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自動販売機に生まれ変わった俺は迷宮を彷徨う  作者: 昼熊
四章

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現実

 転送陣の光が消えると、そこは清流の湖階層にある転送陣の部屋で間違いなかった。

 だが、扉は開け放たれ床には人が踏み荒らした跡がある。誰か、それも複数がこの転送陣を利用した、もしくはしようとした痕跡が残っていた。


「何かしらの異変があったのは間違いないようだ、急ぐぞ」


 熊会長が廊下へ跳び出し、全員が後に続く。

 以前の廊下は掃除も行き届いていたのだが、今は複数の人の足跡がそこら中にある。掃除をしている暇もないということなのだろう。

 廊下の窓には格子があり、外からの侵入を阻んでいるのだが、格子に擦り傷が無数に付けられ曲がっている物すらある。


「あちぃな……」


 ヒュールミが額の汗を拭っている。よく見ると、老夫婦と熊会長以外は顔中に汗を浮かべている。

 そういえば、清流の湖階層には四季があって今は初夏だったか。窓を完全に締め切っているから、かなりの気温になっていそうだ。自分が温度を感じないから、全く気付いていなかった。

 廊下を走り抜け、ハンター協会のホールへ繋がる扉を開け放つと、そこには多くの人が身を寄せ合っていた。

 突如大きな音を立てて開いた扉から現れた俺たちに、人々の怯えた視線が向けられる。

 全員の顔には疲労の跡が色濃く残り、尋常ではない事態なのを即座に理解させられた。おまけに風の通らない室内にいるので、その熱で余計に体力を奪われている様だ。

 人の数は、ざっと数えて四十から五十ぐらいか。見知った顔は――。


「会長! 不在中に魔物の侵入を許してしまい、申し訳ありません!」


 知り合いを探している最中だというのに視界に割り込んできたのは、汚れほつれたハンター協会職員の制服を着た、受付の一人だった。


「何があった、説明を頼む」


「は、はい。四日前、突如魔物の群れが集落の外に現れ、抵抗虚しく集落への侵入を許してしまい。人々がハンター協会へと避難してきました」


 ハンター協会は元々、避難場所として設定されているので強固さと迎撃態勢も整っている砦だ。ここで籠城すれば持ちこたえられる。現に双蛇魔が襲ってきた際も、ハンター協会の鉄壁の守りを打ち崩せずに、返り討ちに遭っているからな。


「ですが、人口が急激に増えたことにより、ハンター協会が避難場所であることが、以前からの住民以外に浸透しておらず、多くの住民がここまで辿り着けずに……」


 そこまで話すと職員は俯き肩を震わせ言葉に詰まる。

 やはり、犠牲者は……多いのか。以前の襲撃は住民も少なく危機意識もある人ばかりだった。だからこそ、集落があれ程までに荒らされていても、誰一人として死者が出なかった。

 だが、今回は人が増えたことがネックになったのか。


「辛いだろうが、説明を続けてくれ。ここで最も大切なのは現状を知ることだ」


 熊会長も辛いのだろう。職員の肩に片手を添えているが、もう片方の手はきつく握りしめられている。


「も、申し訳ございません。亡者の嘆き階層にいらっしゃる会長に連絡を取ろうと、転送陣を発動させようと試みたのですが、何故か起動せず、住民を他の階層に移動させることも叶いませんでした。何とか防衛は続けていますが、正直、これ以上は耐えきれないかもしれないと、覚悟を決めていた所に皆様が」


 絶体絶命の状況だったのか。もう少し早ければと後悔もあるが、壊滅前に間に合って良かったとも言える。


「生き残ったのはこれだけか?」


「いえ、怪我人や女性、子供は二階の客室や個室を使ってもらっています。逃げ込めた住民はおそらく……百名前後かと思われます。ハンターの皆様は二階から備え付けのバリスタや遠距離武器、魔法を用いて迎撃や、飛行系の魔物の討伐に当たっていただいています」


「百かっ、そうか……ご苦労だった。後は任せて体を休めてくれ」


 そう言うと緊張の糸が切れたのか、女性職員がその場に倒れそうになったのを、熊会長が受けとめている。


「会長、俺たちは二階で手伝うぞ。あと、周囲の状況の確認も任せてくれ」


「門番としての義務だ」


 熊会長の返事も待たずに二人は二階へと駆けあがっていった。上の階のテラス部分が迎撃に適した場所なので、そこに向かったのだろう。

 カリオスは恋人の安否を何よりも優先させたいだろうに。それでも、私情を殺し、防衛へと参加している。


「私も防衛に回ります」


 ミシュエルも後に続き二階へと向かう。


「ワシも行こう。老いぼれの魔法でも役に立つことはあるじゃろう」


「お爺さん、私も行きますよ。治癒の力が必要でしょう」


「爺さん、婆さん、あんたらの娘と孫は、役立たずのオレが探しておく。カリオスの恋人もな。見つかり次第すぐに連絡するから……死ぬなよ!」


 老夫婦の後姿にヒュールミが声を掛けると、二人は振り返り深々と頭を下げ、二階へと消えて行った。


「う、うちも、げ、迎撃に」


「いや、ラッミスとハッコンは皆に食事と飲料を配ってくれないか。碌に食事を取ってないように見える。まずは食事と休養だ。二人とも頼めるか」


「いらっしゃいませ」


「う、うん、わかった!」


 異論はない。ラッミスは今、この階層で一番仲のいい宿屋のムナミを探したいと思っている筈だ。だけど、カリオスや老夫婦が自分の感情を押し殺し、みんなの為に行動したのを見て言い出せなくなっていた。

