の内容が的確だ。好奇心旺盛というのもありそうだが、頭の中でそろばんをはじいてそうだ。金儲けの嗅覚が鋭いのかもしれない。


「それがね。ハッコンは一度も補充したことないんだ。今まで何百個も売っているのに。不思議でしょ」


「ますます、興味深い箱だな。おい、フィルミナどうせ聞いてたんだろ、ちょっとこっちこい」


「何ですか、ケリオイル団長。あと、声がでかいです」


 呼ばれて現れたのは、弱いパーマをかけてウェーブ状に仕上げたような青い髪をした女性だった。眉が細くて長い。その下の目は若干吊り上がり気味で、気が強そうに見える。顔の造形が整っているだけに、ちょっともったいないような。

 手には木製の節くれだった杖を持ち、澄んだ青い色のローブのようなものを着込んでいる。あれだ、魔法使いっぽい。それも水属性の。


「お前、魔法の道具とか古代のお宝とかに詳しいだろ。このハッコンとやらが何かわからないか」


「さっきから色々探ってはいたのですが、魔力も感じませんし、ただの無機質な鉄の塊としか思えません」


 いや、まあ、自動販売機だからね。


「だがな、補充もしないで品が出てくるって事は、転移系か別空間に収納しているってことだろ」


「普通はそうですが、加護の一種なら魔力が発生しない場合もあります。まあ、鉄の塊が加護を使えるわけがないです」


 あ、うん、実は使えるんだ加護。やはり、自動販売機が加護を使えるのはおかしいらしい……知ってた。〈結界〉は暫く発動しないで様子を見ていた方が良さそうだ。


「何かと規格外の存在か。よくわからんが、力を貸してくれるならありがたい。よろしくなハッコンとやら」


「ありがとうございました」


 怪しい感じのする男だが、商品を購入したのであればお礼を言わねばなるまい。人が良すぎるラッミスが騙されないように見張っておかないと駄目かもしれないな。


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