 葛藤が続いている状態では、戦闘に参加しても足を引っ張る可能性が高い。それにラッミスと熊会長は疲労が限界近くまで蓄積されている。そこを見越したうえで熊会長は頼みごとをしたのかもしれない。

 と考察はここまでだ。与えられた任務を素早くこなさなければ。

 本当は冷凍食品を温めて提供したいのだが、素早さを上げたことにより、温めが早くなったとはいえ時間はかかる。

 それに室内の気温が上がり過ぎて、ここは不快指数が高い。となると、水分補給に優れたスポーツドリンクと、栄養と美味しさを両立させた携帯食品を提供しよう。


 商品を次々と落としては〈念動力〉で流れるように排出する。そして、目の前に次々と並べていき、ラッミスが運んでいく。比較的元気な住民も手伝ってくれたので、物の数分でホールにいる人々に行き渡った。

 追加で2リットルのキンキンに冷えたスポーツドリンクを二十本置いていく。


「うわぁ、この変わった味の水、冷たくて美味しい!」


「くはあああぁ、染みわたるぜ」


「生き返るようだ。この変な食べ物も結構うまいな!」


 大好評のようで、汗と体力を消耗していた人々が、少し生気を取り戻している。

 そして、口々に「ありがとうよ、ハッコン!」「助かったぜ!」「冷たいお水、ありがとう!」と感謝の言葉を投げかけてくれた。そこまで喜んでもらえたら、自動販売機冥利に尽きるよ。


「次は二階だよ、ハッコン」


「いらっしゃいませ」


 背負う時間も惜しいと、抱き抱えられて二階に運ばれると、廊下にずらりと並んでいる片開きの扉の脇に置かれ、ラッミスが隅の扉から開けて行く。


「食料の提供と援軍に来ました。人数を確認させてください」


 そう言って、ラッミスが中を覗き込み、誰が何人いるかを確認して戻ってくる。

 俺はただボーっと待っているのではなく、冷やしたスポーツドリンクと栄養ドリンク。怪我人でも食べやすそうな、ゼリー状で栄養のある食料を目の前に揃えていく。

 取得しておいて正解だったな。〈念動力〉が大いに役立ってくれている。この少しのロスをなくすだけでも、作業効率はかなり上昇する。

 一つ、二つ、三つと扉を開けて、ラッミスが中を確認していると、その動きが止まった。


「あっ、力持ちのお姉ちゃん! お爺ちゃんと、お婆ちゃんは何処?」


 あの声は老夫婦の孫だよな。確かメイちゃんだったか。


「ラッミスさん。父と母を知りませんかっ」


 続いて響いてきたのは娘さんの声。よっし、老夫婦の娘と孫の安否は確認できた。憂いが一つ減ったぞ。

 すぐさま、ラッミスが説明をすると、二人は冷静さを取り戻したようで「よかった、よかったぁぁ」と嗚咽交じりの声が聞こえてきた。

 そこから再び扉を開け、飲食料を提供していたのだが途中、カリオスの恋人である道具屋の娘も確認できた。

 先に二階へ上がっていたヒュールミは反対側から調べていたようなのだが、俺たちもいることに気づくと駆け寄ってくる。


「ラッミス、そっちはどうだ」


「お爺ちゃんたちの娘さんと、お孫さんも無事だったよ! カリオスさんの彼女も元気だった!」


「おっ、マジか! こっちは知り合いだと、あの金髪高飛車娘と黒服がいたぜ。後はハッコンが世話になっている両替商もいたぞ。それと……ムナミも無事だ」


「ほ、本当っ! ど、何処にいたの!」


 ラッミスに詰め寄られて、その勢いに体を反らしているヒュールミが、すっと指差した。


「右から三番目の部屋だ。ムナミも心配していたぞ。元気な顔を見せてこい」


「う、うん、ちょっと行ってくる!」


 あっという間に視界から消え、扉が開いた音がしたかと思うと「ムナミィィィィ! 良かったあああぁ」という歓喜の叫びが響いてきた。


「ハッコン。戦っている爺さんたちに無事を伝えたい。付き合ってくれるか」


「いらっしゃいませ」


 返事と同時に体を〈ダンボール自動販売機〉へと変化させた。

 これでヒュールミでも持ち運びが可能だ。早く三人に無事なことを教えたいし、戦況が気になっていたので丁度いい。

 ヒュールミは俺を両腕で抱きしめるようにして持ち上げると、二階テラスへと繋がる扉を開いた。

 不意の攻撃があるかも知れないので常に〈結界〉は維持しておこう。

 ぶわっと大量の空気が流れ込み、ヒュールミの髪をなびかせる。

 扉の先に広がる光景を目の当たりにして、俺もヒュールミも言葉を失っていた。


 復興作業が進み、集落内の瓦礫の撤去が完了間近で、新しい建造物も増えてきていた活気の感じられる街並みが、無残な姿を晒している。

 焼け焦げて骨組みしか残ってない、二カ月前に完成したばかりの住宅。

 双蛇魔の襲撃で運よく被害を逃れた一角に残っているのは瓦礫のみ。

 テントは薙ぎ倒されて地面に転がり、魔物が踏みつけて行ったのだろう、ただのぼろ布と化している。

 町の数か所から火の手が上がっているが、それを消火する人手がいるわけもない。ただ、周辺が既に炭化しているか、瓦礫と化しているので火事が集落中に広がることはないだろう。


「これが、オレたちの過ごした集落の姿だって言うのかよっ!」


 視線を上げると、涙を零しながらも歯を食いしばり懸命に耐えている、ヒュールミの顔があった。

 ヒュールミ、俺も同じ気持ちだよ。だけど、今は立ち止まってはいられない。やるべきことがあるから。


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戦場に街作る様なもんだから危険なのは当然だけど、厳しい世界だ…
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